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悪魔珈琲店 バリスタ始めました

作者: Rise!

やぁ、初めまして。僕の名前はエンリー。悪魔卿が支配する街「グレート・シティ」に住んでいる誇り高き悪魔市民だ。僕が働いているのは、異国の人によって経営されている素晴らしい場所(ところ)。摩訶不思議な雰囲気に満ちたそこでは、この世界どこでも見たことがないものを取り扱っている──それは何かって? 驚くなよ、その名も「コーヒー」だ! コーヒーだけじゃない、他にもカフェインたっぷりのあんなドリンクやこんなドリンクも提供中さ! よし、自己紹介は一旦終了。もうお分かりだろうが、僕は悪魔卿の街初のコーヒーショップで働く誉れ高き「バリスタ」なんだ!


僕の朝はいつも同じリズムで始まる。夜が明ける前に店に行くんだ。すると、マスターは僕や同僚のためにドアを開けてくれ、「おはよう」と挨拶を交わす。

「新しい一日の始まりね、準備はできてる?」

そう僕に尋ねるマスターに向かい、いつもニコリと笑顔を見せ、こう言うんだ。

「準備万端です!」

午前中一緒に働く仲間は、専門学校を出たばかりの若い女の子で、いつも眠そうにしている。つまり、どう見ても彼女はコーヒーを一番必要としている人ってこと。けれど何を言っても、けだるそうに「大丈夫だから」と言って、コーヒーを口にすることはない。

マスターはそんな彼女の行動に口を挟むことはない。マスターにとっての幸せっていうのは、僕達と一日の始まりを迎えること。マスターはオンリーワンの美しさを持ち、その上グラマラスな女性だ。いつもおしゃれな装いに身を包み、瞳は海のように青く、髪は陽に照らされた砂のようにキレイなキャメル色をしている。まるで人間のように見えるが、僕が聞いたところによると、悪魔の祖先を持つ魔法使いらしい。


首都には、マスターのようなタイプを「忌み嫌われている存在」と考えている者も少なからずいるそうだ。しかし、ここの悪魔卿はマスターをそんなふうに扱うどころか、むしろ喜んで迎え入れ、その上セレブしか持たない特権めいた労働許可証と滞在許可証を与えたという。そのせいか、首都の人たちもあまりやかましく言うことなく彼女を受け入れた。けれど僕が個人的に思っているのは、マスターがグレート・シティに持ち込んだものがあまりにも素晴らしかったせいもあり、首都の人も文句一つ言わないんじゃないかな、ということだ。

僕らが店に来て最初にすることは、店内の清掃だ。ソファや椅子もキレイにする。そして、今日の最初のコーヒーを用意するんだ。僕はマスターが街に持ち込んだかっこいいマシンの前に立つ。このマシンがあるからこそ僕らはお店をやっていける、経営という意味においてもね──そのマシンの名はズバリ、「エスプレッソマシーン」だ!

この優秀なマシンには機能がたくさんついている。お湯を沸かし、遥か彼方の世界からやってきたコーヒー豆を挽き、それらを一緒にする──すると、「ショット」と呼ばれる茶色い液体が生成されるんだ。他にも牛乳を温めるスチーマーもついている。「ショット」を生成するマシンからは芳しい香りが解き放たれ、店中に広がる。淹れたてのコーヒーの香りに間違いないのだけれど、それはもう天国なんじゃないかと思うくらいのうっとりするような香りさ。

どの豆を挽くのか、そしてマシンを正しく操作するっていうのは、バリスタである僕の手にかかっている。コーヒーにも種類はあるし、カフェインのレベルだってあるからね。マスターはこの豆を手に入れるためにとんでもない苦労をしたらしい。だから個人的なミッションとして、豆を無駄にはしない、っていうことも抱えている。僕が良い仕事をしなければマスターが泣く羽目になる──ダメダメ! こんな風にはさせられない!

そんな志を持って、僕は鼻歌を歌いながらマシンを磨いていた。マシンの向こう側にいるお客様側からは、僕達の働いている姿が見える。朝早いのは多少キツイけれど、眠気を吹き飛ばしてくれるのはマスターの美しさに他ならない。お客様は何にも感じることはないんだろうか、マスターとこのお店の存在に。僕に言わせれば、この光り輝くマシンを見るだけで、心震えるようなものがあると思うんだけどね。

エスプレッソマシーンはここで一番の奇跡を起こすようなものであることに変わりはない。けれども、マスターは他にも魔法のようなアイテムをここに持ち込んだ。全自動のコーヒーマシン、これはコーヒーの種類を「登録」し、いわゆる普通のコーヒーを淹れてくれる。マスターが「タッチスクリーン」と呼んでいる、触れて操作できるスクリーンが付いており、そこにボタンが表示されて押すっていうシステムだ。ドリンクを選ぶと、料金を計算してくれ、コーヒーの名前が書かれた紙切れも印刷してくれる。僕はドリンクにそれを貼るってわけ。

この「登録」ってのがお店の中で一番魔法じみたことかもしれない。その「登録」データを盗もうとした奴がいたって聞いたことがあるんだ……僕が一度マスターにそのことを尋ねると、マスターはニコリとしただけで、心配しないで、と言ってくれた……その時の笑顔ったら! これ以上聞くのは無粋だと僕は悟ったよ。


***

さぁ、今日もいつものように朝が始まる。開店してから二時間が一番忙しい時間だ。三人でお店を回すなんて、そりゃあもう大変なんて言葉で片付けられるものではない。けれどもマスターは一糸乱れることなく、顔色を変えずに対応している。慣れたもんなんてものじゃない、経験あってこそのものだろう。

ここで働いてきて学んだことが一つある。それは、人は時として理不尽になるということ。一番忙しい時にそんなお客さんが来てしまったら、もう地獄でしかないよ。対応ひとつ間違ってしまえば、朝のコーヒー待ちにイラついている悪魔たちを20人以上も一気に並ばせてしまうんだ。彼らは一日の始まりにはコーヒーが必須、って人たちだからね……面倒なお客様にはできるだけ時間をかけずに対応することを心がけている。けれど、その面倒なお客ってのは、同時に大事なお客様だったりするから余計厄介なのさ。

「おい、ラージサイズのコーヒー30個注文できないってどういうことだ?!」

お客様のやかましい叫び声が響く。僕の目の前にいるこの男は、権力を持つある家に生まれた若主人だ。

正直な話、そんなに重要なポジションにいる奴には、こんなつましいお店には来て欲しくない。コーヒーの力は絶大で、病みつきになるってのもわかるけど……お客様たちの「こんなワガママなヤツ早くどうにかしろ」という視線が、僕に痛いほど突き刺さってくるんだ。そんな時はコーヒーの力を疎ましく思ってしまう。

「お客様、ドリンクの注文は可能です。ただし注文した数すべてを用意するまでに20分お待ちいただくことになります」

「だけど俺は5分もしたらここを出なきゃいけねぇんだよ」

「しかし、お待ちいただかないと──」

「何ボケたこと抜かしてやがる?! コーヒー淹れるだけだろ!」

僕はどうしたらいいのか弱りきってしまった。

「しかし、ポットに挽いた豆と熱湯を入れなくてはならないし、サイズだって小さくはないので──」

「だったらゴタゴタ言わずにさっさとやれ!」

もう泣きたい気持ちでいっぱいになった。そんな時、マスターが現れた──悪魔が言うのもなんだけど、救世主の登場だ。

「申し訳ありません、お客様。5分ではご注文のお品を用意することはできません。お座りになって20分お待ちください」

「時短の魔法でも使え、あんたは只者(タダモン)じゃねぇんだろ──」

空気が凍りついた。マスターは神妙な顔をした。

「時間を短縮するなんてできません。完璧なコーヒーを淹れるには、時間も必要ですから。ご提供するのは、淹れたばかりの熱々のコーヒーでなければなりませんよね。うちにはポットが三つありますが、それぞれがラージサイズ三杯分の容量です。そしてコーヒーを淹れるには2分30秒かかります。それがこの店のコーヒーなんです。そうでなければコーヒーなんて言えません」

マスターの声が響く。そこにいる誰もが耳をそばだてていた。マスターの凄みを感じたのか、お店の外にいた人たち数名も店内をのぞき込んだ。

しかし、面倒な若主人の怒りは収まらなかった。

そこでマスターは切り札を出した。

「あなた様はマダム・ベアトリクスの御子息様ですわよね?」

若主人は一瞬ひるみ、ゴクリと唾を飲んだ。

「あなた様のお母様が、伝統的な悪魔式ティーパーティについていろいろと教えてくれましたわ」

マスターは確信を得ているかのように、アゴを指先で触れながら続けた。

「ご婦人方に伝統的な悪魔ティーを振る舞えるのは、お母様のおかげなんです……お母様は丁寧な仕事の大切さをご存知の方ですものね……あなた様のこのような振る舞いで、その仕事の大切さが奪われようとしていること、もしもお母様が知ってしまったら……」

若主人は青ざめ、店内からは嘲笑する声が聞こえた。

「あなた様の最大の短所は『せっかち』だと、お母様もおっしゃっていたような……私の記憶によると、お母様は以前そのことであなたを叱責していたのでは?」

「わかった、わかった」

若主人は声を上げた。

「待つよ、待つ。もういいだろ」

僕は安心感からか息をフーッと吐き出した。これでやっとコーヒーを淹れられる。

「エンリー、他のお客様のご対応をしてあげて。おぼっちゃまの注文は私が対応するわ」

「はい、了解です!」


***

慌ただしい時間を過ぎても、お店は回転し続ける。だいたいこのくらいの時間になると、お客様が絶え間なく訪れるようになるんだ。そして、一風変わった注文も入るようになる。


ふわふわの羽に覆われたご婦人がやってきた。このお店にはなんだか不釣り合いなくらいにゴージャスだ。

「チョコレートなしのホットチョコレートを頂戴」

僕の顔は固まった。どうやったってその注文はおかしい。彼女の注文の意味はわかる、けれども、明らかに間違っている。

「何か問題でも?」

彼女は僕の態度を見て、眉間にシワを少し寄せた。そりゃそうだ、目は泳ぎきり、表情もこわばっていたんだもの。

「もう一度ご注文の品を教えていただけますか?」

「チョコレートなしのホットチョコレート」

「えーっと……チョコレートは一切いらないと? ほんの少しも?」

「いらないわ。甘すぎるもの」

「かしこまりました。それではスチームしたミルクを──」

「違うわ、私が頂きたいのはチョコレートなしのホットチョコレート」

呆れた表情をしながら彼女は言った。

「前にもあなたの同僚が『スチームミルク』と印刷したシールをカップに貼って渡してきたのよ。私はスチームミルクを飲めないから捨てるしかなかったわ。あんな思いはもうしたくないの」

僕は間違ってない、間違っているのはお客様の方だ。あれこれ想像し過ぎちゃって変なことになってる、もっとシンプルで行こうぜ──僕の頭の中にはいろんな思いがよぎった。

僕は困った子犬のような目でマスターを見た。すると、こうささやいてくれた。

「賢くね、四角四面はダメよ」

よし、その通りだ。ここであーだこーだ言ってもしょうがない。僕は腹をくくり、お客様にとびきりの笑顔を見せた。

「チョコレートなしのホットチョコレートひとつ!」

お客様から代金を頂き、マシーンの後ろに立った。カップにミルクを注ぎ、温める。これでOKだ。チョコレートなしのホットチョコレートは間違いなく単なるスチームミルクなんだけど。

お客様にドリンクを手渡すと、彼女は早速一口飲んだ。

「完璧ね」

歌いながらお褒めの言葉を伝えてくれた。

そりゃそうだ、「チョコレートなしのホットチョコレート」だもの。

マスターはメニューに載っているものに必要な材料を一つとして欠かしたことがない。メニューはもちろんここにいる誰もが読めるものになっている……はずだよね?


また一人おもしろいお客様がやってきた。気の良さそうなガーゴイルの女性だ。

「キャラメルマキアート、キャラメルなしで」

何かを抜きで注文するのが流行ってるのかな? マスターが言っていた「バズってるやつ」ってこと? そんな注文して何になるっていうんだ? そうは言っても、僕はこのお客様を知っている。本当にやりたいことっていうのは、最後にエスプレッソを足すことだ。そりゃもっともな話だろう。

僕はミルクをスチームし、最後にエスプレッソを足してドリンクを手渡した。僕の笑顔がいつも以上だったのかな、お客様は僕にチップまで渡してくれたんだ! いやいや、そういうの目当ての営業用スマイルじゃない。気心の知れたお客様だから、いつも以上の笑顔になってしまうんだよ。


その日もパタパタと忙しく過ぎていった。これまたおもしろいお客様の登場だ、首なしライダーの女性さ。いつも彼女に言われるのは、首は見ないでね、手に抱えた顔を見て話してちょうだい、ってことだ。顔はだいたい腰あたりの位置に抱えられていることが多い。

「スモールカップにミディアムコーヒーいただける?」

こりゃまずい。その注文じゃ二パターン考えられてしまう。落ち着いて注文をもう一度聞かないと。

「お客様、当店のクラシックローストであるミディアムローストコーヒーを、ということでしょうか? それか、ミディアムサイズのコーヒーを、ということでしょうか?」

僕は、「サイズは止めてくれ、ローストの種類であってくれ」、と内心ビクビクしながら尋ねた。

「サイズよ」

僕は一瞬凍りつき、お客様の顔を見つめた。

「つまり……ミディアムサイズのコーヒーを……スモールカップで、ということでしょうか?」

「そうよ!」

うららかに答えるお客様の顔はまるで灼熱の太陽のように痛い。

僕はコーヒーポットを指さした。

「確認なんですが、こちらのコーヒーですよね? エスプレッソではない……ですよね?」

僕はできる店員だからね、ミディアムサイズのスペシャルドリンクは、エスプレッソが2ショット入っていることが多いってことも知っているのさ。もしもこちらのお客様がメニューを誤解していたら、スモールカップにエスプレッソを2ショット、そしてあとはお湯を追加して、と言っていることになる。つまり、エスプレッソにお湯を加えたもの、マスターが「アメリカーノ」と呼んでいるやつを注文していることになる。

お客様は首を持っている手を動かし、「間違いない」と言うようにうなずいて見せた。僕の顔はひきつった……エスプレッソじゃない、コーヒーだよ……スモールカップにミディアムサイズのコーヒーだよ……。コーヒーポットで淹れたミディアムサイズのコーヒーを……スモールカップに入れるんだよ……。

こんな注文は無茶すぎる。お客様に説明しなければ。僕ならできる。

「すみません、お客様……」

何がおかしいのかお客様に説明を始めると、お客様は怒りもせず、終始笑顔でうなずきながら話を聞いていた。

「話はわかったわ。じゃあその『アメリカーノ』をいただこうと思うんだけど、いつもよりも濃いものでお願いしたいの。そして、もちろんスモールカップでね!」

僕らはお互いに笑顔を見せた。マスターをチラリと見ると、「それで大丈夫よ」と言うようにうなずいてくれた。僕だけに向けてくれたマスターの笑顔……今まで生きてきた中で最高の一日だったかもしれない。


他のお客様がやってきた。よくいるごくごく普通の悪魔の女性だ。頭には髪の間から突き出した角を持ち、腰には小さな羽が生えている。コーヒーが欲しくてたまらない、そんな顔をしていた。

「こんにちは。えーっと……」

そう言うとお財布の中をひっかき回し始めた。

「ちょっと待ってね。何を買うか、リストをここに入れたはずなのよ」

僕は「承知していますよ」といったような顔を作り、コクリとうなずいた。コーヒー好きだけどダメなやつは、コーヒーに対してちっとも知識なんか持ってない人を買いに来させることがある。自分の足で買いに来なきゃいけないよ、まったく。

「あったわ、ここよ、ホラ……まずは冷たい緑茶にレモネードを混ぜたやつ、でも甘ったるいのはダメ。あと、バラのエッセンスを入れた緑茶よ。フォームした冷たいミルクも乗せてね。こっちはホットで」

僕は頭を傾けた。

「二番目の注文はそれで間違いないですか?」

「ええ、レモネードを入れたフルーツティーに、フォームミルクが乗ったローズティーよ。どっちもミディアムでお願い」

「ちょっとちょっと、待ってください。注文が変わってますよ」

「え? あらヤダ、ごめんなさいね」

そう言うとお客様は不意にお財布をカウンターの上に落とした。

「もうイヤね。ごめんなさい、今日はなんだか困った日ね」

僕はニコリと笑顔を見せた。初めてのお客様にとっては、こんな新しいお店に来るだけでも大した勇気だ。そこで何をするかなんて未知でしかないだろう。こちらの勇敢なお客様には、お手伝いが必要だ。僕はメニューを広げてお客様に見せた。

「じゃあまずは注文を確認し合いましょう。お客様が注文したものを言うので、確認いただけますか? もしかしたらどんなドリンクだったかは見たことがあると思うので」

曇り空だったお客様の顔から笑顔が溢れた。安堵感に包まれた泣きそうな顔でもあったけど。

「ええ、ぜひお願いするわ。どんなものかも見当つかなくって」

僕は喜んでお客様のお手伝いをした。こちらのようなお客様は、大切にされるべき人たちだ。時に邪険に扱う人もいるけどね。そしてコーヒーがお客様の一日を明るくしてくれるって言うなら──仮にお客様は飲まなくても──僕は喜んで誇りを持ってお客様をサポートするよ。


***

様々なお客様をお迎えた後にやってくるのは学校帰りの子供達だ。彼らの行動はおもしろい、なぜってドリンクを一つも購入しないからね。だいたい無料の水をもらいに来ては、ソファに座ったりテーブルについておしゃべりを始める。

マスターはこれを良しとしている。お店が、お客様がリラックスできる安全な場所だと認識してもらっていることを快く感じているんだ。まぁ、マスターがそうやってどんなお客様でも尊重するように、子供達もお店に敬意みたいなものを表してくれたらいいんだけど……

いやいや、僕は子供達みんながそうだなんて言ってないからね。数名失礼な態度を取る子がいるってだけさ。

ありがたいことに、午後働きにやってくる同僚は年上の悪魔で、彼女の声はいわゆる「口うるさいお母さん」みたいな声をしている。

「ほらほら、足をテーブルに乗せちゃダメでしょ」

彼女の声が響く。

「おや? 今日あんたのお母さんに会ったよ。今度会った時には、あんたがトイレで紙を燃やして遊んでたって言っとくからね」

脅しまでおまけで付いてきちゃうのさ。

彼女と働いているとなんだか心地が良い。マスターと一緒にいてももちろんそうだ。マスターがいてこそ、ここのすべてが成り立っているんだから。

とは言え、悪態以外のことなら、子供達の行動は見ていて愉快そのものだ。

例を挙げてみよう。閉店一時間前に女の子二人組が入ってくる。席に着くなり、そこにいた三人組の男の子たちをずっと見ている。しかし男の子たちはその視線に気づく様子もない。漫画や何かの話について夢中になっているからね。時々思うのは、男の子たちはマスターにも興味があるんじゃないかってこと。マスターの話をしているのを耳にするのはしょっちゅうだからね。

ともかく、女の子たちは男の子たちに釘付けなんだ。男の子たちが店を去ると、女の子たちはドアのところまで行って彼らを見ている。僕らみんなが見ていることに気づいてないのかな? マスターと同僚は君たちについておもしろおかしい話をしているのを僕は知ってるんだぞ。

ん、僕はどう思ってるのかって? きっと宿題が簡単すぎて時間を持て余し、あんなアホくさいことしているんだよ。

僕が女の子たちを見ていると、マスターが近づいてきてクスリと笑った。

「青春してるわよね。かわいいわ」

「え? 僕は……うん、ですね」

「あら……誰かを好きになったことはない?」

目を丸くした僕はヤカンのように熱くなり、マスターを直視したままで固まってしまった。緊張という緊張が汗になって出てくるみたいだ。マスターにもバレているんだろうか?

「え、えーと、その、わかりません、かな?」

そんなこと聞かれると思ってもいなかったので、必死で答えを振り絞った。

「まぁ、きっと恋愛する時間もないくらい忙しいのね……誰かとお付き合いすることになったら教えてね。素敵なお洋服でも買いに行きましょう。あの子達を見ているだけで、時間が過ぎていくなんてもったいないものね」

心臓がドキドキしすぎて、僕はマスターが何を言っているのか上の空だった。ようやく、勇気を出して口を開きこう言った。

「実は……ずっと……僕……」

心を決めて、マスターの方へ顔を向けた。

「僕はマスターのこと……がァッ?」

僕は愕然とした。マスターはとうの昔に、向こうへと歩いて行ってしまっていたのだ。笑い声が聞こえたので振り返ると、僕の姿を見た「口うるさいお母さん」がそこには立っていた。

彼女は、すべて知っているんだから、とでも言いたそうな笑顔をし、ウィンクしてきた。

「若者、次は良いことある、だいじょ〜ぶだよッ!」

僕は打ちひしがれた。せっかくの勇気を無駄にしてしまったのだもの。

しかも、悲しいことに小さな女の子たちが僕のことを「変わったヤツ」と呼んでいたような気がする。もう、好きに呼んでくれ、僕は誇り高きバリスタなんだから。


***

さぁ、店じまいの時間がやってきた。

ここで働いている仲間たちは、毎日14時間働くことができる特別な許可を悪魔卿からもらっている。これには誰もが誇らしげな思いを持っていることだろう。僕ら悪魔は皆長所があるが、ここに働く仲間は中でも「勤勉さ」を象徴している……けれども、マスターはあまり良い気はしていないらしい。マスターは過重労働を強いるような「ブラック企業」にはしたくないといつも言っているんだ。僕はこれが「ブラック企業」なのかどうかはわからないけど、マスターの助けになるならなんだってするつもりさ。マスターも僕の思いを尊重して、僕には毎日10時間勤務させてくれている。

僕の人生で、こんなに一生懸命になったことなんてこれまで一度もなかったんだ。

閉店後の作業には一、二時間かかってしまうが、僕はこの作業が好きだ。でもマスターは閉店したらすぐに帰りなさいとみんなに言う。閉店後の作業に僕や仲間の手はそんなに必要ないと言うんだ。

お客様がいない時間にいる同僚たちは、なんだか別の世界にいるみたいで楽しそうに見える。僕も帰らずに作業を手伝いたいんだけど……別にこれで良いかなとも思っている。マスターは僕の目をしっかりと見つめ、笑顔でいつもこう言ってくれるんだ。

「それじゃあ、また明日もお願いね」

僕も笑顔でこう返す。

「はい! マスター、明日またよろしくお願いします!」

この会話があって僕の夜はキレイに締め括られるんだ──文句ない終わりだろう、コーヒー一杯が添えられてたらもっと最高かもしれないけど……マスターから夜遅くにコーヒーを飲むのは禁止されてるんだ!



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― 新着の感想 ―
悪魔たちが住む街のコーヒーショップのストーリーだというのが面白いですね! 客の理不尽な注文に笑いました。 コーヒーショップのマスターはとても魅力的な女性ですね。「転生者……?」と想像できて、読んでい…
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