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妙メモリー

サクラの実演販売

作者: みょめも

ある日の休日のこと。

駅ナカにあるデパートでウインドウショッピングをしていた僕は、人だかりを見つけた。

元々買い物などする予定もなかったから暇潰しに、とそこを覗いてみると、それはある店の中ではなく、通路の一角で繰り広げられていた。



「はい、ではお集まりの皆様に、これから実演を見ていただこうと思います。」



実演販売とは少し違い、その声は20インチ程のモニターからしている。

モニターにはラーメン屋の外観が映っており、右上には『LIVE』の文字が表示されている。

ラーメン屋には準備中の札が掛かっており、まだ開店前らしい。



「こちら、正直に申し上げますと人気があるとは言い難いラーメン屋です。11時オープンですが、5分前の現在は開店を待つお客様もおりません。」



確かに、見るとやや古ぼけた外観ではある。

何を隠そう私もラーメン屋の端くれとして生計をたてている身であるが、少なくとも知らない店だった。



「こんな寂しいお店ですが……おっと、来たようですね。」



モニターから声がすると、先ほどまで1人の客もいなかった店頭に続々と来客があるではないか。

その人数たるや2、3人ではなく、ゆうに15、もしかしたら20人くらいいるかもしれない。5分と経たずに開店となったのだが、あっという間に満席なり、店内も店頭も老若男女たくさんの客で賑わっていた。

いったい何が起こったのだろう。

まさか匂いにつられた訳でもあるまいし、どんなトリックを使ったというのだろうか。



「皆様、こちらのラーメン屋に行ってみたくなったんじゃないですか?」



モニター越しに投げかけられた問いに「確かに」と頷かずにはいられなかった。私の周りでモニターを見ている人達も感心した顔や懐疑な目をする人などいたが一様に驚いていた。



「今回ご紹介致しますのはこちらです。」



ドドーンという大袈裟な効果音とともに画面には『サクラ』の文字が踊った。



「そうです、今こちらのラーメン屋に並んでいる人のほとんどは実はサクラなのです!」



モニターのこちらでは小さなざわめきが起きた。まったくと言っていいほどサクラだと気づかなかったのだ。しかもリアクションを見るにこの場にいる誰もが同じだっただろう。

「アンテナがないじゃないか……」

ざわめきからそんな声が聞こえてきた。

そうなのである。これまでのサクラといえば背中のうなじ辺りから携帯電話くらいのおよそ5cmのアンテナが出ていたのに、今実演しているサクラにはアンテナがないのだ。



「今回実演販売しておりますこちらの商品。なんとアンテナがついていないんです!従来のサクラではアンテナがついているばっかりにサクラをサクラと見抜かれるケースもありました。そんな現場のお声が届いてくることもありました。私たち考えました。どうにかして人とサクラの見分けがつかないクオリティまであげられないものかと!そしてようやく誕生したのがこちらの商品なのです!」



誇らしげな顔をするだけはあるなと思った。



「さらにですね、このサクラは特殊な周波数帯を使用しております。ですので、いざ呼び出したい時に来なかったなんて事故はほぼあり得ません。こちらに関しても、従来型ではサクラを呼び出したのに他の電波と混線して来てくれなかったなんて悲劇が少なからずありましたが、そのリスクを極限まで下げることに成功しております!」



「しかも、従来型でご好評だった、老若男女ジャンル選択機能と会話機能を標準搭載。メンテナンスフリーでメーカー保証2年お付け致します!」



モニターの前の契約書があっという間に減っていく。

ここまで静観していた私もさすがに契約書を手にとった。

ラーメン屋の端くれとして、このサクラを有効活用しない手はない。

財布には少々痛いがそれだけの価値があると踏んだ。


と、そこで、ひとつ気になるものが目に入った。

モニターに映る、おそらくサクラだと思われる女性がカメラの前を通ったときのことだ。

彼女のうなじにボタンの様なものが見えたのだ。すぐに画角から外れたため、はっきりとは認識できなかったが朱色で一円玉程の大きさだったように思う。

あれは人間にはあっただろうか。いやない。自分のうなじに手をまわして擦ってみるが絶対にない。

他の人にもないはずだ、と周りを見回すと、既にそこには誰もいなかった。

さっきまでの人だかりは、いつの間にか終わっている実演販売とともに散り散りになっていたのだ。

私の頭にはここで疑念が生じた。

彼らはもしかして、サクラなのではないだろうか。

サクラの実演販売のサクラに、私はまんまと踊らされたのではないだろうか。

思い出そうとしても、彼らのうなじにボタンがあったか、それはもう思い出すことができなかった。

汗の滲んだ手で契約書を握ったまま、私はチャーシューの仕込みに帰った。

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