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ハザマの刀鍛冶師  作者: 掛井泊
第3章
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第20話 デート・凶星・ハザマ者(3)

ウォーバニア王国2番隊隊長、カラスマが抜いたハザマ刀の名は、「涅鬼(クロオニ)」。コテツはその切れ味や造形よりも、まず刀身の深い黒色に魅入られた。深い闇、という形容では足りない。深い闇のさらに底に溜まった泥のような、濃密な黒。


「えー、コテツくん。ちょっと、この辺りに立ってくれるかい。あ、もう少し右。……うん、その辺り」


カラスマは頷くと、こつん、刀の鋒で床を叩いた。コテツも自然と視線を下げる。刀はちょうど、コテツの右耳部分の影と重なっていた。


「……虚喰(ウログイ)


カラスマが呟くと、涅鬼の刀身に魔力が走った。刀の圧倒的な黒色に眩んでいたコテツだが、やがてその違和感に気づき、目を何度もしばたかせる。


(俺の右耳の影が、どんどん薄くなって……消えた?)


まさか、と自分の()()()()()()()()()()に手をやった。


「……ない」


思わずこぼれた自身の声にも、違和感を覚えた。しばらくして、右耳を聴覚ごとなくしているからだ、とその理由に気づく。


「……影が薄いとか、噂をすれば影とか、そういう言葉の中の影って、影イコール本人なんだよ。コイツの魔術も、まあ似たようなもんだ」


カラスマの声も、奇妙な響きを伴って聞こえる。涅鬼の刃の影に重なった影は、涅鬼に奪われる。すると、奪われた影とリンクする本体の部位も消失する。それが涅鬼に刻まれた魔術だと、カラスマは言った。


「……面白い魔術ですね。今はあからさまに刀が影に触れていたから気づけたけれど、戦闘中はそうタネには気づけない。仮に気づけても、斬撃を避けるのと、刀の影と自分の影の重なりを避けるのは、間合いが異なって困難だ。……かといって、避けるのを諦め攻撃を受け止めてしまったら、影は重なり奪われてしまう」

「めずらしいな。この魔術を初めて知ったヤツは大抵、『回りくどいことせず、本体を斬ればいいじゃん』とか言うもんだけどな。……まあ、俺も最初にそう思ったんだが」


コテツは改めて、涅鬼の刀身を観察する。まずその黒さに目が行ってしまうが、案外それも実利があるかもしれない。漆黒の刃は視覚を歪ませ、斬撃との距離感を狂わせる。刀身の絶妙な長さと重心は、特に横の動き、突き技や横薙ぎの効果を高めそうだ。


(……まさか、それも意図的なのか。二次元の独特な間合いに苦しんだ相手が、思わず縦の動きで逃げようとしたら。影は動かずその場所に留まるから、魔術で奪うチャンスができる)


刀が剣士の力を引き出すのではなく、刀の力を剣士に引き出させるような、鍛冶師のエゴを感じるデザインと、有無を言わせないクオリティ。そんな刀を造ってしまう鍛冶師に、コテツは心当たりがあった。


「もしかして、この刀を打った鍛冶師は。……ディアン=アルマト」

「……その通り。さすが、同じ鍛冶師ならわかるもんなんだな。なんなら、ウチの隊長の半数くらいは、ヤツが打った刀を使ってる。刀のクセはとんでもないが、使いこなせればこの上なく強力な刀ばかり。あの若さで、すさまじい鍛冶師だよ。」


刀のクセ以上に、本人のクセの方がとんでもないけどな、とカラスマは厄介そうに付け加えた。


(あの王国剣士団の隊長の半数が、ディアンが打った刀を使ってる。本当に、あいつは現時点で世界一のハザマ刀鍛冶師なのかもしれん。……まあ、アイツ以上の鍛冶師がぽんぽんいた方が、困るか)


そして、ディアンがハザマ刀にどんな魔術を刻むのかも、今回身をもって体感できた。少なくともコテツは、影を奪う魔術など聞いたことがない。コテツがまだ知り得ない領域の魔術なのか、ディアンが術式を組み合わせ、独自に作った魔術なのか。どちらにせよ、魔術についてもディアンは、コテツのさらに先を行っていた。


(……とはいえ、今の俺でも1つ、わかることがある。いや、わからないことがわかる、と言った方が正しいか)


その疑問をコテツが口にしようとした瞬間、カラスマは焦ったような声を上げた。


「まずい、もうこんな時間か。……奥さんが飯作って待ってそうだから、そろそろお暇するわ。奪った影も、返すよ。()()()()()()()()()()()()()、しばらくすれば気にならなくなるはずだ」


そう言ってカラスマは、慌てて帰りの支度を始める。コテツが何か聞こうとしたのを気づいていないのか、気づいたからこそなのかは、わからない。ただコテツも、無理に引き留めようと思わなかった。チハヤの件に関するカラスマからの見返りとしては、十分受け取ったと感じたからだ。



「……そうだ。任務に関して1つだけ、言い残したことがあったわ。今回の任務は、チハヤにーー」


帰り際、カラスマはコテツにひとこと言い残すと、風のように扉の外に飛び出した。せめて見送りを、とコテツも後を追うが、すでにその姿は影も形もなく消えている。あきらめて、店の中に戻る。一転しんとした店内だが、いまだ鼓膜にはカラスマの最後のひとことが響いていた。戻ってきた右耳の感覚を馴染ませるように、コテツはしきりに耳たぶを触った。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「……すみません、お待たせしました」

「いや、まだ集合時間の30分前だし。俺が、早く来すぎただけだ」


任務当日の早朝。ウォーバニア王国の東門で、コテツとチハヤは落ち合った。目的地である港町ラクシザの手前、オロシ山道行の馬車に乗るためだ。オロシ山道は魔獣も出るため、自分の足で通り抜ける必要がある。ただ順調にいけば、午前中にはラクシザに着くだろう。


「どうせなので、ひとつ早い馬車に乗りましょうか。……なんですか、じろじろと。貴方の視線はわかりやすいと、前言いましたよね」

「ああ、すまん。……今日、隊服じゃないんだな」


チハヤの服装は、白の襟付き半袖シャツと、黒のショートパンツ。シンプルで健康的な服装ゆえに、そのしなやかな美しさが際立っていた。普段の隊服ではほぼ隠れている、白い肌が眩しい。腰に下げたハザマ刀「浮雲」も、一見細身で可憐な刀なので、もはや一種のアクセサリーに見えなくもなかった。


「剣士団の隊服だと変に目立つので、私服で行けと隊長から言われまして。……何か、文句でも?」

「いや、ええと。……似合ってるな、と」

「……では、ミウを褒めてあげてください。今日の服装は、ミウがなぜか異常なこだわりで選んでましたから」


「お姉さまはそのままで最高なんですから、服はシンプルでいいんです!」と鼻息荒くするミウの姿を、コテツはありありとイメージできた。


「いちおうインナーは丈夫な革製のものなので、最低限の戦闘は問題ないかと。……見ます?」

「……いや、大丈夫です」



コテツとチハヤは、オロシ山道行きの2人乗り馬車に乗り込んだ。以前ダンジョン攻略へ向かった時とはまた別の、奇妙な緊張感が2人の間に生まれていた。馬の足音が、やけに大きく聞こえる。コテツは流れゆく外の景色を見ながら、まだ耳にこびりついている、カラスマの最後の言葉を思い出す。


◇◆◇◆◇◆◇◆


『今回の任務は、チハヤに息抜きをさせたいって意味もあるんだ。ただ休暇を与えても、アイツは修行をするか、妹の世話に奔走するかで、なかなか休まなさそうだからな。……ぶっちゃけ、コテツくんにこの任務を頼んだのは、半分くらいそういう意味がある。気を許してるキミと2人で、港町をデート気分で楽しんでくれ、ってな。……だから、しっかりエスコートしてやってくれよ』


◇◆◇◆◇◆◇◆


(……デートだなんて、向こうはまったく思ってないだろうけど。チハヤさんをしっかり休ませてあげたい、ってのは俺も同感だ。……今まで鍛冶しかしてこなかった俺にとっては、あまりにも荷が重い任務だが。なんとか、せねば)


もしかすると、今までのどんな試練や依頼より難題かもしれない。「デートも鍛冶も同じ。相手のために考え、相手の想像を超える体験を提供するんだよ」なんて、脳内の師匠クロガネがニヤつき顔で言ってきた。コテツは思わず、舌打ちをする。


ちらと、チハヤの方を見た。チハヤも所在なく外の景色を見ていたようだが、同じタイミングでこっちを覗いて、予想外に視線がぶつかる。気まずい沈黙の後で、お互い何もなかったようにゆっくり目を逸らし、再び外に視線を向けた。早く目的地に着いてくれ、と願いつつも、なぜか相反する気持ちもあることを、コテツは奇妙に思った。そして、コテツは知る由もないけれど、それはチハヤも同じだった。

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