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ハザマの刀鍛冶師  作者: 掛井泊
第2章
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第13話 雪辱・迷宮・パートナー(8)

「……まったく。品のない攻撃ですね。外傷より、鼓膜のダメージが心配になる。……貴方は、大丈夫ですか?」

「……体中の感覚が、ミキサーにかけられたみたいにぐちゃぐちゃだ。でも、生きてる。……ってことで、いいんだよな」


コテツは、自分が言葉を発せているかどうかすら不安になる。薄暗がりでチハヤが頷くのが見え、ほっとした。その後、想像以上の距離の近さにぎょっとし、飛びのこうとして頭をぶつけた。


「……ちょっと。あまりスペースはないので、急に動かないでください」


痺れる頭で、コテツは先ほどの記憶を思い出す。頭上の岩石に潰される直前、チハヤが刀で素早く地面を切り裂き、2人が地中に隠れる空間を作り出したのだ。横の動きで躱せないなら、縦に逃げればいい。けれどあの局面で即座に実行できるのは至難の業だ。


「まったく。ヤツの攻撃が大雑把なので、目測を誤らないかひやりとしました。自分で自分の墓穴を作ることになったら、笑えない」

「すまない。俺を守るために、危険な立ち回りをさせてしまって」

「……それは、こちらの台詞です。まあ、心中というのは言葉の綾で。私はここで死ぬつもりも、貴方を死なせるつもりもありませんから」


とはいえ、とチハヤは顎に手をやった。


「不幸中の幸い、策の準備ができる状況になりましたが。奇襲、接近戦、囮作戦。いずれも失敗に終わってしまった。次はどう打って出るべきか……」


事前に準備していた作戦は尽きた。ゴズの魔術や行動の情報を引き出し、ダメージも与えられたが、決定打には至らなかった。むしろ、コテツを無視してチハヤに集中するという、効果的な策を与えてしまってすらいた。


コテツも頭を回しながら、無意識に親指で刀の鍔を持ち上げた。鞘から数センチだけ、霜月の青白い刀身が姿を表す。岩陰から差し込む微かな明かりを反射して、薄く濡れた光を放った。それをぼんやり見つめながら、ふとコテツには1つの策が閃く。


「……ひとつ、思いついた作戦がある。俺の刀では、ゴズを殺せない。ヤツもそう思っているからこそ、通用するかもしれない策だ」


◇◆◇◆◇◆◇◆


「……あら?」


半刻ほど経った頃。視界の端が滲んだ気がして、ゴズは目を擦った。多少の血は流したが、意識がくらむほどのダメージではない。2人が下敷きになったはずの瓦礫の山を振り返ると、ピントがずれたかのようにぼやけて見える。気づくとわずかに、辺りの気温が下がっていた。この現象の原因は、やはり自身の異変ではないとゴズは確信する。しかし、それはそれとして不愉快だった。


(……百歩譲って、生き残ったのはいいとしましょう。舐めてるのは、まだアタシに立ち向かおうとしてること。やっぱアタシの手で直々に、心も体もぐちゃぐちゃにしなきゃダメなのね)


視界を妨げるものの正体は、とフロアを埋め尽くす白い霧は、コテツのハザマ刀「霜月」の冷気によって発生したもの。そこは、ゴズもすぐに思い当たった。


(じゃあ、この霧自体は無視していいわ。ボーヤがどんな小細工をしようとも、アタシを倒す力はない。……警戒すべきは、小娘の方。あっちの攻撃がもし急所に直撃すれば、万が一もあり得る)


そう考えていた矢先、霧を裂く風の刃がゴズに襲い掛かった。


「……はあ。馬鹿の一つ覚えってやつね」


ゴズはため息をつくと、大地を割って現れた岩壁が、風の刃を容易く阻んだ。


そして数秒後、別の出どころから風の刃が放たれる。しかしそれも、余裕で防御が間に合った。続けざまに、居場所を悟られないようさまざまな場所、角度から、風の刃が飛んでくる。しかし、皮肉にも立ち込める霧のおかげで、刃の軌道が見えやすくなっていた。


「どんな策があるのかと思えば、霧に紛れてコソコソ攻撃?見苦しく足掻く虫ケラの真似としては、100点満点だけど!」


大きな声でゴズは挑発するが、風の刃の攻撃は止まらない。長期戦狙いか、とゴズの頭によぎったが、刃の威力は明らかに弱まってきている。もはやそれを防ぐのは、羽虫を払うのも同然だ。


(確実に、先に力尽きるのは向こうの方。……何か、別に策がある?)


ゴズが疑問を覚えたところで、ぴたりと攻撃が止んだ。今や雲の中にいるかのように、白く濃く立ち込めた霧。その霧を隔ててもわかるほどの、魔力の揺らぎを感じた。ゴズは歴戦の経験から、決着はすぐそこだと悟る。


◇◆◇◆◇◆◇◆


そして始まった、最後の攻防。


その幕明けとなった風の刃は、拍子抜けするほど弱々しい一太刀だった。最初のチハヤの奇襲と比べれば、そよ風にも等しい攻撃。そのあからさまさが、かえってゴズの警戒心を高める。


(即座に場所を変えて、別の角度から本命が来る?)


ゴズは一瞥だけして、すぐに周囲に視線を切り替えた。その刃は、ゴズの足元から立ち上がった岩壁に容易く防がれる。


その数秒後、ゴズの予想通り、本命の一撃が放たれた。囮の攻撃とまったく同じ方向から、重ねるような形での一太刀。1度攻撃を防いだこと、自ら作り出した岩の壁で視界が阻まれていたことから、ゴズの反応が一瞬遅れた。


凶暴な風の刃は、先ほどゴズが気もそぞろに作り出した岩壁を、紙切れ同然に引き裂いた。そして勢いは全く衰えぬまま、風の刃は猛然とゴズに斬りかかる。ここまで迫られては、もう岩の防御壁も間に合わない。


「……ま、この程度よね」


しかしゴズは、超スピードで棍棒を振り下ろした。地形変動の魔術「迷宮の主」の発動速度は、コンマ0秒の領域。しかしゴズ自身の反応速度は、それをはるかに上回っている。巨大な風の刃は、その一振りに跡形もなく消滅した。


(……万策尽きた、ってとこかしら)


そう思った刹那。ゴズの背後に1つの影が現れた。



慌てて振り返ったゴズは、視界の端に青白い光を捉えた。その瞬間、ゴズは安堵を浮かべる。その光の正体に、心当たりがあったからだ。それは、コテツが振るっていたハザマ刀「霜月」。


(焦っちゃって、ダサいわ、アタシ。小娘の方は、風の刃を放ったばかり。直後にここまで接近できるのは、ボーヤの方。……そっちを陽動に使うのは驚いたけど、驚いただけ。ボーヤじゃあ、天地がひっくり返ってもアタシは殺せ――)


思考の途中、いきなりゴズの目に天井が映った。えっ、と間抜けな呟きが脳内に響く。それから、目に映る映像はゆっくりと回転し、最後に地面を映したあと、暗転。顔面に鈍い痛みが走った。


(は……?な、なにごと?)


ゴズは辺りを見回そうとするが、首がまったく動かない。仕方ないので、顔全ての筋肉を駆使し、必死の思いで上方の視界を確保した。そこには1つの影が、悠然とゴズを見下ろしている。


(!?……なんで……アンタが……)


そこに立っていたのは、チハヤだった。そしてその手に握るのは、「霜月」。コテツが持っているはずの、ハザマ刀。


(その刀は、あのボーヤのものでしょう!?なんでアナタが持って……いや、そもそもさっきの風の刃は――)


必死で口を動かすが、自分の声が聞こえない。代わりに、生暖かい鉄の味が口から溢れてくる。その正体がわかったとき、ようやくゴズは自らの状況を理解した。回転した世界。迫り来る地面。言うことを効かない体。ゴズは、チハヤに首を刎ねられたのだ。


ゴズの理性がそれを認めた瞬間、怒りと屈辱で本能が燃え上がった。思いつく限りの呪いの言葉を、チハヤにぶつけようとする。しかしその声は決して届くことはなく、ごぼごぼと血のあぶくとなるだけ。チハヤは、もはや憐れみすら込めた眼差しで見下ろした。


「うまくいったみたいだな、チハヤさん」


駆け寄ってきたコテツが背負うのは、自らの背丈を超えるほどの大剣――断風。本来、チハヤが持っていたはずの一振り。ゴズの頭は、ますます混乱する。チハヤはゴズを見下ろしたまま、冷ややかな声で言った。


「敗因を考えられるほど、今の貴方に余裕はなさそうですので。冥土の土産に教えてあげましょう。……貴方を終わらせた、虫ケラの策を」


◇◆◇◆◇◆◇◆


時は半刻ほど遡って。コテツは思いついた新たな策を、チハヤに切り出した。


「正直、チハヤさんの断風の攻撃パターンは見切られていて、ヤツを倒すのは現実的じゃない。断風を囮に、霜月の方で仕留めよう」

「……私の攻撃が適応されているのは、認めます。しかしその策の方が、現実的ではないでしょう。貴方が、ヤツにとどめを刺すなんて」

「いや。とどめを刺すのは、変わらずチハヤさんだ。……チハヤさんが、こいつを使うんだよ」


そう言ってコテツは、チハヤに霜月を差し出した。何の冗談だ、と思ったチハヤだが、しばらく考えたのち、もしかして、と断風の柄をコテツの方へと傾ける。コテツは小さく頷き、その柄を力強く握った。それが意味するものはーー。


「……すなわち、貴方の策は。貴方が私の刀を使って、ヤツの注意を引きつける。そして私が貴方の刀を使って、その隙を突き仕留める。そういう、ことですか?」

「そう。俺の力ではヤツを殺せない。……ただその理由は俺の力量不足で、刀が理由じゃないはずだ。あなたが霜月の主になれば、その刃もヤツの命に届く」


チハヤも、コテツが差し出した霜月を握る。素肌に新鮮な氷が触れるように、ぴったりとその掌に吸い付いた。かすかに感じる冷気が心地よく、次第にに頭が冴えてくる気分になる。


「反対に、俺が断風の風の刃で攻撃すれば。ゴズはその先にチハヤさんがいると思い込む。必然、それ以外の攻撃は警戒されにくくなるはずだ。物理的にも心理的にも、大きな隙が生まれるはず」

「……確かに、また私が断風で正面から突っ込むよりも、勝算はあるのかもしれません。……しかし、初めて握るハザマ刀を使いこなせるとは、到底思えないのですが」

「それは、問題ないさ。霜月はクセがなくて扱いやすい刀だ。チハヤさんほどの技量なら、一瞬で使いこなせるはず」

「……心配なのは、貴方が断風を扱えるのか、ですよ」


チハヤは呆れた声で言った。その作戦は、チハヤと同様コテツも、今まで扱ったことのない刀を使いこなせる前提だ。それを棚上げしてチハヤの心配をするのは、自信過剰か、舐めているのか、それとも天然か。


「それは……信じてもらう、しかない。自分で断風を造ったことはないけれど、師匠の鍛冶は見たことがあるし。依頼後に改めて勉強もしたから」


そうコテツは宣言しつつ、断風を手に立ち上がろうとした瞬間、「……思ったより重いな」とよろめいたのを、チハヤは見逃さない。はあ、とチハヤはため息をつく。


(……懸念は、依然として残る。しかし、対案も思い浮かびません)


普通の剣士なら到底思い付かない、鍛治師のコテツならでは発想。策の全容を把握したチハヤでさえ、半信半疑の心持ちだ。ならば、ゴズの意表を突ける確率も高いだろう。


それに、遅かれ早かれ自分は、この男の眼に、技に、刀に、未来を託すことになる。ならばここで彼に懸けようとも、さして変わりはないのかも。そう、チハヤは思った。


「……わかりました。その策でいきましょう。……仮にも、私の姿を騙るわけですから。それなりの立ち回りは期待させてもらいますよ?」

「……それなりの、程度による。……かも」


一転、自信なさげな口ぶりのコテツが、みょうにおかしく思えた。コテツとは違い、チハヤは軽やかに立ち上がる。腰に下げた霜月は、最初からそこが自分の居場所だったと言わんばかりに、ぴたりと彼女に馴染んでいた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「……俺の風の刃は、お前の注意を引くのが目的じゃない。岩壁で防御させて、チハヤさんが近づける物陰を作り出すのが本命だった」

「綺麗に、私たちの策に踊ってくれましたね。……芸術家としてはイマイチですが、役者の才能はあったかもしれませんね。見下していた相手に無様に敗れる、哀れな道化の役ですが」


チハヤからの最期の言葉に、ゴズは残りわずかな血液が一滴残らず沸騰するような感覚を覚えた。その勢いでチハヤの喉元に噛み付こうとするが、実際には最早1ミリも身動きできない。


(クソ……ありえない……この……アタシが……こんな虫ケラに……)


夢への未練と敗北の屈辱に溺れ、醜く足掻きながら、やがてゴズはこの世を去った。


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