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ハザマの刀鍛冶師  作者: 掛井泊
第2章
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第9話 雪辱・迷宮・パートナー(4)

青みがかった刀身には、一点の曇りもない。触れれば指が吸い付きそうな、冷えた光を放つ刃。今朝打ちたての一振りの出来栄えは……悪くはない。が、師匠が同じ刀を造ったときの、見るだけで背筋が凍るような妖しい輝きを思い出すと、到底及ばないとため息が出た。


「失礼します。……もしかして、その刀は」


時計の針が正午を指した瞬間、扉のベルが鳴る。チハヤが再び、鍛冶屋くろがねを訪れた。コテツはすぐに刀を鞘に収め、チハヤの方へ向き直る。


「いらっしゃい」

「……どうも。もしかして、その刀は」

「ああ。この刀はチハヤさんの刀とは関係ないよ。これは、俺が使う用だから」

「なるほど、そうですよね。まさかそんな細身の刀で、緋火竜に挑めと言うのかと」


来店早々、眉を顰めたチハヤから険が取れる。しかしまた、眉間に皺を寄せ、


「……あなたが、使う?造る、ではなく?」

「……え?ああ、そうだが」


コテツは問いの意味が掴めず、あやふやに答えた。チハヤはいまいち腑に落ちない様子だが、コテツは一つ咳払いをし、本題に入る。


「来てもらってすぐ、次の話をしてしまって申し訳ないんだが。直近で半日ほど、予定が空いている日はないか?」

「……予定の内容に、よりますが」


自らの右手を軽く振り、怪訝な眼差しのままチハヤは返した。うっ、とコテツは声にならない声を漏らす。早く信頼を取り戻さねば、と冷や汗をかきつつ、答える。


「とあるダンジョンの調査に、付き合って欲しいんだ」


◇◆◇◆◇◆◇◆


ウォーバニア王国から南西に30キロ離れた、ホーデン鉱山。その麓にある洞窟に、コテツとチハヤは踏み入っていた。洞窟内部は魔素に満ち、さまざまな鉱石が淡い光を放っている。その光が地下水脈に反射し、常に不気味な明るさが保たれていた。


「……言い出した俺が、言うことじゃないかもしれないが。まさか、即日向かうことになるとは」

「私の刀造りに必要なことなのであれば、早いに越したことはありません。……というか、本当についてくるのですね。魔鉱石なのか、魔獣の一部なのか。何がお望みかを教えてもらえれば、私1人で済ませましたのに」


だから教えなかったんだ、とコテツは内心で呟く。この洞窟は良質な魔鉱石が採掘できると同時に、さまざまな魔獣の棲家でもある。コテツも何度か、素材採集のため訪れたことがあった。


「以前、この洞窟に関する調査記録を見ましたが。この程度のダンジョンであれば、リハビリにちょうどいい。……ただ、貴方を守りながら、というのは少し面倒だ。くれぐれも、余計な真似はしないように」


ぴしゃり、とチハヤは言い放つ。洞窟内には手強い魔獣も多く、コテツも過去かなり手こずった。それを一切の驕りなく、「この程度」と言えるのは、さすが王国剣士団の一員だ。コテツは、腰に下げた刀に目をやる。先ほど出来栄えを見定めていた、今朝打ちたてのハザマ刀。今回のダンジョン攻略のため新調した一振りである。


「……いや、自分の身くらい、自分で守る。だからチハヤさんは俺のことは気にせず、自由に戦ってくれ。足手まといには、ならない」

「そうですか。では行きましょう。」


チハヤはコテツを一瞥もせず歩き始めた。大剣を背負っていることを感じさせない、チハヤのぶれのない体幹と確かな足取り。握手ひとつ、歩き方ひとつでも、彼女の実力の高さは伺い知れる。


(でも、それだけでチハヤさんという剣士のすべてがわかっただなんて、驕りがすぎる)


わかった気にならない。思い込まない。それが、ミウの仕事で得た教訓だった。だからコテツは、チハヤの戦いぶりを自らの目で見定めるべく、チハヤと共にダンジョン調査に臨んだのだ。真正面から頼めば、危険だと断られるかもしれない。そのため素材集めという、コテツが同行する理由をつけた。


(……ただ、最深部にいる『アイツ』には、絶対に出会うわけにはいかない。万全なチハヤさんでも、どうなるかわからない)


そんなことを思っていると、いつの間にチハヤはかなり先を歩いている。随分小さくなった背中の大剣を、コテツは慌てて追いかけた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


無言のまま歩き続けて半刻ほど。突然、チハヤが立ち止まる。それが意味するものを察し、コテツの体にも緊張が走。


「前方20メートル。あの大きな岩の裏に、魔獣が5匹……いや、6匹」


チハヤが指し示す岩陰に、コテツはじっと目を凝らす。言われてみれば、何らかの影がちらついているようにも見えた。


「……ここまで潜んでいた魔獣とは異なり、隠そうとしているのは気配ではなく、敵意。交戦は必至ですね」


チハヤは魔獣の頭数どころか、戦意の有無までも悟ったようだ。ここまでの道中、コテツは何度も魔獣の息遣いを感じた。どうやら以前より、浅い地点に住む魔獣が増えているらしい。しかし、ここまで一度も戦闘が起こらなかったのは、魔獣たちがチハヤを恐れているからだろう。もしコテツ1人の道のりなら、10回は戦いを仕掛けられていたはずだ。


「向こうに戦う意志があるってことは、それなりの勝算を持ってる、ってことか」

「どうでしょうね。血の気が多いだけで、力量の差がわかってないケースもありえます。……まあどちらにせよ、貴方はここで待機、です」


チハヤは言い終わるやいなや、凄まじい速度で駆け出した。


ものの数秒で、チハヤは交戦の間合いに入っている。ワンテンポ遅れて、岩陰から複数の影が飛び出した。甲高い咆哮が洞窟内に響き渡る。


(あれは、ワーウルフ……!)


コテツも魔獣の姿を認めた。狼型の魔獣、ワーウルフ。二足歩行で、武器や魔術を巧みに扱う個体もいる。仲間と連携で狩りを行う、強靭な肉体と高い知能を併せ持つ魔獣だ。本来なら、もっと深い地点で遭遇してもおかしくない。魔獣の強さと、この洞窟の生息地の深さは比例する。


チハヤに一斉に飛びかかる、ワーウルフの群れ。チハヤはぎりぎりまで引きつけたのち、背中からハザマ刀「断風」を引き抜いた。巨大な刀身を、竜巻のような激しさと力強さで二度、三度と振るう。コテツの元まで突風が届き、思わず顔を顰めた。


そして再び視界が開けた時、ワーウルフたちは鮮血と共に地に臥していた。その強靭な爪も、太く鋭い牙も、彼女の肌に掠ることさえないまま、彼らは斬り伏せられたのだった。チハヤは刀の返り血を払いながら、その骸の跡を見下ろす。


「……!」


何かに気づいたチハヤが、再び刀を構えた瞬間。彼女の横を、黒い風が突っ切った。チハヤが仕留めたワーウルフの数は5体。出遅れた残りの1体が、チハヤには敵わないと見て、もう片方の獲物を狙いに来たのだ。チハヤは一瞬、その場で刀に魔力を込める素振りを見せた。しかしすぐに諦め、ワーウルフの後を追うように駆け出す。


「なるほど……」


コテツはチハヤの行動の意図を察すると、素早い所作で鞘から刀を抜いた。青白い刃の鋒を、空に突き出す。刀身に刻まれた術式に魔力が迸ると、コテツの周囲に薄い霧が滲み始めた。


ワーウルフはコテツへの警戒を高め、狙いを定ませまいと左右に激しく蛇行した。だがコテツの狙いは、最初からワーウルフにない。むしろ、多少速度が落ち、猶予ができる方がよかった。


無意識に吐いた息が、少しずつ白に染まってゆく。靴底に、くすぐるような僅かな振動を感じた。そろそろか、とコテツは突き出していた刀を、ゆるやかに下ろした。鋒と地面がぶつかり、カチリ、と金属音のような冷たい音が鳴った。


瞬間、低い地響きと共に、幾つもの氷の塊が大地を破る。コテツの足元から、巨大な霜柱が立ち上ったのだ。


洞窟の天井に届かんとする高さに、ワーウルフは急ブレーキをかける。しかし、その頂上に獲物の姿を見つけると、すぐに獰猛な目つきを取り戻した。氷に爪を突き立て、霜柱を駆け上り出した。


「うっ……ぐっ……」


コテツは刀をとっくにしまい、両手で霜柱に懸命にぶら下がっている。当然、ワーウルフを迎撃できるような体勢ではない。けれど既に、コテツの仕事は終わっていた。あとは情けなくずり落ちないよう、必死で堪えるだけだ。刹那、チハヤの凛とした声が響く。


「『風舞太刀(カマイタチ)』!」


先ほどとは比べ物にならない、凄まじい風圧がコテツを襲った。その後、突如覚えた浮遊感。断風の魔術である巨大な風の刃が、よじ登るワーウルフごと霜柱を切断したのだ。コテツは掴んだ霜柱と一緒に、仲良く地面に落ちていく。受け身を取り損ね、ぐえっと間抜けな声が漏れた。


「大丈夫ですか」


チハヤが駆け寄り、手を差し伸べる。掴んだ右手と鈍く痛む背中にデジャヴを覚え、コテツは冷気とは関係なく鳥肌を立てた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「……助かった。こっちの意図を、正確に汲んでくれて」

「……それは、こちらの台詞です」


風の刃の魔術なら、チハヤはその場から一歩も動くことなく、ワーウルフの残党を始末できた。それを躊躇ったのは、風の刃でコテツを巻き込んでしまうと考えたから。断風について理解を深めていたコテツは、すぐ察しがついた。


(なら、ワーウルフと自分の影が重ならないよう、ポジションに高低差をつければいい。そうすれば、チハヤさんはワーウルフだけに狙いを定められる)


そう考えたコテツは、自らの足元に巨大な霜柱を作り出したのだった。



「それにしても、貴方が氷のハザマ刀の使い手とは。……確かに、水気が多いこの場所とは相性が良い。だから、このダンジョンを選んだのですか?」

「……いや、順序が逆だな。このダンジョンと決めてから、それに合う刀を打ってきた」


コテツが持ち込んだハザマ刀の名は、『霜月(シモツキ)』。刻まれた魔術は、氷魔術の中でも極めて単純な「凍結」。大気や、物質中の水分を凍らせる魔術だ。氷魔術の中には、巨大な氷塊で押し潰したり、氷柱の雨を降らせたりと、出力をより具体化した魔術も存在する。それよりも威力・精度は落ちるぶん、柔軟性と応用力に優れるのが、この刀の強みだ。


「強さを追求する剣士なら、ハザマ刀の系統を絞るべきだ。その方が、練度が上がりやすい。……ただ俺は、剣士ではなく、鍛治師。広く浅くでも、いろんな種類のハザマ刀を扱えた方がいいと思って」

「……それはあくまで、『造れる』という意味で。実践で『使える』という意味ではないと思いますが」

「……そう、なのか」


チハヤは半分呆れ、半分疑いの表情を浮かべた。コテツは、師匠の言葉を思い出す。クロガネは、「刀を握ったことのないやつが、どう刀の良し悪しを判断するってんだ」と、新しい刀ができると喜び勇んで試し切りに向かっていた。


(……今振り返ると師匠は、刀を造っても託す者がいない寂しさを、誤魔化そうとしていたのかもしれないな)


他の鍛冶屋はどうしているのだろう、と思うが、それが聞ける知り合いなど1人もいない。それどころか王国に来て以降、まともな知り合い?はミウとチハヤしかいなかった。その事実に今更気づき、コテツは愕然とする。


「……何はともあれ。『足手まといにはならない』という言葉は、ある程度信じましょう。だとしても、戦闘の矢面には私が立ちます。余計な真似はしない、という指示は継続です」

「……承知した」


コテツは気を取り直し、チハヤの戦いの情報源とも言える、ワーウルフの遺体に目をやった。どの個体も、正確に頸動脈を掻き切られていた。頭ごと風の刃で吹っ飛ばされた、最後の一体を除いては。


「どの魔獣の、どの部分が素材になりうるかわからなかったので。できるだけ外傷なく仕留めました」


その内心を知ってか知らずか、チハヤは事もなげに言う。その機械のような正確さに、コテツは戦慄した。力任せに豪快に叩き斬るより、その方が技術も、パワーだって倍必要なはず。確かに今の彼女にとって、背丈を超えるほどの大剣でも、正しく役不足なのかもしれない。


(でも、もし、そうだとしても。……まだ探せ。まだ考えろ。本当の意味で、チハヤさんに必要な一振りは-ー)


コテツがまた思考の沼に嵌まっている間、またしてもチハヤは先に歩を進めていた。ただしばらくすると振り返り、ワーウルフの骸の上で未だ考え込むコテツを認める。すると怪訝な表情を浮かべつつも、コテツが追いついてくるのを待ったのだった。

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