5.ハロルド・フォーブス
「それで!そこのピザがめっちゃ美味しくて〜!」
晩餐会の会場の端の方で。
ハイテンションで喋りまくる私と、その話を静かに聞く男性が一人。
彼はハル。
私の幼馴染で、フルネームだと『ハロルド・フォーブス』。
フォーブス家の長男だけど、上に姉が一人いる。
私と同い年だけど、彼の方が早生まれ。
癖のある……と言っても、しっかり整えて癖をうまく活かしてるサイラスとは全然違う、ボサボサの無造作な銀髪。
そして筆に水を含ませすぎた絵の具のような淡い色味の、薄緑の目。
髪も目も色素が薄く、色白で背が高くてひょろっとしていて。
なんとなく頼りなくて気弱な感じの男性だ。
痩せてる今とは逆に、小さい頃はコロコロと太ってて、『ぶーちゃん』なんて言われて虐められてた時期もあった。
物陰に隠れてメソメソ泣いていた彼を、いつも私が助けに行ってたっけ。
(今もそうだけど、大人しいからって人から舐められがちなのよね……)
よく見れば、顔のパーツは割と整ってる方だと思うんだけど……ほとんど手入れされていないせいで残念な感じ。
(でも逆に、きちんと整えればそこそこになれるって事なのに……もったいないなぁ)
今日、彼は晩餐会の会場に着くなり速攻で私に捕まり、こうして延々と続くマシンガントークの的になっていた。
話題はずっと同じ。サイラスとのデートの話だ。
「それでさ……」
彼はひたすら頷き、弾丸を必死に受け止めている。
相槌すら返す暇がないくらいの私の猛攻に、なんとかついて来れるのは逆に彼くらいかもしれない。
訓練、というか経験の賜物なのかもしれない。
昔からずっとこうだったから。
私の惚気は止まらない。
「落ち着いてて、すごく大人で優しい人でね、それで……」
「……に行った時……したの!そしたら彼、……してくれて!とっても優しいの!」
「……でね、その時……って!優しいでしょ!そしたら……」
時々ピクリと怪訝そうに動く、ハルの眉。
『優しいの』という発言に、いちいち反応してるみたいだったけど。
でも……だから、何?って感じだった。
特に気に留めず、私は話を続ける。
「それでね、いつか彼と結婚するの!」
「ふ〜ん」
そんな私の異様なハイテンションっぷりにもまるで動じない、それが彼。
笑ったり怒ったり気分の波が激しい私と、いつものほほんとしててマイペースな彼。
一緒にどこか散策に出かけても、私はあちこち忙しなく見て回るタイプ、彼は景色を楽しみながらぼーっとしてるタイプ。
全く正反対な性格で、お互い理解できない事もたくさんあるけど……でも、一緒にいるとなんだか落ち着く、そんな関係。
(だから、こうして今も付き合いが続いてるわけなんだけど……)
「結婚、かぁ……」
「そうよ!家庭を持って、幸せになるの!」
「へぇ」
「なによ、反応薄すぎない?」
心底どうでもよさそうな顔。なによそれ。
「なによ、もう……あなただっていずれは結婚する訳じゃない、いつかは」
「する、かなぁ?」
思わず彼の表情を見る。
冗談の顔じゃない。本気だ。
本気でそう言ってる。
「えっ、どういう事?」
「どういう事もなにも。結婚なんて、まだまだ全然先の話じゃないか……」
(いやいや、全然先って……)
私達はもうとっくに結婚適齢期。
いや……見る人によっちゃ、適齢なんてもう過ぎてるなんて言われちゃうかもしれないくらいなのに。
まぁ男性だし、ハルは年齢的にまだまだ余裕なんだろうけど……
でも、同年代で結婚して子供までいる人だって普通にいるわけじゃない?
「ぜ、全然?」
「うん。まだよく分かんないや」
「えええ……」
「でも、もし結婚したら……きっと毎日楽しいんだろうな〜」
どんな妄想が繰り広げられているのか。
彼の周りにほわほわとお花のオーラが広がっていく。
夢見る乙女かよ、って言いたくなるくらいのふわふわ度合い。
本当にまだ全く現実味がなく、彼にとってはまだ遠い夢の世界の話らしかった。
(う〜ん、これじゃ話にならないわ……話し相手間違えちゃった。後で友達に話そうっと)