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LAST WITCH  作者: 海森 真珠
蒼炎の残り香
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Episode30.1 西の悲劇Ⅳ


 純白の壁が首都ガランドを覆って5時間ほどが経過した。王城は守るべき自国の民を放っていまだ沈黙を貫き、我先に助かるべく騒ぎ出すと思われていた貴族たちは不気味なほどに静かだ。そのせいか、自警団によって抑えられていた国民たちの不安と不満がまさに爆発したときだった。


 突如として、純白の壁に蒼白い光が突き抜けた。音はない。だが確かな異変に家屋からちらほらと人々が様子を見るため出てきた。

 まるで光線のようなそれが、あっという間に消えて無くなると、その跡には大きな穴が空く。そしてそこに現れたのは蒼炎の翼を背に生やした白髪の女性。彼女が首都内に入ると、空いていた穴はゆっくりと塞がっていった。その光景を見た瞬間、誰もがこれから起こる出来事が“悲劇”だと直感した。



 空から首都を見渡したソルティアは、怪訝な表情を浮かべて言った。


「あまりにも静かすぎますね……」


 西域、特にテルーナ王国は大陸一平和と称される国だ。経験のない大規模な魔法に多くの人間が逃げ惑っていると予想していたが、驚くほどに静かだった。ちらほらと人々の姿は見えるが、混乱に包まれている様子はない。だからといって、兵士たちが統制しているようでもない。


 そんなことに気を取られていた刹那、街の三か所で同時に魔法陣が輝いた。その色は、紛うことなきこんじき。全てを死へと誘う色だ。ソルティアは、どくりと脈打つ胸に思わず手を伸ばした。


 一瞬空気が重くなり、次の瞬間には赤い炎の柱が出現した。

 その中から姿を現したのは、白髪の男性。こんじきの瞳がこうこつと輝き、黄金の刺繍が入った、足が隠れるほどに長く上質な紺色の服を身に纏っていた。髪の合間から時折見え隠れする細長い魔晶石でできた耳飾りはよく見覚えのあるものだ。


「ゼオ……」


 ほんの小さく呟いただけなのに、彼の瞳はソルティアをはっきりと捉えた。


「――全てを解き放ったか、ルディハラ」


 穏やかで年齢の判別がつかない声が心地よく耳に響く。しかしその言葉を無視して、ソルティアはかつてトイシュンの花畑で口にしたことと同じ言葉を投げかけた。


「殺される覚悟はできていますよね?」


 その言葉が合図だった。


 蒼炎でできた龍がゼオセァルヴィを襲う。

 轟々と燃える蒼炎がうねる巨体を形成し猛突進していく。

 蒼白い火花が美しく走り、大きな風が巻き起こる。

 しかし、


「ッ!?」


 黄金を纏った深緑の壁がそれを阻んだ。

 突撃した龍はただの蒼炎となり宙に散る。


「まだ、諦めないんですか……メランダ」


 ゼオセァルヴィの前に現れたのは、かつて魔法使いだったメランダ。両手の指いっぱいにはめている指輪のひとつが砕け散ったのをソルティアは見逃さなかった。彼女の使う魔法は、純粋な魔法ではない。ゼオセァルヴィが自ら手を施した威力の高い魔具だ。そしてその分、使用者の負荷も高いはず。


「あらぁ~~~~? ひょうごくで眠っているはずなのに、なんでここにいるのよぉ~~~~? ほんっとしぶといんだからぁぁ~~」

「……」


 何度忠告しても、何度諭しても、彼女はゼオセァルヴィの元を離れない。魔法への執着を捨てない。その理由を知っているからこそ、ソルティアは彼女を傷つけてでも全てを捨てさせようとしてきた。しかし、結局、最後の最後まで彼女を諦めさせることはできなかったようだ。


「どんなに願ってもフリーもシャイも還ってこないんです。……ソーイも」

「……あ?」


 常に浮かべていた薄ら笑いが、その言葉で一瞬にして消え去った。

 僅かに肩が揺れているように見える。


「復讐なんて勝手にすればいいです。でも、悲劇を悲劇で塗り替えたところで負の連鎖は続くばかり。そんなの私は傍観なんてできませんっ!」

「お前がっ……! お前が、それをっ……言うなぁぁあああああぁあッッッ!!!!!!!!!!」


 激昂したメランダの指から全ての指輪が砕け散った。

 途端、頭上に赤黒い魔法陣が展開される。

 同時に巨大な円柱状の鉱物のようなものが現れた。


「っ死にますよ!?」


 メランダはもはや魔法使いではない。魔法陣が刻まれた所謂、魔具と呼ばれる代物を使ったとしてもその威力や効果には限界がある。今目の前で起こっているほどの魔法を魔晶石ごときで実現できるわけがないのだ。そもそも、たとえメランダが魔法使いであったとしてもこれほどまでに強力な魔法は使えなかっただろう。故に、何と引き換えに強力な魔法を使っているのかなんて明白だ。


 案の定、メランダの瞳からは赤黒い血が流れていた。


「あの人を奪ったこの世界もッ、弟と妹を見殺しにしたお前もッ、全部なくなってしまえばいいッ!!!!!!!!」


 叫んだ直後、巨大な円柱状の鉱物が街に向かって降り注いだ。下には多くの住民が避難できずに空を見上げている。


「ちッ!」


 蒼炎の翼が揺らめいた。

 その一瞬で、ソルティアの体は巨大な鉱物を下から支える場所に移動した。


「ッ!!!!!!!!!!!」


 両腕を伸ばすとあっという間に蒼炎が鉱物全体を覆う。

 住民たちから見れば、巨大な蒼炎を纏った隕石が空を覆っているように映っていることだろう。


 ソルティアの体の何十倍もあるものを前に、重ね合わせる指、手のひら、腕から感覚がなくなっていく。息をするのもままならない。

 徐々に落ちるスピードが減速して、


「こッ……のッッッ!!!!!!!!!!!!!!」


 こんじきの瞳が一段と輝いた。

 鉱物に亀裂が入っていく。

 街に落ちる前に空中で粉々にするしかないのだ。

 ソルティアは込み上げる鉄の味を飲み込み、集中した。

 しかし――。


「これでッ……終われるかぁぁああああああッッッ!!!!!!!!!!!」


 ソルティアの右側で赤黒い光が差した。

 重い扉が開かれるような地面をこすりつけるような重低音が響く。


「なっ……!?」


 いま目の前で必至に抑えている巨大な鉱物とまったく同じものが現れ、


「まっ……!!!!!!!!!!!!」


 滑るように落下していった。

 ソルティアにそれを止める余裕はない。

 咄嗟に周囲の魔力を蒼炎に変換した。


「ごほっ――!」


 が、口から血が噴き出した。

 体の中で何かが暴れまわっている感覚。

 それでいて、とてつもなく大きな力がソルティアを引きずり込もうとしている。

 同じ感覚を、以前どこかで経験した。


 落ちていく巨大鉱物を止められる術はない。

 視える未来は多くの命が消え去る悲劇。

 歴史に新たな悪夢が刻まれる未来。


「なん……でッッッ!!!!!!!!!!!」


 蒼炎で覆われた巨大鉱物が空中で粉々に散った。

 同時に、街に届くほんの手前で巨大鉱物が砕けた。

 瓦礫が街に降り注ぎ、家屋を破壊する。


「っ……!?」


 咄嗟に何が起こったのか理解できなかった。

 街に向かって落ちていた巨大鉱物を砕いたのはソルティアではない。

 では、一体誰が――?


 地面に突き刺さる瓦礫の上に立つのは、闇夜のような漆黒の服を着た漆黒の髪をもつ人間。左手には翡翠色の装飾がついた漆黒の剣をしっかりと握っていた。


「アリサー……」


 一瞬、目が合ったかと思うと彼は素早く飛び上がった。


「またお前かぁぁあああああぁああッッッ!!!!!!!!!!!!」


 いつの間にか標的をアリサーに変えたメランダが魔法で彼に突っ込んでいた。アリサーもまた真正面から彼女と対峙する。嫌な予感にソルティアは思わず叫んだ。


「だめですッ! 殺してはだ――――ッ」


 美しいほどに真っ白になった髪が風になびいた。

 左寄り中央に突き刺さった漆黒の剣に、鮮血が流れる。

 濁っていく瞳はここではないどこか、そして誰かへと向かっていた。


「人々を危険に晒す奴を生かしてはおけない」

「くそ……がッ……。この、人……ごろ…………ぃ…………――――」


 動かなくなったメランダから剣を引き抜いたアリサーは、彼女の身体をそのまま地面へと投げ出した。瓦礫の上を何度かバウンドしごろごろと転がっていくと、やがて地面に辿り着いて動きを止める。崩壊した家屋の瓦礫に紛れ、もう彼女の様子を窺うことはできない。


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