元服して
「殿!如何為されましたか?」
私の異変に気付いたのか一人の人物が私の目の前に現れた。私と同じく甲冑に身を纏っている。
……そうか。ここは私の家では無く、私が普段勤務している蝦夷松前城おもてなし武将隊の職場。配達時間の都合で、職場に配達を依頼していたのか……。
(発毛グッズを?)
そうであるならば、私の前髪が無くなっているのも合点がいく。カツラを被っているのであるから。安心した。私も前髪も無事であったのだ。良かった。ここは私の職場であるのだから、蠣崎季広を演じなければならない。
「悪い夢を見ていたようである。」
「驚きましたよ。殿が斯様な声を上げる事等ありませぬから。」
そう。私が演じているのは冷静なキャラ。
「すまぬ。すまぬ。申し訳無かった。」
松前藩おもてなし武将隊は武将2名に姫1名。目の前に居るのが男であるのだから、彼の役目は松前慶広。蠣崎季広の息子に違いない。
「ところで慶広。今日の予定を教えてはくれぬか?」
「慶広?いったい誰の事でありますか?」
「慶広は其方の事であろう?」
「いえ、違いまする。」
「父を誑かすでは無い。」
「いえ、誑かして等おりませぬ。」
ん!?
「其方は慶広では無い?」
「はい。殿。あまりの激務に、お疲れではありませぬか?」
松前おもてなし武将隊で男のメンバーは他には居ない。そう言えば……慶広は、目の前に居る人物程屈強では無い。そうなると私は……。
「私は今、カツラを被っているよな?」
「いえ、殿。全て地毛でありますが……。」
地毛?
「えっ!?私の前髪は?」
「殿が元服されてから何十年経っているのでありますか?あぁ殿。幼少期の頃が夢に出て来たのでありますね。」
元服?
「1つ尋ねても良いか?」
「何なりと。」
「其方はいったい誰なのだ?」
「えっ!私の事。お忘れでありますか?」
「すまぬ。」
「島左近清興に御座います。」
……島左近。
島左近は畿内で活躍した武将。ここ松前に所縁のある人物では無い。故におもてなし武将にはラインナップされていない。
「もう1つ聞いてよいか?」
「はい。」
……私はいったい誰なのだ?
「ん!?殿の名は石田三成に御座います。」
……石田三成?
「殿がお疲れな事。重々承知しています。しかし今は踏ん張り時。斯様な状態では、家臣も困ってしまいますぞ。」
どうやらこの世を去ったのは……前髪だけでは無かったらしい。