デスソース入りのラーメンを食べてたらデスゲームに巻き込まれた凄腕スナイパーの話。(書き出し)
この小説に出てくる名称は現実世界の物には一切の関係がありません。
「明日は午前休だし……腹を下しても平気だな。よしッ」
33歳独身彼女なしの俺は、もうとにかく腹が減っていた。
せっかくの“島ごと飛行機”こと豪華フライトも、上司からの命令で仕事三昧だ。
だが文字通り、俺が搭乗しているL301は島全体を空に浮かべた代物だ。
俺は数百を超える飲食店の中から、激辛専門店を選んだ。
「っしゃっせー」
中は閑散としていた。
あまり流行っていないのだろうが、口コミでは旨い・辛いと評判だ。
俺の期待度は下がらない。
入店するなり1番気になっていたものを、俺好みにして注文する。
「激辛まぐろラーメン、メンマ抜き、唐辛子追加の麺硬めで」
ぴくっ、と店主の耳が動く。
「……熱さは?」
おお、熱さも選べるのか!
「グッツグツで!」
「あいよー、お客さん、奥の部屋へどうぞ~」
言われるがまま、俺は奥にあるドアを開けて個室へと通された。
カウンターも空だったが、個室のおかげでゆっくり堪能できる。
さっそく手持無沙汰になり、メニュー表を手に取る。
「あれ? 激辛まぐろラーメンが無い……」
裏メニューだったんだろうか。
ページをめくってみると、冷たい・ぬるい・温かい、の文字。
……熱さはこの中から選ぶべきだったか。
「やべえ、初見でやらかした……はっず」
コンコン、とノックされ、座ったまま背面のドアに視線を向ける。
「お客さん、これ誓約書ね」
ガチの激辛店ではよくある誓約書だ。たいてい、『激辛フードを食したことによる責任を当店は一切負いません』というようなことが書いてある。
「書きました」
もう手慣れたもんだ。
俺は中身も読まずに、下部のサイン欄にペンネームを書く。
「確かに。それでは、おまたせしましたー」
誓約書を渡すと、すぐにラーメンがやってきた。
真っ赤に染まったスープはマグマのように煮えたぎり、ぐっつぐつと気泡を作っては消えていく。
それが、ついに、俺の目の前に置かれた。
堪能するぞ~!
「まずはスープから……」
レンゲを持ち、真っ赤なスープをすくって口のなかへと持っていく。
「~~~~~~っ!」
これは!! 辛い!!! だが、それ以上に旨いッ!
魚介ベースに濃縮された豚骨のうま味! ただ辛いだけじゃなく僅かな甘みとコクを感じさせる唐辛子! 浮き上がる背油の下には、その甘みを感じた瞬間に襲い掛かる激辛のデスソース!
これは――スープの熱さも相まって、辛さと旨さが何倍にも跳ね上がるッ!
「くうぅ! さあ次は麺をば――」
硬めに注文した麺は、太いちぢれ麺だった。
ぐねぐねとした麺がスープの辛味を余すことなく絡めとり、舌の上でうねる。
むせ返るような辛味と、小麦の甘い香りが鼻を刺激する。
「うっま!?」
モっチもちの麺は弾力がすごかった。きっと良い水を使っているのだろうが、それを激辛スープと絡ませた背徳感が最高に旨い。
2センチはあろうかという分厚い肉に箸を立てると、その見た目とは裏腹にホロリと崩れた。
1口サイズの肉を口に放り込む。途端、うま味を濃縮した肉汁がじゅわっと溢れ出す。
噛めば噛むほど唾液と混ざり、口の中を支配していた辛味を、うま味の波が洗い流していく。
「なるほど!」
肉を飲み込み、スープを口へと運ぶ。するとどうだろう、回数を重ねることで失われた辛さへの新鮮味。それがチャーシューを食べたことにより経験がリセットされ、最初に喰らった辛さと同じパンチが味わえるとは!
あっという間に麺とチャーシューは俺の腹へと消えていった。
残すはスープ。ここからは遠慮はいらねえ。どんぶりに口をつけ、行儀悪くあおる。
ガタン! とどんぶりの向こうで音が鳴る。
落ちたというより、開くような音だったが気にしない。
今はどんぶりが俺の視界に広がり、激辛スープだけが俺の世界だ。
「はふぅ」
飲み干してどんぶりを水平にもどすと、壁があったはずの場所は完全に開かれており、人相の悪い男や、いくつも傷を負った顔の男女が俺を見ていた。
全員が白いアーマーを着ている。みんな口の周りは真っ赤だ。
唇が腫れてるヤツもいる。
え? 壁は!? 何これどっきり!?
現実要否のためにもう1度、空のどんぶりを傾ける。
そしてゆっくり覗いて見るが、状況は変わっていない。
「ごふっ! えっと、あの、会計を……」
口の周りを備え付けのティッシュで吹き、後ろのドアを開ける。
しかし! 現れてきたのは壁だった!
「あー! こっちこっち! 30人揃ったね! はいこれ着せるよー」
ど、どこで会計を……。そう言う隙もくれず、グラサン白衣の男性が俺に白い全身プレートを着させてきた。着せるといっても、腹と背中で嚙合わせるタイプだったので、本当にものの数秒だった。
関節部を除いて、腕・胴体・ケツ・足のすべてを覆われ、白いヘルメットまで被せられた。
「この2人が君のパーティーメンバーね」
腕を引っ張られ、激辛専門店だったはずの個室を出て、俺は背の高いロボットと、布面積の少ないセクシーな服を着たピンヒールのお婆ちゃんの前にいた。
「ああベイビぃ、私は老婆よ」
「やあ! 僕はバグファインダー! やあ! やあ! や! やややや! 僕は――」
背の高いロボットは胴部にモニターが付いていた。
そこにニコニコマークが出ているが挨拶と同時にバグったのか、上半身をぎゅるんぎゅるん! と回転させ、5秒後に背中を見せて止まった。
「――バグファインダー!」
えっ、こわ。
呆気に取られていると、白衣の男性が俺の背中に何かを取り付け、言った。
「この人は、激辛でケツやばい。だよ」
それ俺の口コミ用ペンネーム!
「ダメよ。相応しい時と場所というものがあるでしょ、排泄には」
「わりと限界が近い」
空腹だったところに激辛スープを入れたからか、俺のお腹はぎゅるぎゅると鳴っていた。
自らを老婆と名乗るお婆ちゃんに心配され、本音で返す。しかしパーティー?
完食した人たちでお祝いでもするのか?
白衣の男性に尋ねようと思ったら、もう彼はいなかった。
いや、見つけたが、2階のVIP席みたいな場所にいる。と思ったが、窓ガラス越しに見える人は、全員が白衣を着ているので違う人かもしれない。
よくよく内装を見てみれば、いまいる場所は宇宙船の中みたいだった。
「さあ、そこのロボットの手を取って、私の手を握って。始まるわよ」
「始まるって何? パーティー?」
バグファインダーの冷たい手を持ち、老婆のしわだらけの細い手を握る。
「3人1組、30名による10チームデスマッチよ。アイテムが奪われるから、即降りに限るわ」
老婆が言った瞬間、床が抜けた。
「うわああああああああ!」
部屋の隅に固まっていた者を除いて、俺たちは空中へと落とされた。
眼前には見たこともない島。
轟音の風が耳を覆いつくし、自分の声も何も聞こえない。
「やばい死ぬ死ぬ!」
なんとか何かできないかと思うが、手を握る2人の力が強い。俺の手は両手とも塞がっている。
そう焦っている内にも目前の島はみるみる内にでかくなり、木が鮮明に見え始め、ついに、屋根まで見えるほど近くに――ぶつかる!
目をつむった瞬間、風の轟音が止み、代わりに後ろから爆音が聞こえた。
おそるおそる目を開けると、地面から2メートルの高さで浮いていた。
いや、降りてはいる。減速しているのか。
ゆっくり地面に着地すると、後ろでがこっ! と音がした。
振り返ると、見慣れぬ機械が落ちていた。
「……これで減速していたのか」
上空を見上げると、“島ごと飛行機”は遥か先にあった。目をこらすと、次々に人が落ちていっているのも見える。
「敵が近くに着地したわ。アイテムを集めるわよ!」
老婆は老婆とは思えない速さで民家へと入っていった。
「……アイテム?」
「AQEXは敵を倒すゲームだよ! まずは銃と弾を集めよう!」
バグファインダーがそう言って、老婆の入っていった民家へと向かう。
「敵? 倒す? デスマッチ?」
わけが分からないまま、俺も2人のあとを追った。
「ちょっと、同じところを漁らないでよね」
「見て! ここにピストルのP20があるよ! 僕は要らないからこれをあげる!」
バグファインダーは明らかにデカいショットガンを持ち、俺に小さなピストルと弾をよこした。
「! 武器を構えて、敵よ!」
老婆が言いながら、部屋の奥へと進むドアに銃を向けた。
ドンッ! と勢い良く開かれた扉から、一気に3人の男たちが流れ込んできた。
全員が武器をもち、1人は鎧の色が青だった。
先手を取ったのは老婆だった。ガガガガ! と迷いなく銃をぶっぱなし、先頭の1人の鎧が床に落ちる。だが、俺とバグファインダーの反応は遅かった。
先頭に立っていた男は怯んで後ろに下がったが、交代するように2人の男が引き金を引く。
狙いは、1番ドアに近かった俺だった。
「ぅわ!」
思わずその場でしゃがみ、目を閉じる。
だが、痛みは来ない。
不信に思って目を開けると、俺を守るようにしてバグファインダーが仁王立ちしていた。その体から 鎧が落ち、無防備になった機械から煙があがる。
「やったぁ、まだ僕、生きテる」
そう無機質に言って、バグファインダーが横に倒れる。
「バグファインダー!」
「ちっ!」
老婆が射撃してくれている間に、すぐ横にあった遮蔽物に飛び込み、バグファインダーを引っ張って隠れさせる。
「僕、君と友達になれるかな」
「なれる! なるさ! おい、大丈夫だよな!?」
「今日は故障したりししししししないよ」
早速バグってるのは元からか、ダメージのせいか。
どちらにせよ、この傷は俺のせいだ。
「リロード中よ!」
老婆が叫ぶ。戦っているのは彼女1人だ。
バグの手当もしてやりたいが、老婆がやられてしまう。そしたら3対1だ。
勝てるとしたら、3対2の今しかねえ!
何が何だか分からねえが、やるしかねえ。
俺は限界ギリギリの肛門にキュッと力を込めて、バグから貰ったピストルP20を持って立ち上がった。
落ち着け。いつもの様にやるだけだ。打ち合いは初めてだが、ワンショット・キルなら、いつもの仕事と同じだ。
「お前らを倒すぜ」