第23話 デート・凶星・ハザマ者(6)
「……はあっ、はあっ……ちょっと、休憩を……」
「あら。私はようやく、興が乗ってきたところなのですが。ほらほら、もう少し頑張ってください」
「いや、もう限界が……ぐえっ」
コテツは足がもつれ、背中から地面に倒れ込んだ。満天の星空が目に入り、仰向けのまま思わず見入ってしまう。チハヤはコテツに近づくと、その視界を遮るように見下ろしてきた。
「随分バテるのがお早いですね。鍛錬が足りないのでは?」
「……鍛治の修行なら、夜通しやり続けられるんだが。というか、王国剣士団の剣士相手によく保った方だろ」
チハヤからの夜の誘いは、外での剣の稽古だった。そういえば昼食のとき、カロリー消費の運動に付き合うと言ったのを思い出す。魔術はなし、峰打ちかつ寸止めの条件だが、ヘタな魔獣との戦いより緊張感があった。チハヤの戦いぶりは間近で見てきたが、実際に相対して改めてわかる、速さと剣捌きの巧みさ。チハヤの癖はある程度把握しており、彼女もあえて隠さず向かってきたが、それでも喰らいつくので精一杯だ。
「……まあ、確かに良い稽古にはなっています。人を見る目も、刀を見る目も長けている貴方は、剣士との戦いが得意なのではと思っていましたが。正直、期待以上でした」
「ならいいんだが。……全然、そうは見えないけど」
コテツの全身は汗びっしょりで、立とうとすると膝が笑った。見かねて手を貸してくれたチハヤは、汗一つかいていない。いつもと違ってほどかれた髪が、夜風にさらさらと流れている。
「15分後、もう1回だけ打ち合いをしましょう。明日も早いですし、それで最後にします」
「了解。……でも少し、心配だな」
「……言ったでしょう。良い稽古になっていると。なんならパートナー契約の内容に、週1で稽古に付き合ってもらうのを追加してもいいくらいです」
「……それは、別途検討するとして。俺が言ったのは、チハヤさんが、ちゃんと休めてるのかなってこと」
旅館に泊まった夜でさえ、稽古を欠かさないチハヤ。普段どれだけ自身を追い込んでいるのか、改めて心配になってきた。自分も稽古に付き合ってしまっているが、チハヤの上司カラスマからの「チハヤを休ませろ」という指令に反するのでは、とコテツは今さら気づく。
「……難しいですね。剣から手を離すと、つい考え込んでしまいます。この瞬間にも、世界の誰かが大切な誰かを失っているんだ、とか。それを少しでも無くすのが私の夢なのに、のんきに足を止めていいのか、とか。……そういう意味では、剣を握っている方が気が休まるかもしれません」
「……でも結局、ちゃんと休んでちゃんと頑張れるようにならないと、逆に夢から遠ざかることになる。それに、周りにも心配かけるしな」
その気持ちに共感しつつも、チハヤ自身と、チハヤが大切にしている人のことを思い、コテツは本心からそう言った。しかしチハヤはなぜか、ムッとした表情になる。
「それ、貴方が言いますか。ミウの包丁造りも私の刀鍛冶も、相当無茶をしたと見えますが」
「……まあ、頭でわかってるのと、実際にできるかどうかは違うので」
「それに貴方の部屋に訪ねた時、やけに頭が冴えていそうでしたが。ずっと鍛冶のことを考えていたのではないですか。頭でもわかっているのか、怪しいものです」
「……そろそろ、15分経ったんじゃないか。稽古再開だな」
まだ続きそうなチハヤの小言を遮り、コテツは刀を構えた。するとチハヤも押し黙り、厳かな所作で刀を抜く。今までより数段圧力を感じる彼女の剣に、コテツは思わず身震いをした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「そういえば、コテツ。私は、貴方の夢も知りたいです。教えていただけませんか」
「……ああ。ええと、それは……」
最後の稽古が終わり、また大の字になったコテツに、チハヤが問いかけてきた。夢、か。みょうな気恥ずかしさと、現在地からの距離の遠さによる気後れで、思わず口ごもる。疲れて頭が働かないフリでやり過ごそうとするが、チハヤはどうやら逃がしてくれそうにない。
「……貴方も、私と少し似た境遇だと思っています。ゆえに深入りもよくない、とも考えましたが。……貴方に一方的に、私の夢を知られているのは不平等ですし。貴方の方だけが、私の夢の力になってくれるのも、ずるいです」
少し寂しげな口調で言われてしまったら、こっちも話すしかない。コテツは体を起こし、チハヤの瞳のはるか上、やけに大きく見える月に視線を合わせた。
「俺の夢は、魔王を倒す刀を造ること。元々は師匠の夢だったんだけど、俺がそれを無理やり継いだんだ。魔王を倒した刀を打った鍛冶師、その師匠なんだって、師匠の名を世界に轟かせる。……それが、天涯孤独の俺に生き甲斐をくれた、師匠への恩返しなんだ」
火照った体に、夜の潮風は寒いくらいだった。チハヤの反応が怖くて、コテツはなかなか視線を下げられない。だが月光の眩しさに、意を決して彼女の方に向き直る。するとチハヤは真剣な表情で、顎に手をやり、何やらぶつぶつと呟いていた。
「なるほど。それなら、まずは情報収集が必要ですね。私がもっと上に行けば、より質の良い情報が集まる。あとは引き続き素材の連携と、剣士団の中で誰とコネを作るか。タカ派の面子は魔王討伐に相当意欲的ですが、コテツと合いそうにない。2番隊の中であれば……」
「ええと。チハヤさん?」
「はい。……どうしました?そんな、間の抜けた表情で」
不思議そうな顔で、コテツを見つめ返すチハヤ。そこには、コテツの予想していた反応はひとつもなかった。
「……いや、なんというか。意外、だったので。最高峰の剣士や刀のことも、それでも未だ届かない魔王の恐ろしさのことも、チハヤさんは俺より知ってる。だから呆れられるか、何なら怒られるかと思ってた。『貴方は舐めているのですか?それともただ馬鹿なだけですか?』って」
「……では、そんな私が貴方を、貴方の夢を信じたことが、どういう意味を持つのか。馬鹿でないなら、考えてみたらどうです」
チハヤは、ぷいとコテツから視線を外す。その言葉で、コテツは、彼女に自ら造った刀「浮雲」を渡した日のことを思い出した。チハヤは、自分のことは信じられない。でも、チハヤを信じて刀を打った、コテツのことは信じられる、と。改めて、その意味が腑に落ちる。
(自分を信じてくれる人がいると、俺も自分を信じてみたくなる)
ありがとう、とコテツは呟いた。それが聞こえていないのか、聞こえないふりをしているのか。さっきより一段低い声で、チハヤは続けた。
「……というか、貴方の鍛治の腕うんぬん関係なく。真剣に語られた夢に対して、悪し様に言うような人間ではないつもりです。貴方には、そう見えていたのかもしれないですが」
「あ、いや……確かにその通りだな、すまない」
「この怒りと悲しみは、なかなか消えてくれそうにないです。どうやら今夜、私は眠れそうにないですね。……どこかの誰かが、捌け口になってくれない限り」
「……わかった。もう1本、いや気が済むまで、稽古に付き合わせてもらうよ。そっちがもう勘弁してくれって、根を上げるまでやってやる」
やけくそ気味に言ったコテツに、「そこまで言うなら、付き合ってあげましょう」とチハヤは返す。そして月明かりの下、妖しくも美しい微笑みと共に、彼女は言った。
「……これで、お互いの夢を知ったパートナー同士です。これからもたくさん、利用しあっていきましょうね」




