《短編》ハブられ魔女様は憤慨しました(誤)
ワルプルギスの夜に間に合いませんでした…。
魔女ものニ作目になります。
5/17コメディ日間ランキング15位ありがとうございました!
「よくもアタシをハブってくれたわね……!!」
ワルプルガは怒りに顔を歪ませた。
「ウィリバルド王国の奴らめ……王子の生誕祭にアタシを招待しないとは、ずいぶんナメた真似をしてれるじゃないの……!」
ワルプルガは魔女である。
ブルウフ山に居を構えること100年あまり、強大な魔力を持ち、近隣諸国に名を轟かす偉大な存在だと自負していた。
―――それなのに。
『えっ?ヤダー、ワルプルガってば、ウィリバルドの王子生誕祭の招待状もらってないの?ぷぷっ、ウケるwアタシんとこには昨日届いてたっていうのにぃ?やーい、ハブられてやんのー!m9(^Д^)プギャー』
……今朝早く、魔女新聞に同梱されていた魔窟場琉(←魔女用生鮮食料品店)のチラシを見て、『火曜市!ぎんがれいのみりん漬け、ひと切れ90イェソ!』を買いに出かけたワルプルガは、同じく『若鶏モモ肉グラム特価88イェソ!』を求めてマイバッグを手にした魔女シールケにレジ前で出会い、めちゃんこ馬鹿にされたのだ。
「グギィィむかつくぅぅ!!何よ、シールケなんかまだまだ半人前のヒヨッ子魔女じゃない!!この大魔女ワルプルガを差し置いて、あんなヤツを招待するなんて……!」
ワルプルガは怒りを収めるために、ぎんがれいを3切れも焼いてやった。それと米を2合炊いて、ほかほかご飯とともに豪快に食べ散らかしてやった。
「……フッフッフッ、見てなさいよ、ウィリバルド王国の奴ら……!アタシをコケにしたらどうなるか、身を持って知るといいわ……!」
ぎんがれいの脂で唇をテカテカさせながら、ワルプルガは邪悪な笑みを浮かべたのだった。
◇◇◇◇◇
(よし、ここはスタンダードに行きましょう……)
ぎんがれい&どんぶりごはんディナーの翌日。
ワルプルガは、夜も明けきらぬうちから起き出して、準備を始めた。
鏡の前に座り、次々と容姿を変えていく。
豊かな黒髪は灰色のボサボサ髪に、血のように赤く輝く両眼はありふれた青灰色に。
さらにまぶたを厚くし、鷲鼻としゃくれた顎には肉色の腫れ物を施して、シワと染みだらけにした。
(ふふ、どこから見ても小汚い物乞いの婆さんだわ)
ワルプルガは仕上がりに満足する。
魔術というか、彼女お得意の辻○弘ばりの特殊メイクである。
(このままウィリバルドの城を訪れて、乞食ばあさんの来るところじゃねえ!て門前払いされたところで、正体を晒してやるのよ!)
ワルプルガは古式ゆかしい魔女のテンプレを尊ぶタイプだった。
何事も「入り」は大事だ。
ついでにヒーッヒッヒッと魔女らしい笑い声を上げてみる。よし、仕上がりは上々だ。
(さーて、城の奴らめ、どんなひどい目に合わせてやろうかしら……王子を野獣に変えるとか?全員100年くらい眠りにつかせるのもいいわね)
ワルプルガは真っ黒なローブを羽織り、エニシダ製のほうきにまたがって宙に浮かぶ。
一路目指すはウィリバルドの王城。
恐怖に染まる王族どもの顔を思い浮かべ、ワルプルガはほくそ笑んだ。
◇◇◇◇◇
「ちょっと!アイネアの花は全ての客室の花瓶に生けるのよ?この発注書の数で足りるの?!今すぐ花屋に確認してちょうだい!は?まだやってない?叩き起こせばいいでしょ?!」
「さっき届いたテーブルは正餐室へ運ぶんだ!傷一つつけるなよ!ていうか、テーブルクロスの仕上げはまだなのか?!」
「ダメだ、仕入れた牛が痩せすぎている!これじゃ肉が足りねえ!誰か牧場に掛け合ってくれ!」
……その日、ウィリバルドの王城は、夜も明けきらぬうちから喧騒に包まれていた。
飛び交う怒号、ひっきりなしに城門を出入りする荷馬車、右往左往する女官や兵士たち。
(……あかん、めちゃくちゃお取り込み中じゃない……)
ほうきでぷかぷか浮かびながら、上空から城の様子を窺ったワルプルガは、額に手を当てて顔をしかめた。
予定では、パーティーの真っ最中にバーン!と登場してやるつもりだったのに……どう見ても、ただ今絶賛準備中の状態である。
(……よく考えたら、招待状が届く→即日パーティー開催ってわけじゃないものね……あのときシールケに日付を確認しとくべきだったわ……)
自分の先走りをちょっと反省したワルプルガは、とりあえず招待状のことを軽く尋ねてみることにした。
近くの森の中にほうきを降ろし、老婆の擬態をしたまま、城の門番に声をかける。
「あのぉ……つかぬことをお聞きするが、近々このお城で、王子様のご生誕を祝うパーティーが開かれるそうじゃな……?」
ワルプルガがしゃがれた作り声で話しかけると、うつらうつらしていた門番の男は、居眠りしかけていたことを取り繕うように、明るい顔で答えた。
「よう、早起きだな婆さん!そうなんだよ、待ちに待ったお世継ぎがお生まれになってな!次の満月の日に盛大な生誕パーティーをやろうってんで、今大わらわなんだわ!」
その時、にこやかに話す門番の後ろから、ガシャーンという破壊音が聞こえた。
思わず門番が後ろを振り向き、ワルプルガも目を丸くする。
音は城の中からで、それを追いかけるように罵声と叫び声が一斉に上がった。
「えぇ……?だ、だいじょうぶかのう、今のは陶磁器らしきもの(皿とかティーセットとか)が、大量に割れた音だと思うのじゃが……?」
恐る恐るつぶやくワルプルガに、門番は引きつりながら笑った。目がめちゃんこ泳いでいた。
「だ、だいじょうぶだいじょうぶ。まだ次の満月まで日はあるんだからな!ハハッ!」
……次の満月って、確か4日後だった気がするんだが……何がいくつ割れたか知らないが、それまでに補填できる、のか……?
「あー、そ、そうなんじゃな。イヤ、ワシが住んどる町の近くに、大魔女ワルプルガ様がおわしてのう。その方が、他の魔女には生誕祭の招待状が来たというのに、自分には来ない!とたいそうご立腹だったのじゃが」
頭に浮かんだ疑問はとりあえず置いといて、ワルプルガはさり気なく招待状のことを口にしてみた。
すると、門番は乾いた笑いを引っ込め、驚愕の表情をうかべる。
「ええ?!招待状が魔女様に届いてないだって?!そりゃ大変だ、今すぐ城の文官に知らせないと!」
そう言って城内に戻ろうとした門番は、城の外階段を降りてこちらに向かってきた文官服の団体に声をかけた。
「おい、そこの文官さんよ!生誕祭の招待状、ワルプルガ様に届いてないってこの婆さんが言ってるんだが!」
それに答えて、ひとりの文官の青年がワルプルガたちの前で立ち止まる。
「え?生誕祭の招待状ですか?高地ハイツにお住まいの魔女様には、全てお出ししたはずですが……」
文官の青年は首を傾げた。
その様子は、とても嘘をついているようには見えない。
「い、いや、でもじゃな、大魔女様は、届いていないとたいそうお怒りじゃったぞ?シールケとかいう新参魔女には届いておるのに、と」
ワルプルガは言い募った。
文官は少しの間うーんと悩んだあと、ふいに「あっ」と声を上げた。
「ワルプルガ様のお住まいの地域の配達番号は、何番から始まりますか?03より大きい数字?」
「え?04始まりじゃけど……」
ワルプルガがそう答えると、文官は合点がいったという顔をした。
「ああ〜やっぱり!働き方改革により、この春から書簡配達法が改正になりまして!以前は王城近辺の01〜05地区であれば、投函日の翌日に配達になったのですが、03地区より外部の地域では、中1日から2日ほどかかるようになったのですよ!」
「え。そうなの?」
文官の言葉に、思わず素で答えてしまうワルプルガ。
ちなみにウィリバルド城下町が01地区であり、シールケの家は02地区だった。
(そういえば……春から配達が遅れます的なことが書いてる紙が、ポスティングされてた気が、する……?)
ワルプルガは、数ヶ月前に自宅のポストに入っていたチラシを一瞬思い出した。
ただ、魔女たちが使うのは王国の配達便ではなく、黒猫印の宅配便だったため、関係ないわとすぐさまチラシゴミ箱にして、ミカンの皮放り込んで捨てたような……。あー、あれか!
(……つまりアタシは、働き方改革のせいで、城ひとつ100年の眠りにつかせるところだったと……?)
ワルプルガは両目を手のひらで覆った。
特殊メイクのごわついた感触がした。
「ですので、ワルプルガ様のもとにも、今日明日中に招待状が着くはずです。それでお怒りを収めていただけるといいのですが……」
申し訳無さそうに言う文官。
頭が冷えてきたワルプルガは、急速に罪悪感と羞恥心が湧いてきた。
「アッ、ハイ、大丈夫です。ええ、理由がわかればいいんです、アタシ、もう怒ってませんから!っじゃなくて、ええと、このことはワルプルガ様に伝えておきますね!で、では!これで!」
「は?」
ワルプルガは、作り声も喋り方を変えることも忘れて遁走した。
どう考えても老婆ではない機敏な動きに、文官と門番は度肝を抜かれる。
ややもすると、老婆が走り去った方角にある森の中から、ザアっと音を立てて何かが舞い上がった。
「……今の婆さん、ワルプルガ様本人だな……」
「そうですね……」
「まあ、怒ってないって言ってたから、いいかなあ……?」
呆然と言い交わすふたりの目には、ほうきに跨った魔女らしき飛行物体がすごい勢いで遠ざかっていくのが見えた。
彼らはしばらく、そのまま彼女を見送った。
昼過ぎ、意気消沈しながら自宅に帰り着いたワルプルガは、宅配ポストに午前中に投函されたと思わしき王国印付きの招待状を見つけ、「んもォー!!」とひと声吠えてからオフトゥンに頭からダイヴした。
その際、落としていなかった特殊メイクで布団カバーが汚れてしまったので、粛々と洗濯したという。
◇◇◇◇◇
「ようこそ参られた、お客人方!!これより我がウィリバルド王国の世継ぎ、ウィニバルド・フォン・ウィリバルドの生誕祭を始めまする!ぞんぶんに祝ってくだされ!乾杯!」
生誕祭初日。
とにかくあかるい笑顔を浮かべた王様が、盃を掲げて乾杯の音頭を取った。
壇上には豪奢なゆりかごに寝かせられた赤子の王子と乳母、王妃が控えている。
招待客はみな祝福の言葉を口にし、華やかに開かれた宴席を楽しんだ。
「はぁいそちらのお美しいご婦人方!お料理のお供は赤ホッピー?白ホッピー?黒ホッピー?」
「あ!アタシ黒セットで!」
「まどろっこしいわ、シャリキン直で持ってきて!」
「はい喜んでー!!」
給仕係が軽やかにパーティー会場を駆け回り、ドリンクを提供していく。
「ヤダー、アンタも来てたの?ワルプルガ!招待状来てないって言ってたじゃん!」
「うっさいわねシールケ!ちゃんと招待状は届きましたぁ!この大魔女ワルプルガ様がハブられるわけないじゃない!ふん!」
グラスを手にした魔女ふたりは、顔を合わせるなりいがみ合った。
ちなみに、他の魔女にもチラッと聞いたところ、06地区以降は更に遅れて届いたらしい。
それでもみんな「働き方改革だから仕方ないよねー」と特に気にしてなかったそうだ。
……騒いだのは、ワルプルガとシールケだけだったらしい。ヤダー、同レベルってこと?
「ちょっと!これはどういうことなのかしら?!」
ガヤガヤと招待客たちが歓談している中に、突然、怒声が響き渡った。
ワルプルガが声のした方に振り返ると、黒髪の女が顔を真っ赤にして喚わめいている。
「アイツは……13番地区の魔女のトゥレンドラね」
眉をしかめるワルプルガ。
トゥレンドラは魔力が強く、高地ハルツにて古くから知られている魔女だった。苛烈な性格を持っており、彼女の逆鱗に触れた者は、こっぴどい報復が待っているという。
「このワタシがわざわざ祝いに来てやったというのに、この皿はなに?!このカップ、ティーポットもよ!よくもこんな、こんなもの―――」
激昂のためか、トゥレンドラの体はぶるぶると震えている。
「あー、待って待ってトゥレンドラ!それには、深い訳があるのよ!」
ワルプルガは慌ててトゥレンドラの前に進み出た。
ワルプルガが城に下見に行ったときに割れたアレコレは、やっぱり補充が間に合わなかったらしい。
それで、急きょ王城近隣の一般市民から皿やティーセットの寄付を募ることにしたそうだ。
結果、
・懸賞で当たった中途半端な数の食器(不揃い)
・結婚式の引き出物の新郎新婦ラブラブ絵皿
・何年前の流行りだよ?的なふっるいキャラクターの食器(不揃い)
・買ったはいいけど使い勝手が悪い、またはクセが強すぎて使えない食器(不揃い)
……といった、末期のフリマのような品揃えになっていた。
確かに貴人や魔女をもてなすにはいささか不適格であろうが、自分だけ皿が出されてないとかいうわけじゃなし、そこは大目に見てあげても……とワルプルガが執り成そうとしたとき。
「アッ〜ハッハッハッ!!なにこれなにこれ、猫の口から紅茶が出てるゥー!!おぼろろろ!おぼろろろティーポットだわぁ、アーッハッハッ!!」
(えっ……??)
トゥレンドラは大爆笑しながら、白い猫の形をしたポットでお茶を注いだ。なんか「ヤーーーッ!」とか掛け声も上げていた気がする。
「ヤダー、トゥレンドラってば悪酔いするから禁酒するって言ってたじゃん。なんでパーティー開始30分で出来上がっちゃってんの?」
手を伸ばしかけたまま硬直しているワルプルガの横で、ローストチキンをもりもり喰らいながらシールケが言った。
なんでも、トゥレンドラには『酔っ払うと誰彼構わずウザ絡みする』という悪癖があるらしい。
先月の『魚より肉派の魔女会』の集会に参加したトゥレンドラは、その悪癖を炸裂させ、出禁寸前になるまで揉めたとか。
「……そんなことになってたんだ……」
『肉より魚派の魔女会』に属するワルプルガには、そういった話はあまり聞こえてこなかった。
「まあ、テキトーなとこで総合魔女会長が回収するでしょ。バナナを股間に当てて『からだのいちぶがフォット!フォット!』とか意味わかんないネタを繰り返す前には」
シールケがハンッと鼻で笑いながら言う。
(うわぁ、想像よりやらかしてた。あと、最近の若者には通じないんだそのネタ)
しかし、シールケの予想は外れた。
なぜならこのあと、魔女会長どころか国王や国賓に至るまで、みんな泥酔したからだ。
国王はフグの口から酒が出るとっくりを持ってトゥレンドラと乾杯していたし(ルネッサーンス!とか言ってた気がする)、魔女会長はボルボじいさん(92歳)の持ち込んだ前衛的な陶芸品を早口で賞賛しながら寝落ちしたし、魔法使いは貴族の青年と一緒になってしりとり(地獄ループするやつ)に興じたりと、パーティ会場はサバトさながらな状況に陥った。
「……ぶぐぅ、頭痛あいい……」
……そしてその翌日。
ほとんどの関係者は激烈な二日酔いに見舞われ、100年とまでは言わないが、まる1日自室のベッドで眠りについたというオチがついたという。
完
ご覧いただきましてありがとうございました!
眠れる森○美女モチーフにしようとして失敗しました…。
※5/15午後7時、パーンしちゃった陶器類の話を入れ忘れてたので補填しました。
※7/1、尻切れトンボ気味だったラストを少し追加しました。