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LAST WITCH  作者: 海森 真珠
蒼炎の残り香
59/63

Episode30.2


 茫然としたソルティアは、瓦礫の上からこちらを見上げたアリサーを視界に映して、我に返った。誰に向ければいいのかわからない悲しみと、何にぶつければいいのかわからない怒りが同時に込み上げてきて、思わず俯く。


「もう、こりごりだ……」


 結局、メランダも彼女の弟でソルティアを庇って死んだソーイも、治療が遅れて死んだメランダの妹シャイも、そして彼女が心を開いた恋人のフリーも、みんなソルティアの傍からいなくなった。ソルティアはだれ一人として守ることができず、魔狩りの手にかかって死んでしまった。


「これが、ソルティアの望んだカタチだ。人と魔法使いで分け、敵と味方で区別する。それが俺たちのやり方なんだろう?」

「っ……その通り、です」


 自嘲交じりの言葉に、掠れ声でソルティアは肯定した。他にもまだやり方はあると、今にも訴えているアリサーの瞳を真っ直ぐに見る。彼の幾度とない曖昧な態度は、人と魔法使いの争いを新たな視点で見ている証拠。悪縁でしかない両者の関係を変化させようとしている。彼のやり方や考えが実を結ぶとは正直なところ思っていない。それほどに難しく厳しい理想だから。互いに長く傷つけあってきた歴史は平和な未来をそう簡単に享受してくれない。


 それでも、ソルティアでは決して成し得ない未来だ。


「それなら……あなたに賭けるしか、ない」


 短く息を吸うと、何の躊躇いもなくメランダの遺体を中心に蒼炎を出現させた。自然にはない蒼。美しく暖かく残酷な色。全てを呑み込む蒼炎はゆっくりと街を侵食していく。8年前に起こった悲劇、『蒼炎の悪夢』を彷彿とさせる光景だ。


「なッ!?」


 蒼炎が街を襲っている事実に気づいた住民たちが、あちこちで悲鳴をあげた。自警団らしき人間たちが住民を非難させようと大声をあげ、誘導し始める。逃げ惑う人々の中には、恐怖で泣き出す人もいれば今にも殺さんばかりに頭上を見上げ蒼炎の翼を持つソルティアを睨みつけている人もいる。ここにいる誰もが、“蒼炎”と“ソルティア”を結び付けた瞬間だった。


「何のつもりだっ!!」

「私は、私の義務を果たさなければいけない。多くの同胞の犠牲で成り立つこの私がっ……私がやり遂げなければいけないんですっ!!」

「その高潔な犠牲とやらは、君が望んだのかっ!? 君を尊重しない義務とやらは本当に全てを賭けるほどのものなのかっ!? 君が縛られているものは、自分自身だということがなぜわからないんだッ」


 必死に訴えかける眼差しに、ソルティアは優しく笑いかけた。

 最初で最後の彼へ送る微笑(ほほえ)みだろう。


「わかってて選んでる」

「は?」

「もう、終わらせるんです」

「終わらせるって、なにを…………ま、さかッ」


 怪訝な顔をしたアリサーが、はっとした。

 深紅の瞳が大きく揺らいだ。

 彼の表情には確かな焦燥がある。


「このどうしようもない連鎖を断ち切る杭になるッッッッッッ!!!!!!!!」

「っふ、ざけるなッ――――!!!!!」


 アリサーが叫んだ直後、頭上が眩い光に包まれた。

 降り注ぐのは純白の光。


 ――時が止まる。

 そんな感覚が辺りを包む。

 どこからか音色が聞こえる。

 幾重にも重なる鈴の音。

 草木を揺らす森の息遣い。

 羽のように軽く柔らかい妖精たちの歌声。


 かつて感じたあの抗いようのない感覚に、ソルティアはゆっくりと振り返った。

 視線のその先、見上げた空にそれは確かに君臨していた。

 幻想ではない。


かいじゅ


 視界の端でゼオが大きく笑った。

 天を仰いで悦ぶ。


「ははははははははははっ! ついに願いが叶う!」


 いつの間にか、ゼオの隣にはアヴァリスの枝で編まれた繭に眠る女性がいた。美しい金髪が世界樹の光を反射して神々しく輝く反面、閉じられた瞳の色はわからない。


「ルディハラ、お前がどれほど俺から逃げようがどれほど世界樹を避けようが、もうここからは逃げられない。願わずにはいられない!」

「もう逃げるつもりなどありません。ここまで来たんだ。これこそ私が望んだ展開で……?」


 ほんの小さな違和感にソルティアは言葉を止めた。

 気持ちの悪い不快感が首の後ろを撫でる。


「っ!?」


 弾かれるように周囲に張り巡らされた純白の壁を見た。ゼオを完全に視線から外し、入ってきたときと同じように魔法で純白の壁を攻撃する。しかし――。


「はっ……! なるほど」


 青白い光線は純白の壁に当たった瞬間、まるで吸い込まれるように跡形もなく消え去った。ただの壁だったものが、異質な魔法へと変化していた。


「この西の地を選んだのは、平和ボケした人間たちの中でただ魔法使いが動きやすいからだと思っていましたが……なるほど、そういうことか」

「ほう、さすがだ。見ただけでわかるとは……。育てた甲斐がある」


 ソルティアはゼオセァルヴィを睨みつけながら言う。


「永い時の中であなたが見つけた世界樹をぶ条件のうちの1つ。それは、多くの血が流れた地であること。穢れを知らない美しい純白の見た目に反して、何て残酷な条件なんだろうと思っていましたが……まさか、大陸一平和と称されるこの西の地が、かつて多くの血に染まっていたとは……」

「平和など、争いの上に成り立つ喜劇。数えるのもうんざりする退屈すぎた時の中で、飽き飽きするほど何度も繰り返されてきたみにくくも美しい現実だ」

「歴史書に残っていないなんて……あなたが介入して権力者たちをそそのかしたんですね」


 ゼオが薄く笑った。

 その刹那、


「ちっ!」


 幾千の炎の矢が降り注いだ。

 ソルティアに向けただけではない。

 アリサーや街の人々を焼き殺そうと魔法が放たれる。


 再び蒼炎の龍を出現させようとした直後、心臓に激痛が走った。


「ごふッ――――ッ!?!?!?!」


 次いで大きな衝撃が体を襲った。

 そのままソルティアの小さな体は抵抗する間もなく吹っ飛ぶ。


「がはッッッッ!!!!!!!!!!!」


 勢いを失うことなく純白の壁へと叩きつけられた。


「8年前、朽ち果てる命を妖精王(フェンディオッデロ)との取引によって無理やりに繋ぎ止めた。一体、どれほどの代償を支払ったのかは知らんがそれを解いた今、肉体も魂もそろそろ限界のようだな。ルディハラ」

「ぐッ…………千年を生きる、あなたは……本当に……化け物ですよ」


 口元の血を拭い、ソルティアは言うことを聞かない体にムチ打った。右翼が欠けた蒼炎の翼を動かし、弱々しく飛ぶ。ちらりと見た街は幸いなことに火の海と化してはいなかった。さきほどの炎の矢はきっとアリサーが食い止めたのだろう。今にもゼオに飛び掛からんと、アリサーは瓦礫の上で漆黒の剣を構えていた。ゼオの目にも、アリサーの姿が映っている。


 案の定、紅い炎の龍がアリサーに向かった。


「リーンの目覚めにミルフィスは不要だッッ!!!!!」

「ッ!」


 ボロボロの翼で、ソルティアはゼオへと駆けた。


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