第18話 デート・凶星・ハザマ者(1)
「……いつになったら、誘っていただけるのでしょうか」
「え?」
チハヤが普段よりも低い声で、コテツに問う。横でそれを聞いていた妹のミウは、はわわと口に手をやった。
「……あの。誘う、というのは」
「素材集めの、お手伝いです。パートナー契約を結んでから、一度も声をかけていただいてないと思うのですが」
「……ええと、今はチハヤさんから譲ってもらった、緋火竜の素材を使った刀造りに忙しくて……」
「嘘ですね。あれから3ヶ月近く経ちました。鍛冶狂いの貴方であれば一通り試し終えているはずです。それに、大事な素材は将来の依頼に取っておくでしょうから」
相変わらず鋭い、とコテツは内心冷や汗をかく。何から何までチハヤの推理通りだ。ここ1ヶ月ほど、手持ちの素材で鍛冶修行を賄ってきたが、結構前から限界を感じていた。それでも、コテツがチハヤに素材集めを頼んでいないのは。
「もしかしなくても。遠慮していますよね、私に」
「ああ、まあ。チハヤさんは任務や修行で忙しそうだし、ミウさんとの時間もあるし。そんな中で、貴重な時間を貰うわけには……」
「契約している以上、同じくらい貴方からの依頼も大事です。契約と関係なく、ここでミウの面倒まで見てもらってますし。貴方は私にばかり、どんどん恩を着せるつもりですか?」
最近のミウは、コテツ製の包丁での料理練習もひと段落したらしく、しばしば鍛冶屋くろがねに遊びに来ていた。ただコテツとしては、行儀のよいミウに手がかかったことはまったくなく、むしろ店番の眠気を紛らわす話相手として助かっていた。そんなミウは、「そ、そうです。お姉さまの言うとおりですっ」と、チハヤの援護射撃を試みる。
「お姉さまは私のお迎えがてら、コテツさんと会うたびに毎回、『今日も誘ってもらえなかったな……』って寂しそうに言ってるんですよ!ブアイソウ?なせいかもって、最近鏡の前で笑顔の練習とかもしてて。お姉さまはクールビューティーの中に秘めた優しさが素敵なんだから、私はそんなの気にしなくていいってーー」
「……ミウは、少し黙っててくださいね」
よく回るミウの口を、素早く両手で塞ぐチハヤ。コテツがその話の内容を飲み込もうとする前に、チハヤに鋭く睨まれた。
「……とにかく。そろそろ、次の依頼のための備えも必要でしょう。予定は調整しますので、本当に遠慮は無用です」
(次の依頼……この3ヶ月の間、店に来てくれたのはチハヤさんとミウさんだけとは言えないな……)
チハヤが剣士団の中で、折に触れて鍛冶屋くろがねの名を出し、宣伝してくれているとは聞いていた。とはいえ王国内に無数に鍛冶屋はあるし、チハヤに作った刀も万人向けの一振りではないから、すぐに客が来てくれるとも思っていなかった。ただときどき客足を尋ねられると、どう返しても気を遣わせそうで困ってしまう。コテツが答えに窮していると、不意に来客を告げるベルが鳴った。
「……邪魔するぜ。随分賑やかだと思ったら、先客がお前とはなあ、チハヤ」
「……カラスマ隊長。なぜ、ここに」
目の前に現れたのは、左目に黒い眼帯をした、壮年の男だった。短い黒髪は少しクセがあり、頬と顎には無精髭が生えている。よれたワイシャツの胸部分には、少しくすんだウォーバニア王国剣士団の紋章がつけられていた。
(……というか今、「隊長」って呼んだよな?)
それが、聞き間違いでないのなら。カラスマと呼ばれたこの男は、200人近い王国剣士団の中で、7人しか存在しない隊長の1人ということになる。人類最強の対魔族戦力と名高い、王国剣士団の隊長であるということは、世界規模で考えても十指に入りうる実力の剣士なはず。
(ぱっと見だと、全然そうは見えない。……けれど)
気怠げでくたびれた様子のカラスマからは、そんな威厳はまったく感じられない。ただ、強さをうまく隠すのも強者の技術であることを、コテツは知っていた。それによくよく観察すると、チハヤ以上に隙らしい隙が見当たらない。そんな彼の腰には、妙に丈の長い、真っ黒な柄と鞘の刀が提げられていた。
「……ただ、めちゃくちゃに丁度いいや。お前と、お前のパートナーの鍛冶師さんに、ちょっと頼み事があるもんでなあ」
カラスマは間延びした口調でそう告げると、コテツとチハヤを交互に指差した。




