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ハザマの刀鍛冶師  作者: 掛井泊
第2章
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第12話 雪辱・迷宮・パートナー(7)

(これが魔人の、天然モノの魔術のパワーか)


コテツは、ゴズが風の刃を防ぐために作り出した岩壁を思い出す。コテツが黒曜竜との戦いで用いたハザマ刀「山臥」にも、地形を変える魔術が刻まれていた。しかし、クオリティも速度も桁違い。ゴズの魔術には、目に見える予備動作がない。脳内にイメージを描くだけで、チハヤの風舞太刀を防ぎ切るほどの岩壁を作り出したのだ。


(……けれど、それを人間が超えるために、ハザマ刀がある。俺たち鍛冶屋が在るんだ)


奇襲は失敗したが、まだ次の矢はある。コテツは鞘から刃を抜き、静かに地面へと突き立てた。それを隠すように一歩チハヤが前に出る。


「あら、その隊服。もしかして女の方は、ウォーバニアの王国剣士団かしら? 人間界最強と名高い王剣団が討伐しにくるなんて。アタシの強さって罪ねえ。……いや、美しさが罪なのかしら。それとも、どっちも?」

「確かに、私は確かに王剣団の一人ですが、王剣団は貴方のことなどまったく知りませんよ。私も別件でここに来て、偶然貴方の存在を知ったので。わざわざ王国に戻って、ゾロゾロ討伐隊を連れてくる相手ではない。貴方を知るのは私と、討伐報告を受けた上司数名が席の山です」

「……ふん。考えてみればそうね。アタシの強さと美しさがわかってるなら、こんな小娘と薄汚いガキんちょを寄越すわけないもの」


ゴズは棍棒状の獲物を肩に置き、ため息をついた。長さは2メートル近くありそうで、ところどころ飛び出している鋭利な魔鉱石が、殺傷力を飛躍的に高めていそうだ。


(間合いはほぼ同じ、パワーはあちらが数段上。……速さと技術、あとは戦術で上回るしかない)


「……貴方が、ここに潜伏している目的は?」

「ちょっと。潜伏なんて、ダサい言い方しないでくれる?……アタシはね、理想のお城を造りたいの。アタシの強さと美しさに見合うような、芸術作品を造るの!」


鼻息荒く、唾を吐き散らしながら、ゴズは喋り出す。


「アタシの魔術の名前は、『迷宮の主』。周囲の地形を粘土みたいに、自由自在に造り変える力。その力で、理想の棲家を造るのがアタシの目的。色々な土地を巡って、最近この洞窟に辿り着いたの。ここは静かで、魔素も濃厚で、何より美しい魔鉱石に溢れている。アタシにぴったりの場所じゃない?」

「……いい迷惑ですね。貴方が転がり込んできたせいで、洞窟の秩序は乱れ始めている。貴方だけでなく、棲家を追われた魔獣も、いずれ我々人間の脅威になるでしょう。貴方の目的は、ここで潰させてもらう」

「あら、確かに。追い出した雑魚がどうなろうが知ったこっちゃないと思ってたけど。そいつらが人間を殺してくれるなら、一石二鳥じゃない!……アタシ、弱くて醜い生き物ほど殺したくなる反面、アタシの手では殺したくないと思っちゃうのよねえ。穢らわしいモノには触れたくない、っていうか。そんな矛盾するオトメ心に悩んでいたんだけど、万事解決ね!」


外道が、とチハヤは吐き捨てるように呟くと、ゴズはなぜか嬉しそうに笑う。


「まあ貴方はギリギリ、アタシ直々に殺してあげてもいいラインかな。でもアタシのディナーになるには、ちょっと格が足りないわ。だからぐちゃぐちゃのミンチにして、獣のエサにしてあげる」

「……不愉快ですが、貴方の言葉に同意します。穢らわしいものには、可能な限り触りたくない。さっさと首を刎ねて、終わりにしましょう。ご自慢の城が立つはずの場所が、墓標になるのは皮肉ですが」


チハヤは鋭い眼光とともに、大剣の鋒をゴズに向ける。反対にゴズは特に構えず、にやけた顔つきで棍棒を弄んでいた。一転、両者の間合いを静寂が支配する。だが数秒後、殺気に満ちた沈黙を破ったのは、コテツの一声だった。


「チハヤさん!『準備』は終わった!」

「!」


その瞬間、チハヤは縮んだバネが一気に跳躍するように、猛烈な勢いでゴズに飛びかかった。チハヤを迎え撃つべく、一歩踏み出そうとしたゴズ。そこで初めて、ゴズの余裕綽々の表情が崩れた。


(氷!いつの間に…?)


足元から現れた薄い氷が、ゴズのくるぶしを覆っている。ゴズの怪力を持ってすれば、氷を引き剥がすのは一瞬だ。しかしその一瞬で、チハヤの刃はゴズの懐まで達している。二つの影が交差し、鮮血が宙に舞う。


「……こんの、小娘ェ!」

「……ちっ。浅いですね」


チハヤは宣言通り、首を切断するつもりで剣を振るった。しかし想定以上の反応と頑丈さで、大したダメージになっていない。ゴズは思い切り棍棒を振り下ろし反撃する。チハヤはひらりとそれをかわした。再度棍棒を振るおうとするゴズだが、再びその動きが止まる。今度は棍棒が、氷によって地面に張り付いていた。その隙をついて、またチハヤが一太刀を食らわせる。


◇◆◇◆◇◆◇◆


チハヤとゴズの戦いから少し離れた地点で、コテツはめまぐるしい戦況に目を凝らす。片膝をつき、「霜月」の刃を地面に突き立てた体勢。準備とは、2人の戦闘地点に魔力を張り巡らせ、自在に凍結を起こせる準備だった。


(ヤツと違い、俺に広範囲の地形を瞬時に変えられる力はない。ただ、限られた範囲に前もって魔力を仕込み、魔術の発動に集中力を割けば、それなりのスピードは出せる)


時にゴズの足元や棍棒を氷漬けにしたり、時に氷柱でチハヤの隠れ蓑を作ったり。ゴズの攻撃がチハヤの体を掠める度、コテツの心臓は大きく跳ねる。それを必死に落ち着かせて、凍結ポイントを冷静に見極める。


「うっとおしい……一気にすり潰すッッ!!!」


積み重なるダメージと、チハヤを捉えきれないストレスから、ゴズのボルテージも上がっていく。絶叫と共に、地面を食い破るように岩石の触手が現れた。まるで生き物のようにのたうち回る触手が、一斉にチハヤに襲い掛かる。そんな芸当もできるのか、と戦慄するコテツ。しかしチハヤは微塵も動揺を見せず、ゴズから視線を外さない。その姿に、コテツも冷静さを取り戻す。


(いくら形を変えても、霜月の凍結対象であることに変わりはない!)


凍結魔術を発動させると、岩石の触手の隙間から、無数の氷が突き出てきた。それを確認したコテツは、即座に魔術を解除する。元々、空気や水の通り道だった岩の隙間。魔術でそれが氷に変われば、体積の増加により隙間は急激に広がる。その後魔術を解除すれば、継ぎ目の氷が失われ、岩の触手は一気に脆くなるわけだ。


「……なるほど。お部屋のゴミ掃除も、順番が大事っていうものね」


自らの重さで崩壊した岩の触手を見ながら、ゴズはぼそりと呟いた。その呟きを捉える前に、ゴズはコテツの眼前に現れる。コテツはすぐ地面から霜月を引き抜き、攻撃に備えた。ちょこまか邪魔する方を先に潰す、とゴズが判断することは、事前に予想はできていた。


(見るべきは、棍棒でも、腕でもない。……肩だ)


ゴズの肩の筋肉の微妙な動きが、それと連動する腕、そして棍棒が攻撃する場所を、コンマ数秒前に教えてくれる。コテツはチハヤのように、反射と身のこなしで攻撃をかわすことはできない。だがその観察眼を活かして、ゴズの攻撃を必死に凌いだ。


(なるほど……コイツ本体は「ザコ」ね。天地がひっくり返っても、アタシの命には届かない)


防戦一方のコテツに、ゴズはコテツの力量を見切った。ゆえに踏み込みは深くなるが、コテツも寸前のところでかわす。結局苛つきが溜まっていくゴズは、いきなり棍棒の攻撃を止めた。そして、とハエを払うような仕草で手を軽く払う。そんな何気ない所作によって、巨大な岩の柱が生み出され、コテツを足元から突き上げた。


「があっ……」


岩の柱がコテツの鳩尾を直撃し、その体は高々と吹き飛ばされた。宙に舞うコテツは、意識が飛ぶのを堪えながら地面を見下ろす。それさえも、コテツの予想の範疇にあった。視線の先にいるのは、ゴズではない。ゴズの意識の外で、魔力を研ぎ澄ませていた彼女。


(重要なのは、俺とターゲットの立ち位置に高低差をつくること、だ)


コテツは、心の中で復讐する。チハヤの力強い叫びと共に、巨大な風の刃がゴズに襲い掛かる。


『風舞太刀』(カマイタチ)!!」


初撃の一太刀より、何倍も接近した状態で放たれた風の刃。巻き起こる爆風に、コテツは空中にいながら更に吹っ飛ばされる。上下前後を見失ったので、いつ来るかわからない落下の衝撃に目を瞑るのみ。


(……)


しかし、いつまでもその時はやってこない。こわごわ目を開けると、そこには心配そうに自分を見下ろすチハヤの顔があった。地面にぶつかる前に、チハヤが駆けつけてキャッチしてくれたらしい。コテツは反射的にチハヤの腕の中から飛び退く。


「……あ、ありがとう。助かった」

「……まったく、無茶しすぎです。ワーウルフとの戦いと同様に、氷の柱を作って風の刃から逃れる。事前の作戦では、その手筈でしたよね?」

「いや、ヤツの攻撃をかわしながら、そんな余裕はなかった。実際に戦ったら、それに気付いたというか」

「最初から、そのつもりだったのでは?言ったら私に止められるから、黙っていたのではなく?」

「……それは、その」


詰め寄るチハヤに、コテツはじりじり後退りする。忘れていた鳩尾の痛みが襲ってきて、思わず顔を顰めた。チハヤも心配すべきか説教すべきか、微妙な表情を浮かべている。


「……ちょっとお。アタシをほっといて、イチャイチャしないでくれる?」

「!!」


2人は即座に声のした方向を振り返った。土煙をかき分けながら、のそのそとした歩みでゴズが姿を現す。袈裟斬りのように、肩から斜めに大きな刀傷がついていた。しかし、堪えている様子はあまりない。


「よかったわあ。一瞬の判断で、体の正面で受けられたから。背中の傷は見えにくいから、スキンケアが面倒なのよねえ」


ゴズは近くの魔鉱石を鏡に、自分の体をチェックする。コテツとチハヤは、同時に舌打ちをした。


「……さて。あなたたちのコンビネーション、正直ちょっと侮ってたかも。……でも、所詮は正面から魔族と戦えない、弱者の悪あがき。それを今から、たっぷり教えてアゲル!」


言うや否や、ゴズは猛然と突っ込んできた。振り下ろした棍棒の標的は、チハヤ。チハヤは刀でその一撃を受け止めたが、衝撃に足元の地盤が沈んだ。チハヤはコテツに目線を送り、コテツは頷いてその場から離れた。先ほどと同様に、凍結魔術でチハヤのサポートに徹するためだ。


コテツは、踏み出したゴズの足を凍り漬けにする。一瞬ゴズの動きは鈍り、その隙にチハヤが懐に飛び込んだ。しかしゴズの視線はチハヤから外れず、崩れた体勢で強引に棍棒を振るう。その攻撃を避けきれず、またチハヤは刀でなんとか防御した。後ずさるチハヤを深追いせず、ゴズは棍棒を振り回しながら、ゆっくりと距離を詰めていった。


(まずいな……)


ゴズの狙いを理解し、コテツは冷や汗をかく。ゴズはコテツの妨害を無視し、チハヤを仕留めることに100%意識を集中したようだ。もとよりコテツの氷魔術は、それ自体がゴズにダメージが通るほどの威力はない。動きを制限したり、意識を分散させたりして、チハヤの攻撃を補助することが目的だ。しかしコテツの力量を見定めたゴズは、放置して問題ない、と判断したようだ。その見解は、他の誰でもないコテツ本人と同じである。


「うふふ。もっと無様に足掻きなさいっ!!」


そして、じわじわなぶるようなゴズの攻め。激しい攻めなら、小さな躓きで大きく体勢を崩せるかもしれない。だが今のゴズにそれは期待できなかった。チハヤもゴズの隙を見つけられず、防戦一方となる。棍棒と大剣がぶつかり、甲高い破裂音が何度も鳴り響く。これが続けば、いずれ押し切られるのはフィジカルで劣るチハヤの方だ。


(俺のサポートで、チハヤさんが正面から戦う作戦は失敗だ。早く次の策に切り替えるしかない。一旦チハヤさんもヤツから距離を置く必要があるが、どうすれば……)


必死で攻撃を捌くチハヤを、傍観することしかできないコテツ。するといきなり、ゴズが膝をついた。コテツは不審に思うが、チハヤはそうは思わない。コテツが何らかの手段で、ゴズの動きを止めたと思い込んだ。それにコテツが気付いた頃には、もう遅い。千載一遇のチャンスだと飛びかかるチハヤ。その瞳が捉えたのは、まさに悪魔のようなゴズの笑みだった。


「ウ・ソ♡」


攻撃の体勢に転じていたチハヤに、ゴズは渾身のカウンターを放った。鈍い音と共に、チハヤは猛烈な勢いで吹っ飛んでいく。


「……チハヤさんっ!」


コテツは叫ぶ前に、既に走り出している。チハヤが岩壁に叩きつけられる前に、自らの体をクッション代わりにねじ込む。衝撃でコテツも数メートル吹き飛んだところで、ようやくその勢いを殺すことできた。


「……さっきの借りを、いきなり返せるとは。チハヤさんと違って、あまりにも不恰好なキャッチだけど」

「……いえ、かなり助かりました。直撃の瞬間に防御を……いや、アレは攻撃の間に、なんとか刀を挟み込んだだけ、ですが。それでもこれ以上吹き飛ばされていたら、相当不味かったです」


コテツが背後を振り返ると、寸前に迫る岩壁から、鍾乳洞のような針が何本も突き出ている。これも、ゴズの魔術によるものだろう。あと一歩飛び出すタイミングが遅れていたら、とコテツは身震いした。


「せっかく、2人まとめて串刺しにできるチャンスと思ってたのに。……まあ、いいわ。さぞお疲れでしょうから、そこで座ったままでいいわよ。せっかくだから、アタシ流の遠距離攻撃も、見せてあげる」


数10メートル離れた先で、ゴズが指をパチンと鳴らす。その眼前に、巨大な岩の柱が立ち上がった。ゴズはその岩の柱を、棍棒を大きく振りかぶって破壊する。直径1メートルほどに砕かれた岩石は宙を舞い、コテツとチハヤの頭上に落ちてきた。呆気に取られ、一歩も動けなかったコテツ。幸運にも、岩石は目と鼻の先を掠めて落ちた。反射的に飛び出していたら、ぺちゃんこだった。


「うふふ。まだまだ終わらないわよおっ!!」


ゴズはだるま落としの要領で、第二波、第三波と岩の雨を降らせた。コテツとチハヤの周辺が、岩石の陰で埋め尽くされていった。どんな強運の持ち主でも、この隙間を掻い潜ることは不可能だろう。


「……チハヤさん、急いで!早くここから逃げ出さないと!」

「……いや。それは無理でしょう。私はともかく、貴方のスピードでは逃げきれない」

「っ……!じゃあせめて、チハヤさんだけでも……」

「それこそ無理な相談です。王剣団が一般人を戦いに巻き込んでおいて、自分だけ助かろうとするなんてありえない」


ふう、とチハヤは妙に落ち着いた様子で、ひとつため息をついた。


「……仕方ありません。私もここで、貴方と心中することにしましょう」

「そんな、馬鹿な――」


コテツの悲痛な叫びも、轟音にかき消される。見上げると、ちょうど2人をすっぽり覆う巨大な岩影があった。コテツはまた一歩も動けず、それは地面に激しい勢いで衝突した。それからも、無慈悲な岩の雨は降り続る。ゲリラ豪雨が子守唄に聞こえるほどの爆音が、洞窟中に響き渡った。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「……虫ケラ2匹の墓にしては、ちょっと上等すぎたかしら。でも、そういうトコも妥協できないのよねえ。芸術肌、ってやつなのかしら」


ゴズが手を止めた時。コテツとチハヤは居たはずの場所は、ピラミッドのようにうず高い岩石の山に変わっていた。

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