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ハザマの刀鍛冶師  作者: 掛井泊
序章
1/28

プロローグ

甲高く響く金打ちの音が、夜明けを告げる。


コテツの目覚めは、常にこの音と共にあった。短い黒髪についた小さい寝癖をそのまま、寝室を降りて玄関を飛び出す。冬の朝の澄んだ空気は、吸い込むたび肺がきりりと痛んだ。


鍛冶場の扉を開けると、白髪白眉に白髭の老人が、鋭い眼差しで鋼と向き合っている。老人の名はクロガネ。コテツの鍛治の師匠だ。クロガネは、毎日必ず明朝から鍛治を始める。魔族との戦いで負傷した翌朝も、一人酒で酔い潰れた翌朝も。コテツが起きる頃には、どっぷり自分の世界に入り込んでいた。コテツも追いかけるように、黙々と鋼の選定を始める。


拌斬魔(ハザマ)刀」。魔力を混ぜ込んだ鋼に、魔術の術式が刻まれた刀。ここ半世紀で誕生したその刀は、本来魔族しか使えない魔術を、人類も使用することができる唯一の手段だった。今や、人類にとって対魔族の最大戦力となったハザマ刀。二人は、そんなハザマ刀を造り出す鍛治師だった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


コテツが5歳のとき。故郷が魔族の襲撃に遭い、両親含めた住民全員が命を落とした。彼らが必死の思いで逃がした、コテツを除いて。一山越えた寂れた村に逃げ込んだコテツは、そこで鍛冶に打ち込む謎の老人、クロガネに引き取られることになる。


当初は怒りも悲しみもなく、抜け殻のような日々を送っていたコテツ。見かねたクロガネは半ば無理やり、コテツに鍛治の手伝いをさせた。それが功を奏し、コテツは少しずつ生気を取り戻してゆく。普段は粗雑で不器用なクロガネだが、彼が生み出す刀はとても理知的で、独創的で、美しかった。どちらから言い出すでもなく自然と、コテツも鍛治師になることをめざして、クロガネに弟子入りしていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「お前は、誰かのために刀を造れよ。コテツ」


それが、クロガネの口癖だった。


「刀の善し悪しは、誰かに使われて初めて決まる。剣士の技量や性格、刀を振るう目的。そいつを見極めたうえで、剣士の想像を超えるような一振りを造る。これが、鍛治師の本領ってもんよ」


その言葉を聞くたびに、コテツの頭には疑念が浮かぶ。


(じゃあ、なんで師匠はこんな田舎で、誰のためでもない刀造りを続けているんだよ)


クロガネと共に暮らして、もう何年も経つ。しかしその間、ちゃんとした客が訪ねて来たのを見たことがない。ただその背景には、とても深刻な真実があるような気がして、コテツからは聞くことができなかった。


ただ、コテツが15歳になった年の、冬のある夜。珍しくコテツと同じ食卓で酒を飲み始めたクロガネは、「そろそろ、話してもいいかもしれねえな」と、コテツへ自らの過去を語り出した。


◇◆◇◆◇◆◇◆


半世紀前、世界最初のハザマ刀を造り出したのは、他でもないクロガネだった。


魔族と人間。どちらも魔力を持っているが、魔術を使えるのは魔族だけ。そのため古来から人間は、魔族の糧として狙われ続けた。人間も魔族に抗うべく、さまざまな武器を生み出す。当時のクロガネは、若くして王国抱えの鍛治師であり、日々さまざまな武器を造りだしていた。


ある日、クロガネが打った1本の刀。魔力を秘めた鉱石や、魔族の体の一部を素材とした刃に、魔術の術式を刻んだもの。そこに魔力を流し込むと、人間も擬似的に魔術を使うことがわかったのだ。その刀が、世界最初のハザマ刀。クロガネはハザマ刀を、人類と魔族の戦局を大きく変える武器になると確信していた。


「……だが当時の俺は、王国中からずいぶんと批難されてな。最終的に、王国から追い出されることになった」


曰く、「武器は人類の知恵と技術の結晶。魔族の体を素材に使う、魔族の術を刻みつけるなど、冒涜であり、穢れた行為だ」と。クロガネは、「どんな刀だろうと、より多くの人の命を守れるのなら、それは優れた刀であるはず」と、ハザマ刀の鍛治を続けた。しかし王国からはその信念が理解されることはなく、罪人として追放された。


「……だが、それから数年後。とある剣士がハザマ刀を使い戦果を上げたことをきっかけに、その価値は世界中に認められることになったんだ。……あれは、本当に痛快だったなあ」


その戦いをきっかけに、ハザマ刀とその鍛治技術も、急速に進化・浸透することになった。ハザマ刀は今では、人類最大の希望になっていた。遠くない未来、魔族の頂点「魔王」に届きうる一振りも生まれるのでは、と。しかし、クロガネの存在は風化され、悪名が名誉に変わることもないまま、表向きの歴史からは抹消された。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「王国のヤツらを、まだ恨んでるわけじゃない。今なら、ハザマ刀を受け入れられなかった奴の気持ちもわかる。……事実、危険な代物でもあったしな。今や、ハザマ刀が広く使われて、多くの命が救われているのなら。俺の願いは叶ったようなもんだ」


クロガネがその境地に至るまで、どれほどの葛藤があったのか、コテツは想像することさえできない。


「ただ、それでも。魔王を討つ刀だけは、ワシの手で造ってみたい。それが、鍛治師クロガネの意地で、使命で、夢、だと。そんなことを思いながら、こんな田舎で孤独に鍛治を続けてたわけだ。……でもなあ、コテツ」


叩いた刃を見定めるかのような、真剣な眼差しをコテツに向けながら、クロガネは続ける。


「お前に鍛治を教えるようになって、ワシも師匠に最初に教わった、鍛治師の基本の基本を思い出したんだ。……『刀は、誰かのために造るもの』ってな」


ん、とクロガネはコテツに盃を突き出した。コテツは無言で、盃に酒を注ぐ。


「……俺も今や、立派なジジイ。酒の量も減って、髪も髭も真っ白、クロガネの名前はどこへやら、だ。鍛治の腕も、確実に落ちてきてる。鋼を見る目も、刀の響きを聴く耳も、新たな刀を生み出す感性も、みな衰えてきた」


まだ、お前の遥か高みにいる鍛治師には変わりないがな。そうクロガネは挑発するように言った。しかしコテツは真顔で頷くので、「つまらん」とクロガネは鼻を鳴らす。


「……何より、今のワシには『縁』がない。魔王を討つ刀も、結局は他の刀と同じ。将来、魔王を討つ剣士に出会う。ソイツのために、全身全霊の一振りを打つ。その後、ソイツが魔王を倒して、初めて魔王を討つ刀は完成するんだ。……今更気付いたところで、今更生き方は変えられん。俺の夢は、ここで孤独に朽ちゆくのみよ」


自嘲気味に、乾いた笑い声を立てたクロガネ。コテツはずっと、クロガネの過去と抱えていた想いに何を言えばよいのかわからず、口を噤んでいた。しかし、クロガネのその言葉に対してだけは、明確な答えがあった。コテツはゆっくりと、口を開く。


「……師匠にも、まだ、『縁』はある」

「……ああ?」

「ここに、俺がいるだろ。俺が、鍛治師クロガネの、師匠の夢を継ぐよ。魔王を討つ刀を造って、世界を救った鍛治師になる。師匠の名も、世界に轟かせてみせるさ」


ぽかん、と口を開けたクロガネ。数秒後、クロガネはさらに大きく口を開けて笑い始めた。


「別に、面白いことを言ったつもりはないんだけど」

「くっくっく。今のお前の言葉を忘れるほど、酔いもボケも回ってねえぞ。……どうせ朽ちゆく夢なら、青さだけが取り柄の我が弟子に、押し付けてやるのも一興か」


ようやく笑いが収まったクロガネの目には、うっすらと涙が滲んでいた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「5年だ」


クロガネはコテツにぐいと手のひらを向け、言った。


「これから3年で、俺の鍛治の技術を可能な限りお前に伝える。それから1年で、商売としての鍛冶屋としての基本を叩き込む。最後の1年は、店開きの準備だな」


店のための金はすべて出す、という申し出を、コテツは最初断ろうとした。だが、「俺の夢に、俺が金を出すのは当然だろう。それとも、叶える自信がなくなっちまったか?」と言われては、黙って受け入れるしかない。


「お前が店を開くのは、ウォーバニア王国だ」


クロガネの言葉に、コテツはごくりと喉を鳴らす。ウォーバニア王国は、ハザマ刀発祥の地。クロガネがかつて刀匠として働いていた国だ。すなわち。


「……ウォーバニア王国はかつて、俺を追放した国。それが今や、対魔族の最高戦力と名高い『王国剣士団』を擁するまでになった。鍛冶技術の水準も最高峰。やがて魔王を倒しうる、腕のある剣士に出会う可能性も高いだろう」


師匠と因縁のある国で、刀匠として成り上がる。自然と顔が強張ってしまっていたコテツに、クロガネがぽんと肩を叩いた。


「……俺が言うのも何だが。あまり、俺の夢に囚われすぎるなよ。お前が、いずれ魔王を討つ者に出会ったとして。これがその出会いだと、すぐにわかるはずもない。お前は、目の前の相手のために全力で、最高の一振りを造り続けろ。……それが、お前の刀匠としての成長に、生きがいに繋がるはずだ」



そして、これまでの修行の日々が霞むほどに、厳しく濃密な鍛錬が始まった。心技体すべてを、限界まで研ぎ澄ます毎日が続く。そして、ようやく最後の1年。店開きの準備も大詰め、あとちょうど3ヶ月で約束の1年を迎えようとしたその日。


クロガネは、コテツの前から忽然と姿を消した。

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