第31話 デート・凶星・ハザマ者(14)
「……本当によかった。チハヤさんが、無事で」
「……それは、こっちの台詞ですよ」
マレフィトとの戦いの後、意識不明のチハヤはすぐ王国内の病院に運び込まれた。チハヤは三日三晩眠り続け、今日の朝ようやく目覚めたそうだ。コテツは店仕舞い後、早々に見舞いにやってきた。
「外傷はあまりないと聞いたけど、体調は大丈夫かい」
「あれだけ呑気に眠りこけていたんです。甘えたことは言っていられません。……怒涛の見舞い客は、正直少し疲れましたが」
チハヤの目覚めに最初に気がついたのは、朝から晩までその手を握り続けていた妹、ミウだった。泣きじゃくるミウをなだめるのに、昼までかかったそうだ。午後からは彼女を慕う団員や、彼女に助けられた人たちが次々と見舞いに来たとのこと。脇の机に積まれた大量の花と果物を見て、なぜかコテツも誇らしい気持ちになる。そのうちのいくつかは、ミウがコテツ製の包丁で剥いてくれたらしい。
「良い意味で、日頃の行いだな。……それなら俺は、日を改めた方がよかったかも」
「いえ。むしろもっと早く、顔を見せに来て欲しかったです。貴方が無事でなければ、私が命を懸けた意味はないのだから」
カーテンの隙間から、月明かりがにじむ。窓は少し開いているのか、柔らかな夜風が吹き込み、二人の頬を涼やかに撫でた。チハヤの解いた髪が、さらさらと揺れる。
「ええと、話は、変わるけど。魔族であるはずのマレフィトが、ハザマ刀を持っていたと聞いた」
「……はい。なぜか夢の記憶のように、戦いの記憶はところどころ曖昧なのですが。ヤツのハザマ刀と剣を交わしたことは、鮮明に覚えています」
魔族に対抗するため、人類が生み出した武器「ハザマ刀」。それが魔族の手に渡っているということは、あらゆる意味で衝撃の事実だ。ハザマ刀の生みの親、クロガネの一番弟子であり、彼の偉大さと葛藤を知るコテツにとっては、尚更。
「オロシ山道周辺の山脈が、真一文字に切断されたと聞いた。……あまりにも現実離れした所業だけど、四大魔族と超一流のハザマ刀の組み合わせなら、あり得なくはない」
「状況証拠的には、間違いないかと。……恐ろしく強大な力だったことは、覚えているのですが。どうしてか、その辺りの記憶が曖昧で」
「俺も、同じようなものだ。……あんなにも恐ろしく、凶々しい魔族には会ったことがない。なのに、日ごとにその印象が薄れていく」
悪夢に魘され目覚めた瞬間は、その恐怖を鮮明に覚えている。しかし日中を過ごし、再び床に就く瞬間には、その時の恐怖はほぼ忘れているものである。コテツが思い出したのは、その感覚。
「いずれにせよ、あと少しでも救援が遅ければ、私は死んでいたと思います。かつ、四大魔族に対抗できるほどの戦力の救援である必要があった」
「……それは、そうかもしれない」
「あれほど迅速に、カラスマ隊長はともかく、総団長まで現れるなんて。正直、それが一番夢のような奇跡です。……たまたま、本部の感知魔術に引っかかったと聞きましたが」
チハヤは訝しげな表情で、顎に手をやる。コテツは内心冷や汗をかいた。間一髪の救出劇、その裏側をコテツは聞かされていたからだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
あの日、チハヤによってマレフィトから逃がされたコテツは、全速力で王国へと駆け戻った。一刻も早く助けを呼ばねば、と王剣団の隊舎へ向かう途中、偶然カラスマと鉢合わせることになる。そのカラスマが抱えていたのが、今まさに助けに向かってくれと縋ろうとしていた、チハヤ張本人だった。
(……俺は、夢を見ているのか?だとしたら、どこから?もしかして、これもヤツの術中なのか?)
激しく混乱するコテツに、カラスマは手短に説明した。既にカラスマと、王剣団の総団長であるエクレシャがチハヤを救出し、コテツを追い越して王国に戻ってきた、ということらしい。
「チハヤの命に別状はないが、心身ともに相当くたびれている。今からすぐ病院に連れて行くが……その後キミに、話がある」
そう言い残して、カラスマは一瞬で病院の方向へ走り去った。カラスマの話を聞いてなお、いや聞いたことで尚更、やはり夢を見ているのでは、とコテツは思う。不安定な心地のまま、とりあえず鍛冶屋へと戻ることにした。
「すまん!盗聴してた!!」
半刻ほど経った頃、鍛冶屋くろがねに駆け込んできたカラスマは、勢いよく顔の前で手を合わせた。ちょっぴり遅刻したくらいのノリで、物騒な単語を口にするカラスマに、ただただ困惑するコテツ。
「……この前、俺のハザマ刀、涅鬼の魔術を見せたとき。キミから一時的に奪った耳の感覚を、少しだけ返さずに残しておいた」
カラスマはばつが悪そうに眼帯を掻きながら、重たげにその口を開く。
「俺の影を奪う魔術は、単に対象の感覚を消すだけじゃない。その所有権を乗っ取ることもできる。腕の影を奪えば、俺の意思でそいつの腕を動かせる。足の影なら、足。そして耳の影なら、そいつが聴いた音を、俺も聴くことができる」
「……なるほど。だからあの速さで、チハヤさんの救出に向かえたわけですね」
最近僅かに感じていた耳の違和感は、気のせいではなかった。カラスマが、コテツの聴覚をジャックしていたならば。マレフィトとの遭遇もリアルタイムで知ることができ、最短の救出劇に繋がったのだ。
「……だが、四大魔族との接触を予期していた訳じゃあ全くない。あくまで副産物だ。俺が盗聴を仕掛けたのは、キミが魔族にハザマ刀を横流しした犯人ではないかと疑っていたからだ」
「……それは、どういう」
「これはまだ、公にはなっていない話だが。ここ半年で、ハザマ刀を持った魔族が何体か目撃されている。……王剣団の上の方が最近慌ただしいのも、そのせいだ」
カラスマは涅鬼を抜き、鋒でコテツの耳の影をこつんと叩いた。ほんの少しだが、カラスマの声がクリアに聴こえるようになった。ゆえに、その言葉が決して聞き間違いでないことを悟る。
「……ありえない。ハザマ刀は、人間が魔族に対抗するために生み出した武器だ。それを、魔族が持っているなんて」
「ああ。人類がヤツらとの力の差を埋めるために使っている武器まで、ヤツらに利用されたら。また圧倒的な力の差が生まれちまう。……まさにさっき、俺はその萌芽を目の当たりにしたワケだが」
「……マレフィトも、ハザマ刀を持っていたんですか」
背筋が凍る心地がした。対峙するだけで押し潰されそうになるほど、凶々しい魔力を放つ四大魔族。彼らもハザマ刀を使いこなし始めたら、鬼に金棒どころではない。剣の腕はともかく、魔術の力を引き出す技術に関しては、人類は圧倒的に遅れを取っているのだから。
「……で、問題なのは、誰がヤツらのハザマ刀を造ってるのか、という点だ。色々調査したが、残念なことにヤツらのハザマ刀は、どこかの剣士や鍛冶屋から奪い取ったものじゃないらしい。誰かがヤツらのためにつくった、完全な特注品だ」
「……俺を、疑ってたわけですか」
「悪く思うなよ。あのアルマトの鍛冶屋でさえ、調査が入ったんだ。そんな状況で、最近新しく王国にやってきた、出自不明の鍛冶屋。露骨すぎて逆に怪しくないくらい、怪しい存在だったよ」
ハザマ刀の鍛冶師にとって、これほど屈辱的な疑いはない。しかしそんな異常事態において、状況を客観的に見れば、明らかに自分は疑われるべき存在だった。コテツは静かに自らの唇を噛んだ。その様子に気づいてか気づかないでか、カラスマは淡々と話を続ける。
「ただ、調査の結果はっきりした。キミは、シロだ。チハヤとの会話の含め、キミの言動に怪しい点はなかった。嘘や動揺があれば、脈音でだいたいわかるからな。……それに、幸か不幸か、マレフィトとの遭遇も有用な根拠になった。裏で繋がってる相手に、あの反応はない。以上が、キミがシロの根拠になる。……ってとこまでが、上に報告する内容だ」
カラスマはそこで言葉を打ち切った。そして、コテツに向かって深々と頭を下げる。
「……俺も、キミが自分の夢をチハヤに話しているのを、聞いちまってな。脈音を聞かず、その言葉に嘘がないことはわかった。何より目の前にいたチハヤが、その言葉を信じたんだから。俺にとっちゃ、それが一番の根拠になる。……ここまでの無礼、心よりお詫びする」
それを見たコテツは驚き、カラスマのつむじをじっと見つめた。怒るべきなのか、悲しむべきなのか。許すべきなのか、許さないべきなのか。そもそも自分に、その権利があるのか。コテツはしばらくの間沈黙し、考えた。ただ、「べき」でいくら考えても、答えはわからない。だからコテツは、自分の率直な気持ちに従うことにした。
「……顔を上げてください。事情が事情だし、そのおかげでチハヤさんが助かったとも言える。だから俺は、気にしません。むしろ、わざわざ正直に打ち明けてくれたこと、感謝します」
盗聴の件は、ウォーバニア王国を、ひいては人類を守る剣士として、当然といえば当然の行いだ。そのまま黙していても責められる謂れはなく、反対に打ち明けるのは多くの不都合があるはず。しかしカラスマは、裏事情まで包み隠さず話してくれた。そして王剣団のトップの立場でありながら、一回り以上年下の名もない鍛冶師に、頭を下げている。「もっとキレた方がいいですよ。思い切り胸ぐら掴んでください」と、脳内のチハヤは言った。しかし、もう過ぎた誠意を見せてもらった、というのがコテツの正直な内心だ。それに。
「……まあ、例の話を盗み聞きされたことだけは、なんというか、気恥ずかしさはありますけど。結果、俺の夢を信じてくれる人が増えたなら。それは、ありがたいことなのかもしれないです」
「……ありがとう。そう言ってもらえるなら、救われるよ」
ようやくカラスマは、顔を上げた。お互い神妙な面持ちで、1秒、2秒と見つめ合う。そして3秒後、くしゃりとカラスマは破顔した。
「……おし!ほんじゃあ、暗い話はここまでだ。今回の任務の話をしようや。……そうだ、今回の宿、凄かっただろ?ほんとは規定の宿泊費を余裕でオーバーしてたんだが、ちょいと裏技を使ってな。それがーー」
「え?……あ、ああ。はい」
テンションの高低差についていけないコテツに、カラスマは訝しげな視線を向ける。なぜ俺がそんな目で見られなきゃいけないんだ、と不服に思う反面、これもカラスマの配慮なのだと感じた。非はなくとも、立場のある人間に重々しく頭を下げられては、謝られた側も気を遣う。だから軽薄に思われる可能性も厭わず、強引に空気を変えたのだ。
(……本当に、影みたいに変幻自在な人だ。この人の下で働くのは、頼もしくもあり、やりづらくもあるだろうな)
カラスマの打って変わって軽妙な語り口を聞きながら、コテツは彼の部下であるチハヤに思いを馳せた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「……キミの師匠は、あのクロガネなのか」
任務の話ーー半分以上はカラスマの雑談だったがーーが終わったころには、すっかり日が落ちていた。帰り際のカラスマの問いかけは、まるで何気ない世間話の雰囲気を装っていたけれど、その声は僅かに震えていた。
「はい。……信じてもらえるかはわかりませんが、師匠は王国を恨んでない、と言っていた。そもそも、魔王を倒すという俺の夢は、師匠から継いだものです。だから、師匠はーー」
「ああ、違う。そういう意味じゃあないんだ」
カラスマは慌てて、コテツの言葉を遮った。
「俺たちが今希望を持っていられるのは、あの人がハザマ刀を生み出したからだ。……俺の親父もお袋も、あの人の刀に命を救われてな。俺が剣士になったきっかけでもある。だから、仮にあの人の手で人類が滅ぼされたとしても、仕方がないと納得がいく」
「……それは」
「……いや、すまない。かえって、失礼極まりない発言だった。とにかく俺は、キミもキミの師匠も信じる。そう、言いたくてな。……今回のことで、キミには随分大きな借りが出来ちまったな。俺に出来ることなら、なんでも言ってくれ」
「さっきも言いましたが、俺はもう何も思ってません。……が、カラスマさんの罪悪感を和らげるためと思って、今後何かしらでその借り、使わせてもらいますね」
いいね、とカラスマは小さな笑みを浮かべた。そしてコテツに背を向け、店から出ようと一歩踏み出した瞬間、思い出したかのようにぐるんと振り返り、コテツにそっと耳打ちをした。
「ついでといってはなんだが、もう一借りだけ。……このことは、チハヤには秘密にしていてくれるか。……バレたら色んな意味で、殺される」
「……え?そ、そうですかね。事情を説明すれば、チハヤさんもわかってくれるんじゃ……」
「ダメだ。俺もあいつとそこそこ長いが、あんな感じのチハヤの声は聞いたことがない。……それを俺も聞いてたとなったら、殺される」
頭を下げられた時より真剣に思えるカラスマの表情に、コテツも首を縦に振るしかない。「マジでだから。盗み聞きの件より、でかい借りにしてもらっていいから」と念押ししてようやく帰ったカラスマ。やけに静けさを感じる店内で1人、コテツは思い返す。
(……「あんな感じ」って、どんな感じだったっけ)




