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ハザマの刀鍛冶師  作者: 掛井泊
第3章
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第19話 デート・凶星・ハザマ者(2)

「どうも、俺の名はカラスマ。ウォーバニア王国剣士団2番隊で、一応隊長をやらせてもらってる。チハヤは、直属の部下にあたるな」

「はじめまして。鍛冶屋くろがね2代目鍛冶師、コテツです。先日、チハヤさんのハザマ刀を打たせてもらいました」

「おお、噂は聞いてるよ。……ところでコテツくん。本題に入る前に、2つ言っておきたいことがある」

「……2つ、ですか」


王国剣士団の隊長で、チハヤの上司でもあるカラスマ。そんな彼から何を言われるのか、コテツに緊張感が走る。


「そ。1つは、この眼帯ね。……これ、とある理由があって仕方なくつけてるやつなんで。オシャレとか、格好いいとかでつけてるわけじゃないから。くれぐれも『おっさんがイタいファッションしてる!』って、勘違いしないでくれな」


カラスマは決まりが悪そうに、眼帯の上から右目をトントンと叩いた。想定していなかった角度からの言葉に、コテツは一気に拍子抜けした。


「はあ。そんなこと、まったく思わなかったですが。普通に身体の事情でしてる人もいますし。仮にファッションだとしても、強そうで格好いいと思います」


そうコテツが返すと、カラスマは一転表情を明るくし、コテツの肩をぽんぽんと叩いた。


「だ、だよなあ!俺もどう思われるかわかんなくて、予防線張っちゃったけど。ぶっちゃけ格好いいよなあ!ビジュアルも雰囲気出るし、剣士としてもちょっと制約のある方が逆にシブいというか……」

「……あの。くだらない話はそこまでに。さっさと本題に入ってもらえません?」


コテツとカラスマの間に、男子特有の盛り上がりが生まれそうになったのを、チハヤがばっさり断ち切った。カラスマは消沈した様子で、「お姉さん、厳しくない……?」とミウに話しかける。しかしミウは人見知りを発動し、逃げるようにチハヤの背後に隠れてしまった。カラスマはさらに凹んだ様子だが、チハヤの圧が増すのを感じたのか、咳払いをして本題に入る。


「……ちょうど1週間後。王国の東にある港町ラクシザで、年に1度の大市がある。そこで、とある稀少な鉱石が売り出されるらしい。それを是が非でも手に入れろ、鍛冶屋アルテナから王国に依頼があってな。今回は2番隊の受け持ちになったんだが、チハヤの任務予定がちょうど空いていたもんで、頼まれてくれないかと」

「……鍛冶屋、アルテナ」


奇妙な縁を感じ、コテツは思わず呟いた。鍛冶屋アルテナは、ウォーバニア王国三大鍛冶屋の1つ。その若き当主ディアン=アルテナと、コテツは面識があった。チハヤの依頼を終えた直後、自らの鍛治の信念に悩んでいたとき、偶然彼と出会ったのだ。世界一の鍛冶師を目指すため、乗り越えなくてはならない相手。コテツはディアンのことをそう意識した。


(……ヤツが素材集めを依頼する相手は、王国規模。改めて、その差を感じるぜ。……まあ、どうせなら高い壁の方が登りがいがあるか)


人知れず、熱い思いを燃やしていたコテツ。ただ対照的に冷静な口ぶりで、チハヤはカラスマに疑問を投げかける。


「依頼については、承知しました。ただそれだけなら、私1人で事足りますよね。彼に声をかける意図がわかりません」

「……さすが、鋭いね。アルテナからはその鉱石の他に、いい感じの素材をいい感じに買ってきてくれ、とも頼まれていてな」

「……随分と、ナメた依頼ですね」


チハヤの声に僅かに感情が乗る。コテツは、(ヤツなら言いかねない……)と思った。そして、ただナメているだけならまだいい(よくない)が、ディアンなら遊び半分で相手を試してやろう、なんて思惑があってもおかしくない。それを王国相手にやれるなら、もはや傲慢を通り越して見上げたものだが。


「……で、面倒なことになったと困り果ててたんだが。あのチハヤが、契約パートナーに選んだ鍛冶屋がいたのを思い出してな。餅は餅屋、その鍛冶屋にいい感じの素材集めも任せたい、って思ったわけだ」


カラスマは、左目でコテツに目配せをする。


「もちろん、タダでとは言わない。今回の依頼のために、予算はそれなりにもらったからな。その半分もありゃメインの鉱石は入手できるだろう。残った半分の、さらに半分くらいは追加の素材に費やして、あとは2人の自由に使っていいぜ」


ほい、とカラスマが机の上に投げた小切手。その数字は、小さい家なら買えてもおかしくない金額だった。この額をそれなりと評する、王国剣士団の金銭感覚はやはりおかしいと思う。チハヤもその額に動揺ひとつ見せず、「とはいえこの金額の半分で買える鉱石なら、割のいい買い物になりそうですね」などと言うものだから、コテツは震え上がった。


「……私は、これは任務の命令と受け取ったので、選択肢はありませんが。貴方はどうしますか、コテツ」

「ぜ、絶対行くべきですよ、コテツさん!お姉さまと2人でお出かけなんて、全人類が羨むイベントですっ」

「……落ち着きなさい、ミウ。あと、お出かけではなく任務です」


ミウを嗜めつつ、チハヤはちらとコテツの表情を伺った。金額に釣られた、あるいはチハヤとのお出かけ(?)に釣られた不純なヤツと思われそうで逆にやりづらかったが、コテツの心はとっくに決まっていた。


「……是非もない。引き受けさせていただくよ」


ちょうど鍛治の素材不足で、チハヤと収集に行くかどうかという話になっていたので、渡りに船だ。さらに世界各地から貴重な素材が集まる大市で、ディアンを唸らせる素材を選べるのか、という自分の目利きを試す場にもなる。


(……何より、これはチハヤさんが俺を宣伝してくれたおかげで来た話みたいなもんだ。このチャンスも、絶対逃しちゃダメだ)


ミウからチハヤに繋がり、今度はチハヤから繋がった縁。それを絶対に手放すべきではない。未だ迎えた客は、彼女たち2人だけ。鍛冶師としてはともかく、鍛冶屋としては未熟も未熟なコテツだが、自分自身その勘は確信めいて信じられた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「よし、話が早くて助かるぜ。じゃあ詳しい話を……」

「……すみません。そろそろ夕食の準備の時間でして。私は後ほど隊長から詳細を伺いますので、ここで失礼します」


チハヤはカラスマの話の腰をぽっきり折って、ミウとさっさと帰ってしまった。コテツとカラスマ、初対面同士で思いがけず2人きり。なんとなくぎこちない雰囲気になったまま、コテツはカラスマから一通り、任務の説明を聞く。


「……まあ、ざっとこんなもんだ。ラクシザまでの道のりに魔獣が出るポイントはあるが、チハヤがいれば大丈夫だろうし、キミも一通り戦えるとは聞いているしな。……見た感じ、予想以上に腕が立ちそうだが」

「はい。今の所特に気になる点は……。ああ、任務とは関係ないのですが、1つ聞いておきたく。……俺に言いたいことの2つ目って、なんですか」


コテツは思い出す。本題に入る前に、カラスマから伝えたいと言っていたことは、2つあった。1つ目の眼帯の話の途中でチハヤに咎められてしまったから、2つ目は聞けていなかった。


「確かに、肝心なことを伝え忘れてたわ。……2つ目は、チハヤの力になってくれた礼を、キミに伝えておきたかったんだよ」

「え?あ、ああ……」


またゆるい話が始まると思ったコテツは、シリアスなカラスマのトーンに面食らってしまう。


「チハヤが、緋火竜討伐に1度失敗したとき。即リベンジしようとするもんだから、ちゃんと勝算を示せないの許可できん、と言った。それは実質、無茶だから諦めろって意味で言ったんだ。……ただアイツは、新しい刀引っ提げて、勝利の道筋をはっきり示して、俺を納得させた。そんで、結果も出した。キミの刀の、おかげでな」


チハヤがすぐさま再討伐に向かおうとして、上司に止められたことは聞いた。部下を大切にしているからこその判断、と当時も思ったが、カラスマの口ぶりを聞いて改めて思う。くだけた雰囲気では誤魔化しきれない、部下を想う気持ちが滲んでいた。


「……チハヤは知っての通り、腕もいいし気合も入ったヤツだが、生真面目で背負いすぎるきらいもある。本当に心を許してる相手は、剣士団の中にもほぼいなかったよ。だから、チハヤがあの刀を持ってきた時、マジでひっくり返ると思ったぜ。長年の大剣の拘りを手放して、出会ったばかりの鍛冶師が造った、軽量の刀を握ったんだから」

「……そうですね。あの刀をチハヤさんに受け入れてもらうために、俺も一悶着あったので」

「いや、一悶着でなんとかなったんなら、大したモンだよ。……知り合ってまもないキミが、あのチハヤを変えたってのは未だ信じ難い。でも裏を返せば、コテツくんが短い時間で、信じられないくらい本気でチハヤに向き合ってくれたってことなんだろう」


カラスマの言葉に反射的に謙遜しそうになって、飲み込む。誰かのために刀を造る。剣士のことを誰よりも考え、剣士の願いを叶えるための刀を造る。それが、自分の鍛治の信念だ。はい、と自信を持ってコテツは頷いた。そうかい、とカラスマも嬉しそうに頷き返す。


「チハヤにとって、こんな出会いがあったことは幸運そのものだな。……そんで俺にとっても、部下の成長が仕事みたいなもんだから。チハヤほどではないけど、相当にラッキーだったよ」

「……俺の方こそ、チハヤさんの刀を造ることができて、ラッキーでした。チハヤさんのおかげで、俺も鍛冶師として成長できた。それに、彼女のような素晴らしい剣士の力になれたなら、それこそ鍛冶師にとってのこの上ない幸運です」

「……なるほど、そういう衒いのなさなのかねえ。……若いヤツのマネジメントは、いまいちわからんから。俺も色々と参考にさせてもらうよ」


カラスマはにやりとしながら、自分の頭をポリポリと掻く。


「……ただまさか、すぐパートナー契約するほど気に入ってるとは思わなかったな。書類の相談をされたときは、今度こそ本当にひっくり返っちまったよ」


◇◆◇◆◇◆◇◆


「……ってなわけで、キミにはちゃんと礼をしなきゃってな。なんか欲しいモンとかあるかい?うん?」


甥に欲しい玩具でも聞くかのように、カラスマはコテツに問いかける。


「いや、さっき大市で使っていいお金をもらったばかりかと……」

「おいおい、キミはほんとに商売人かい?それは大市におつかいに行ってもらう分の報酬だろ。チハヤの件の礼は別でもらっとくべきだ。……ほら、なんでも言ってみなよ」


叶えられるかどうかは、言った内容次第だが、とカラスマは付け加えた。しかしその1個前、商売人かというカラスマの問いに、コテツは痛いところを突かれそこは聞き逃す。ただ、天下の王国剣士団団長に頼み事ができる機会など滅多にない。気を取り直し、コテツはカラスマをまっすぐ見つめて言った。


「では。カラスマさんのハザマ刀を、魔術を、俺に見せてくれませんか」

「……なるほど。商売は遠慮がちだが、鍛治のことになると相当貪欲だな。……まあ、こっちとしても、都合がいいや」


カラスマはそう呟くと、腰に提げた刀をぬるりと抜いた。コテツは一挙手一投足に、一気に目が吸いつけられる。その刀身は、漆黒の柄と鞘よりも、さらに黒く塗り潰されている。見ているだけで引き込まれるような気分になり、足元が覚束なくなる。そんな、奈落の黒色だった。


「……俺のハザマ刀、名は涅鬼(クロオニ)。派手に遊べるヤツじゃあねえんで、まあ期待せずに見ていってくれや」

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