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LAST WITCH  作者: 海森 真珠
蒼炎の残り香
57/63

Episode29.2




 中央支部の建物自体は爆発によって倒壊してしまったが、地下は無事だった。

 四方八方、無機質な灰色の壁が続く窓のない廊下。歩く足音が重く響き、照明によって廊下全体はとても明るい空間となっている。廊下を駆けてたどり着いた先に、重苦しい扉がある。フェナンドが持つ剣の柄を扉横に近づけると、地響きのような重い音と共に扉が開かれた。


 そこに広がるのはいくつもの鳥籠がぶら下がる空間。頭上からぶら下がる鎖の先に人ひとりは充分に入れる大きさの鳥籠がついており、そのほとんどは元から空だ。


「久しぶりに入りましたねぇ、魔法使い保護区域“地下天牢”。色々とめちゃくちゃですぅ」

「自分は割と警備の関係で入ってる……というかネル隊員、一昨日の魔封じ点検の付き添い担当になってたと思うが」

「あぁ〜〜! それはロウさんに代わってもらいましたぁ。ロウさんのお小遣い稼ぎに貢献しちゃったみたいですぅ」

「これが、金で解決できることは躊躇せずやるという貴族のお作法なのか……。だからって仮にも先輩を金で釣るのはどうかと」

「あっ! フェナンド隊員、あそこ見てください〜!」


 フェナンドの言葉を華麗に無視してネルは斜め上を指さした。いくつかの籠の扉が開いており、中には誰もいない。元々、空の籠はそもそも扉が施錠されているはずだ。つまり、その光景が意味するのはたった一つ。


「っやはり!」


 刹那、鎖が切れる音がした。


「ひゃあっ!?」


 頭上からいくつもの鉄籠が降ってきた。その下敷きになれば人間はおろか岩だろうがぺっしゃんこだ。ぎょっとしたネルとフェナンドは反射で避けていく。どがしゃん、どがしゃんという豪快でけたたましい爆音が数分間、地下に鳴り響いた。




「っふぅ……玉切れのようだな」

「この間に逃げてればいいのに、なぁんでまだ残っているんでしょう~?」


 少し呼吸の乱れたフェナンドが怪訝な顔をして、暗がりから現れた三人を見やる。彼らの首には魔封じのチョーカーがついているが、その機能を失っているのか瞳がぎらぎらと輝いていた。その内の一人が悔しそうな表情で睨みつけている。


「どれだけこの時を待っていたかっ……! くそっ、ここから抜け出せるように手配されているんじゃなかったのか!? なんで魔狩りがここにいるんだよっ!?」

「ヴァラーノが派手にやるって言ってた余波のようだが、問題ない」

「ああっ!? このどこがッ」

 

 今まさに地下から逃げ出そうとして保護された魔法使いたちが、フェナンドとネルの目の前で言い争い始めた。血の気の多そうな男の苛つきがフェナンドにまで伝わってくる。だが、それを悠長に見学しているほど特殊部隊員は親切ではない。


「落ち着け、ここには俺たちを支援してくれる支援者(ティーター)がいるじゃないか。あいつらも俺たちを必要としているんだ。見捨てるはずはない」

支援者(ティーター)って……もしかして、ヌビ」

「――さすがに油断しすぎじゃないか、魔法使い」

「「「っ!?」」」


 三人の前に現れたフェナンドが、剣を振った。戦闘経験の浅い現代の魔法使いたちが、特殊な訓練を受けたサンクチュアリ特殊部隊員の動きに、反射でついていけることはまずない。故に、彼らもフェナンドの接近に気づくのが遅れた。


「うぐっっっ!」

「ああっ!!!」


 その内二人の肩が裂ける。

 赤い鮮血が宙を舞った。

 うめいた彼らは肩を押さえながらすぐにその場を退く。


「このッ!!!!!」


 怪我を負わなかった魔法使いがその光景を目の当たりにし、顔をしかめた。焦燥が色濃く映る。そして、より一層、瞳が薄桃色に輝くと地下全体の床がぐにゃりと沈んだ。身動きが取りづらく、そこから這い出ようとすればするほど足元が沈んでいく。


「ふはははははっ! 攻撃をぶつけるだけが魔法だと思うなよ!」

「よし、今のうちに出るぞ! ヌビス家の奴と会うんだ」

「うっ……おい、ま――」

「あ?」


 魔法使いたちが喜んだのも束の間、誰のものかわからない腕が一本、宙を舞った。


「……ひっ……ひゃあああああああああッ!!!!」

「なっ!?」

「くそっ!!!!!!!」


 腕から血が噴き出す男が一人。その隣で仲間の血を浴び、状況を掴めず唖然とする男が一人。そして素早く扉に向かって駆けだした男が一人。


「魔封じがないからって何でもできると思われちゃ困りますよぉ~。ここがどこだか忘れちゃいましたかぁ~~?」


 緊張感のないネルの声が逃げ出した魔法使いの耳元で聞こえた。


「うぐっ!?」


 次の瞬間には、その男の腹に剣が突き刺さった。力の入らなくなった体が、がくっとその場に崩れ落ちる。痛みに悶える魔法使いを見下ろして、ネルは容赦なく突き刺さった剣を腹から引き抜いた。


「うがッ――!?」

「……うーん、どうしましょうかねぇ」


 一方、フェナンドはもう二人の眼前で剣を振りかざしていた。


「地下全体に魔封じの効力がある魔晶石が埋め込まれているんだ。貴様ら程度の力でどうこうできる場所じゃない」

「くそがあぁあッ!!!!!!」


 剣先が男の喉を滑るように裂いた。血しぶきを上げ、床に倒れ込む。何度かぴくぴくと痙攣するとやがて絶命した。フェナンドは剣を一振りして、血を払う。びちゃっという水音に、もう一人の魔法使いが大きく肩を揺らした。


「っ……支援者(ティーター)どころじゃないッ!」


 そんな言葉を吐き捨てたと同時に、フェナンドがすぐ目の前で剣を振るう。もう逃げられる隙も余裕も勇気さえ、魔法使いの男には残っていなかった。全てを諦め、目を閉じ、その時を待つ。


「悪く思うな――――…………」

「……?」


 が、何も起こらない。その代わり生暖かい何かが魔法使いの頬に流れ落ちてきた。つんとする鉄の香りが鼻をくすぐり、何かが地面に落ちる音が聞こえた。恐る恐る目を開けると、


「なに……が……?」


 心臓に剣が突き刺さったフェナンドが床に伏していた。ぴくりとも動かない。徐々に溢れ出てくる血が床を染め、その傍らには同じく魔狩りであるネルが立っている。頬についた誰の血か分からない返り血を無造作に手で拭うと、相変わらず緊張感のない声色で言う。


「さっきの話、本当ですかぁ〜?」 

「へっ……え? は?」

「だからぁ〜、支援者(ティーター)がヌビス家だってことですよぅ」


 状況が飲み込めず、目を瞬かせた魔法使いはとにかく首を縦に何度も振った。それを見たネルは「うーん」と腕組みをしながら何かを悩んでいる。


「どうしましょうかねぇ〜〜。こんな話、私聞いてませんけどねぇ〜〜。そもそもヌビス家について正しく理解してるんですかぁ?」

「も、もちろんだっ!」


 得体の知れない恐怖に怯えながら、藁をも掴む思いで魔法使いはネルの話に食いついた。まるで、命乞いをするかの如く、饒舌に話しだす。


「テルーナ王国建国時の立役者である家門、それがヌビス公爵家だ。王室との縁も深いと聞く! それだけじゃなく西域と南域をまたがって貿易、軍事と影響力も強い大貴族だ。何よりッ……裏社会を取り仕切っているのはヌビス家だっ!」

「うわわ、よく喋りますねぇ〜」


 その言葉に、魔法使いの肩がびくりと跳ねた。何がネルの機嫌を損ねるのかまったく予想がつかない状況に怯えているのだ。顔色ひとつ変えずに仲間を葬った様子を目の当たりにし、言葉にできない違和感が表情にも出ている。


 そんな魔法使いの様子を見ながら、呆れたような顔つきでネルは口を開く。


「要は”お金持ち”ってことですよぉ〜。そんなに深く考えなくていいですぅ。それで、肝心なところが抜けてますよぉ〜?」

「は?」

「あなたたちのような魔法使いとヌビス家が手を組む理由ですぅ」

「そんなの決まってるだろ! 便利だからさ! 魔法だと汚れ仕事を確実にできるんだよ。こんな話、お前らの方がよく知ってるんじゃないのかっ」


 回りくどい言葉に思わず声を荒げた魔法使いは、はっとして口をつぐんだ。もはや全てを言い終わってからで遅いのだが、幸いなことにネルは目をぱちくりとさせると、小さく吹き出した。


「ふふっ、そうでしたぁ〜! うっかりですぅ。まあ、あなたたちのような魔法使いがこの地で何をやろうと関係ありませんけどねぇ。……どうせ、お父様もお母様も今はセカンドハウスでバカンス中でしょうし、安全は確保されていますしぃ~~」

「は? お、お父様?」


 一瞬、怪訝な顔をした魔法使いはやがて何かに思い至ったのか目を見開いた。一歩、二歩と弱々しく後ずさると、力が抜けたようにどすんとその場に座り込む。


「ヌビス家には一人娘がいるって……ま、まさか」


 にこりと笑ったネルが、不意に剣を振り上げた。


「お喋りは終わりですよぅ」


 音もなく刃が振り下ろされて、


「――うあああぁああッ!」


 魔法使いの片目を斬りつけた。痛みに悶え、溢れ出る血を押さえる両手が赤く染まる。それを、相変わらず緊張感のない様子でネルは見下ろした。


「この世界は、魔法使いとサンクチュアリで成り立っているわけじゃないんですよねぇ」


 魔法使い保護区域“地下天牢”は血生臭い香りが広がり、三人の死体が転がっていた。


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