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ハザマの刀鍛冶師  作者: 掛井泊
第3章
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第21話 デート・凶星・ハザマ者(4)

山道を抜けた瞬間、色とりどりの市場と、その先に広がる真っ青な海が、コテツの視界に飛び込んでくる。ほのかに潮の香りを含んだ海風が、心地よく頬を撫でた。人混みの喧騒に、ウミネコの鳴き声が入り混じる。


「……ここが、ラクシザか」


ラクシザは、常に各国の交易が活発な港町。特に今日からは、年に1度の大市が始まる。世界各地から貴重な物資や芸術品が集まる大市には、これまた世界各地から客や商人が集い、毎年異様な盛り上がりを見せていた。ここで有用な鍛治素材を入手するのが、コテツとチハヤのミッションだ。


「思ったより、早く着いてしまいましたね」

「うん。少しどこかで落ち着こうか。俺は疲れてないけど……チハヤさんも、全然平気そうか」


ラクシザの手前にあるオロシ山道は、魔獣が出現するため馬車が走っていない。最短ルートで向かうには、その足で通り抜ける必要があった。ただ道中の魔獣はすべて、チハヤ1人で瞬殺。彼女が振るう「浮雲」はコテツ製のハザマ刀だが、コテツの想像を超えたポテンシャルが引き出されており、鍛冶師冥利に尽きる、とコテツは感動した。しかし当のチハヤは、「この刀の本領は、まだまだこんなものではありません」と、なんなら不満げだった。


「まあ、早めの昼食にでもしましょうか。あと1時間もすれば、どこも混み始めるでしょうし」

「そうだな。せっかくの港町だし、魚料理が食べられる店はどうだろう」

「いいですね。よさそうなお店、探しましょうか」


行きの馬車の中では、謎の気恥ずかしさでろくに話せなかった2人。だが戦闘中のコミュニケーションを経て、ほとんど緊張はなくなっていた。市場の人混みをかわしながら、店を探す。ウォーバニア王国城下町の半分にも満たない面積に、何倍もの人が詰めかけている。初日の午前でこの密度なのだから、驚きだ。


「お、新鮮な白身魚が自慢、か。チハヤさん、白身の方が好きだったよな。ここにしようか」

「……なぜ、私の嗜好をご存知なのですか」

「……ええと、ミウさんにたまたま聞いたので」


チハヤに楽しんでもらうために、コテツは事前にミウから情報収集をしていた。ミウはやけに乗り気で、聞いていないことも色々教えてくれたし、逆に色々聞かれもした。ただ、チハヤに準備を悟られるのは気恥ずかしく、適当に誤魔化して店に入る。


店内は小洒落た雰囲気で、ところどころアンティークの小物が置かれ、メニューの装丁も凝っている。こうした類の店には慣れていないコテツだが、緊張よりも興味の方が先にあった。店づくりの参考になるかもしれないと、早々にメニューを決め、店内を目立たないよう観察する。反対にチハヤは、かなり長い時間メニューとにらめっこしていた。


「そんなに迷うなら、全部頼んじゃえば。俺も、食べるの手伝うし」

「……どれも美味しそうだからこそ、カロリーと、栄養バランスが気になりまして。食事も、鍛錬のうちですから」

「……今日くらいは、いいんじゃないか。後で運動でもしてバランスを取ればいい。俺も付き合うから。……軽い、剣の稽古とかなら」

「……では、お言葉に甘えて。すみません、こちらとこちらとこちらを注文お願いします。あとこちらも……」

(め、めちゃくちゃ頼むな。これが、一流剣士の食事量か)


チハヤは結局、コテツの3倍以上のメニューを注文した。そして食事が届くやいなや、美しい所作で、すさまじいスピードで食べ進め始める。見ていて気持ちのいいその食べっぷりに、コテツも自分の食事がさらに美味しく思えてきた。チハヤは一見、ずっとクールな表情を保っているけれど、よく見ると食事を口にするたび、僅かに表情が綻んでいる。


(なるほど。……ミウさんが、ご飯を作ってあげたくなるわけだ)


そして半刻後、テーブルを埋め尽くしていた皿たちは、どれも綺麗さっぱり平らげられていた。チハヤは食後の紅茶に優雅に口付けながら、「目算通り、腹八分目に届かないくらいですね」とつぶやくので、コテツは驚かざるをえない。


「ふう。どれも美味しかったですが、特に……」

「アクアパッツァは、特に気に入ってそうだったな。貝もいろいろな種類が入ってたし。俺も食べればよかったよ」

「……当たりです。……やはり、よく見ていますね」


チハヤはばつが悪そうに、コテツをじとっと睨んだ。情報収集の報酬として、「お姉さまが美味しそうに食べてたものがあったら教えてください、私も作れるようになるので!」と、ミウから頼まれていたものだから、仕方がない。


(……それにしても、この食べっぷり。……もっとミウさんが料理を頑張れるように、新しい調理器具を作ってあげたほうがいいかもしれないな)


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