第32話 デート・凶星・ハザマ者(終)
「……まあ、あの救出劇が単なる奇跡の結果だったとして。その奇跡を掴み取れたのは、間違いなくあの子のおかげです」
チハヤは、入口の扉近くに立てかけられたハザマ刀「浮雲」に視線を向けた。
「その通り。……と、鍛冶師として胸を張って言えればよかったんだが。流石に四大魔族と渡り合えたのは、刀だけの力じゃない。チハヤさんの技量あってのものだよ」
「なら、私の技量を最大限引き出してくれたことも含めて、刀の力ですよ。戦いの記憶は朧げでも、貴方に……貴方の刀に何度も救われたということは、確信できる」
ぽつりとチハヤは呟いたのち、そういえば、とコテツの方に向き直って言った。
「記憶が混濁していて、もはや私がこの病室で見た夢かもしれないのですが。貴方が戦いの場から離れた後に、やはりもう一度戻ってきた……なんてことは、なかったですよね?」
「え。……ああ、いや、それは」
コテツは少しの間口ごもっていたが、やがて意を決したように、ゆっくりと息を吐いた。
「戻っては、ない。でも正直に言えば、途中で何回も足は止まったよ。……その迷いは、チハヤさんのことも自分の刀のことも、信じられてないってことで。俺の、鍛冶師としての未熟さの表れだ」
信じる、とコテツはチハヤに確かに言った。だけど逃げる途中、幾度となくチハヤが敗死するイメージが過り、その度に振り返った。戻っても何もできないと、自分自身が一番わかっているはず。なのにそう思ってしまうのは、ただ覚悟がないだけだ。自分が造った刀で、剣士の命を背負う。傲慢でもそう思い込むと誓ったはずの、その信念を貫く覚悟が。
「……そう。なら私も、同じです」
コテツの独白を聞いたチハヤは、そう返事をした。いつの間にか俯いてしまった視線を、彼女の顔へと向ける。
「それが夢なのか、白昼夢なのかは分かりませんが。貴方が戻ってくる光景を見たとき、私は安心してしまった気がするんです。命に代えてでも、貴方を逃がすと決めたはずなのに」
「……そう、か」
「……私たちは、まだまだ未熟者のようですね」
ふっ、とチハヤは微笑む。慰めにも、自嘲にも、照れ隠しにも見えるような笑みだった。コテツは少し救われた気持ちになり、握った手に力を込めた。
「……俺は、たとえどんな相手であろうと、絶対の自信を持って送り出せる刀を造れるようになる。それが四大魔族だろうが、ハザマ刀を持った魔族だろうがーー」
「魔王であろうが。……でしょう?」
そう口を挟んできたチハヤに、コテツは頷く。
「……私も、もっと強くなります。魔族に脅かされている人々は勿論、刀に託された鍛冶師の思いも、守れるように。魔族もハザマ刀を使い始めたというならば、尚更負けるわけにはいきません」
チハヤもまた小さく頷き、真面目な表情のまま、コテツに拳を突き出した。(殴られる……?)と一瞬失礼な想像をしてしまうが、もしやと先ほど作ったばかりの握り拳を、チハヤの拳に優しく合わせた。チハヤの手首のブレスレットが僅かに揺れ、月光を反射し穏やかに光る。
「……そう言えば、そのブレスレット。魔除けだって言われたはずなのにな」
「四大魔族に遭遇したにも関わらず、2人とも生き延びれたんです。十分仕事を果たしてくれたとも言えますよ」
「そういう考え方も、できるのか……?」
「ミウにも、もうお揃いのロザリオを渡してしまいましたし。……何を言われようと、返しませんからね」
そう言ってチハヤは、大事そうにブレスレットに埋め込まれた水晶を撫でた。本人が気にしないならよいか、とコテツは思うことにする。
……そしてコテツは数日後、興奮気味のミウにブレスレットを贈った経緯について、事細かに事情聴取されることになるのだが、それはまた別の話。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「……で、結局誰1人殺せず、むざむざ逃げ帰ってきたってワケ?」
「ええ、おっしゃる通り。……たとえお嬢といえども、ウォーバニアの総団長と隊長を相手取っては、無傷では済まないはず。いわんや私など、逃げることで精一杯でーー」
男の弁舌の中途で、彼女は軽く舌打ちした。その瞬間、男の右腕が吹き飛ぶ。乱れ飛ぶ鮮血に彼女は瞬きひとつせず、その瞳孔にも赤色がべっとり張り付いた。
「……その呼び方、やめろって言ったろ」
「これは失礼しました、イザラ様。以後、肝に命じます」
男は泰然とした様子で、残された左手でハンカチを取り出し、少女の返り血を丁寧に拭く。そして右腕(があった場所)の流血はそのままに、くるりと後ろを振り返った。
「そうそう。例の彼が造った刀を持った剣士と、一戦交えたのですが。素人目に見ても、なかなか素晴らしい一振りでしたよ。……とはいえ流石に、貴方の刀には遠く及びませんでしたが」
男が声をかけたのは、白髪白髭の痩せこけた老人だった。老人は男の言葉に一切耳を貸さず、抜き身の刀をじっと眺めながら、何かを呟いている。
「……そして、その剣士の記憶を読んで知ったのですが。彼も貴方と同じく、魔王を討つ刀を造ることを夢としているそうですね?……師匠と同じ夢を追いかけるなんて、健気な弟子ではありませんか」
楽しそうな男の声に、老人の渇いた唇の震えが、一瞬止まった。しかしすぐ、ぶつぶつと自分の世界に戻る。玉座からその光景を見下ろしていた少女は、呆れるようにため息をついた。
「……アホらしい。鍛冶師だけ勇み足でどうすんだよ。その夢を叶えたいなら、まず魔王を殺せるヤツを見つけてから。そっから、そいつに見合う刀を考えるのが道理だろ。剣士は先、鍛冶師は後だ」
一心不乱に刀を凝視していた老人の目が、ぎょろりと少女の方を向く。猛禽のような険しい眼差しは、魔獣ですら尻尾を巻くほどの殺気があった。しかし少女は、その視線に一切動じることなく、むしろ愉快そうに目を細める。
「その点、アンタは賢明だよ。今、世界で最も魔王の強さに近いのはあたしだ。……それに、ハザマ刀を握るのに、あたしほど相応しいやつはいない。なんせあたしは、魔王と人間の娘。史上最低最悪のハンパ者……いや、ハザマ者だからな」
そう言って少女は玉座にもたれ、分厚い霧に阻まれた空を見上げた。灰一色に思える霧も目を凝らせば、純白に近い箇所と雷雲と見紛うほど黒い箇所があり、それらが混ざり合って複雑な灰色を成していることがわかる。
(その理屈なら、アンタほどハザマ刀を造るのに相応しいヤツはいないかもしれない。……でもアンタは、あたしと違って搾りカス、ハザマ者の中でもさらなるハザマ者だ)
少女のその呟きは、男にも老人にも届くことなく、ただ虚空へと消えてゆく。
「……身の丈に合わない夢は諦めて、ちゃっちい包丁でも造ってる方がお似合いだよ、クソ兄貴」
ここまでで物語は一区切りになります。続きはまた少し考えます。
思ったより多くの人に読んでもらえていて、とても嬉しかったです。もしよければ評価やブクマなどいただけると、さらに励みになります…!
改めてここまで読んでくれた方、本当にありがとうございました!




