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LAST WITCH  作者: 海森 真珠
蒼炎の残り香
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Episode29.1 西の悲劇Ⅲ


 土埃が舞い上がり、瓦礫の山となったサンクチュアリのテルーナ中央支部。近隣の家屋は爆発の衝撃で窓が割れ、木の枝が折れ、もはや悲鳴もあがっていない。何が起こったのか把握できていない多くの住民たちが恐る恐る外を見て絶望する。駆けつけてきた自警団員たちは悲惨な光景に唖然としているだけ。どこからどう手を付ければいいのか、誰もわからないのだ。


「……何が起こったんだ」


 ぽつりとこぼれた言葉に反応する者はいない。

 世界各地に支部を持ち、世界のあらゆる希少種や危険種を保護するサンクチュアリが爆発により悲惨な姿になると、一体誰が予想できただろうか。このような事態になる原因は何か、彼らは一体何を敵に回したのか。自警団員たちはそんなことを考えずにはいられない。


 誰かが足元の砂利を踏みしめたその時。


「――ッう」


 何かのうめき声が聞こえた。

 自警団員のひとりがそれにハッとすると、さらに、


「――はいやぁっとぉ~ッッッ!!!!!」


 瓦礫の一部が内側から吹っ飛んだ。中から現れたのは、首まで覆われた漆黒の服を着た女性隊員だった。特徴的な薄桃色の髪には土埃がついており、大きく息を吸ったかと思うと、全てを吐き出すように肩を上下させる。


「ふぃ〜〜〜〜! 死ぬかと思いましたぁ~~~~! びっくりですぅ」

「なっ……! ……あ……だ、大丈夫ですかっ!?」


 呆気に取られていた自警団員が彼女に近づこうとすると、なぜか制止を受けた。


「あっ、だめですだめですぅ! 瓦礫のどこに人が埋まっているかわからないでしょう~~? こっちにきちゃったら踏んじゃいますよぅ」

「えっ、しかし怪我人を救助しなければっ」

「あぁ~~、いいですいいですぅ」


 この状況にまるで似つかわしくない態度に、自警団員たちの多くは眉を寄せた。そんな彼らの雰囲気を知ってか知らずか、サンクチュアリの女性隊員は相変わらず緊張感のない声色で続ける。


「ここは私に任せて、街の人たちの様子を見てきてください~! 絶対に外には出ないでって伝えて下さいねぇ」

「はっ……? い、いやしかし、貴女一人で救助は」

「あなたたちがいる方が邪魔なんですぅ! もうぅ~~!」

「えっ? え? それはどういう」

「――おいっ!」


 目を白黒させる若い自警団員の肩を、後ろから遅れてやってきた別の団員が叩いた。そのままぐいっと後ろに引くと、引き締まった表情でサンクチュアリの女性隊員へ謝罪の言葉を口にする。


「申し訳ない! サンクチュアリ特殊部隊のネル保護官ですかな。うちの若い者が失礼した。貴女の判断に従おう」

「あっ! 中隊長さん! こんにちわですぅ」

「あ、ああ。では我々はこれで失礼する。何かあればすぐに知らせてくれ。この状況を打破できるかはサンクチュアリにかかっていること、くれぐれもお忘れなきように願いたい」


 自警団の中隊長である壮年の団員はネルの言葉に苦笑いをしながら、他の団員たちを引き連れ去って行った。テルーナ王国の治安を守るのは自警団だが、サンクチュアリの力をよく知っている彼らは、魔物やそれ以上の危険種を相手にする特殊部隊の存在も理解している。それ故に、隊員数が少ないことも相まって、特殊部隊員の名前と顔は把握しているのだ。よってネルも例外ではなかった。


 彼らの背中に向かって手を振っていると、ネルの後方の瓦礫が僅かに動いた。


「あっ」


 ネルが振り返った直後、瓦礫がみるみる砂へと変わっていった。やがて、それをかき分けるように下から現れたのは、


「――ひどい目にあったわ」

「ユリィさん~~!」


 医師のユリィだった。所々穴のあいた汚れた白衣を身に纏い、普段かけている銀縁の眼鏡はどこかへいき、綺麗なクリーム色の髪は乱れている。それでも、ぱっと見、大きな怪我はなかった。


「あれぇ? それ一体どうやったんですぅ?」

「これは正常よ、安心して」


 ネルの疑問に対して、ユリィは首元の魔封じであるチョーカーを指さしながら簡潔に答えた。元瓦礫だった砂の上に立ったユリィは周囲を見渡す。


「妖精が要らない気を遣ったの。代わりに寿命を5年ほどもっていかれたけど」

「ひゃあ~~! それ、トスさんには絶対言っちゃだめですよぉ~?」

「頼まれても言わないわよ。……あとが面倒だし。そんなことより、そこ」


 爆発によって無残に倒壊した支部の残骸を見渡していたユリィが、ある一点を指さした。それを視線で追ったネルは「はあいっ!」と元気良く返事をすると、その場所にとことこと近づいて、


「せいやぁっ!!!」


 可愛らしい声と共に、瓦礫が宙を舞った。ネルによって吹っ飛ばされた瓦礫は綺麗な弧を描き、どがん、がしゃんという音を立てて地面に叩きつけられた。


「うっ……くっそ……!」


 どけられた瓦礫の下から、プラトンの姿が現れた。砂埃に顔や体が汚れている。手足は動かせないが意識はなんとかある状態だ。それを確認したネルが安堵の声を上げようとして、気づく。とても濃い血の香りに。ふと視線をずらすと、彼の隣にはもう一人隊員がいた。


「あ……」

「っユリィ!!!!!!!!!!」


 自分も怪我で苦しいはずなのに、プラトンは吠えるように叫んだ。


「っ!」


 すぐさまユリィはプラトンの隣で動かない第二部隊所属のショウに駆け寄った。うつ伏せになった彼を覗き込む。腹部に視線をやってすぐにユリィは顔をしかめた。そして言う。


「助からない。出血が多すぎる」

「っ……」


 言葉を失ったプラトンは奥歯を噛み締めた。だが、悠長にしてはいられない。他にも瓦礫に埋まった隊員たちがいるのだ。


「ネル、瓦礫の撤去を進めろ」

「……はぁい!」


 プラトンの硬い声色に、相変わらず緊張感のない返事をしたネルはユリィに指示されるままに瓦礫を片っ端から吹っ飛ばしていく。ほとんどは怪我をしているが意識のある者が多く、ショウのように命を落とすという最悪の結果は免れていた。怪我をして療養中だった特殊部隊員のイルディークもユリィの近くにいたことが幸いして、早い段階で無事発見された。しかし、テルーナ王国のサンクチュアリ支部崩壊と多数の負傷者を出した例は初めてだ。


 粗方、救助ができたところで右足の感覚がないプラトンは、特殊部隊員のふたりに声をかけた。


「ネルとフェナンドは地下へ行って保護してる魔法使いを見てこい。恐らく地下の結界も崩壊してるだろう。抵抗する者がいれば、わかってるな」

「はい。緊急事態ですので、規則通りにします」


 トスを庇ったせいで足を負傷したフェナンドは、顔をしかめながら立ち上がった。その姿を見てトスが心配そうに謝罪をする。


「フェナンド隊員、怪我は大丈夫ですか。すみません、俺を庇ったばかりに」

「問題ないです。それに魔法使いが相手の時は2人体制が鉄則ですから」

「アリサー隊員が首都を離れているこのタイミングというのが何とも……」


 トスの言葉に対してプラトンが厳しい口調で言い返す。


「アリサー1人を頼りにする考えは捨てろ。そもそもあいつは派遣隊員で、いずれは北の本部に戻るんだ。ひとりの戦力に頼ってんじゃ組織の意味がねぇんだよ。とにかく、魔法使いの相手は特殊部隊員しかできねぇ。頼んだぞ」

「はあい!」

「了解です」


 それぞれ返事をしたネルとフェナンドは、地下の入り口へと向かった。


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