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LAST WITCH  作者: 海森 真珠
蒼炎の残り香
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Episode26.2


「状況を説明してもらえるかな」

「いやどう考えても今この場で説明すんのはあんた」

「その武器は?」

「……本部研究班の最新発明品っすよ。魔法使いだけを狙い撃ちして押さえ込む、その名も”狙いウッチー”っす。原理は〜……あー、なんだったっけ? 忘れちった」


 地面を引きずっていたハンマーを、フレインは「よっこいせ」という掛け声と共に持ち上げた。を両手でしっかり持ち直すと、ウブな乙女がイチコロで惚れてしまいそうな爽やかな笑顔で言う。


「一度目は魔法使いの自由を潰す。んで、二度目は命を潰す! らしいっすよ」

「……狙い撃ち要素はどこ?」

「気にしたら負けっすね」

「どうせなら”つぶつぶツブッチー”とかどうかな」

「あんた研究班に転職したらどうっすか。才能ありだわ」


 押さえつけられる原因はわからない。だが、魔法使いに効果があるのだとすれば、フレインの待つ武器は恐らく魔力に反応しているのだろうとソルティアは推測した。魔力を吸えば吸うほど大きく重くなるおもりがソルティアの上に乗っている、そんなイメージだ。魔法を使おうと抵抗すればするほど身動きがとれなくなる、魔法使いにとっては厄介な武器。


 だからといって、無抵抗のままなら二度目の攻撃を受け殺される。これ以上、無理をするわけにはいかないが仕方ない。小さく舌打ちをしたソルティアは一瞬、全身の力を抜いて、


「おっ? へばったか? んじゃ、遠慮なくいかせてもら――」

「ッッ!!!!!!!!!」


 自然との繋がりを全力の一歩手前まで解放した。


「うおッ!?!?!?!?」

「なっ!?!?!?!?」


 小さく鋭い氷の刃がソルティアを中心に飛び散る。完全に気を抜いていたフレインはそれを避けながらよろけ、イリスは眩しさに片手で顔を覆った。よく見ると氷の刃は、氷の花びら。ひらひらと地面に落ちると蒼白い炎と共に燃え尽きる。


「――…………」


 先ほどまで深々と降っていた雪がぴたりと止まり、不気味なほどな静けさが辺りを包んでいる。

 体勢を立て直したフレインはゆっくりと視線を上下させた。ただ目の前の魔法使いと形容してもいいのか躊躇われる存在から目を離すことができない。たっぷり2周はしたであろう時、吐き出すように呟いた。


「ま、マジもんの化け物じゃねぇか……!」

「ぁ……うァ……」


 ボキボキと骨の折れるような音が、静まり返った空間に響く。生き残った魔法使いたちは身を寄せ合い、ソルティアに恐怖の視線を向けている。イリスでさえ、険しい表情を浮かべた。


 全身を逆流するような血の流れが、もはや体を内側から刺し、ぼんやりとする頭は現実にいるのか夢の中なのかさえ、判断がつかないほどに意識を混濁させる。手足に力は入っていない。ぶらんとぶら下がった手足は宙に投げ出され、背中から生えた赤黒い骨のような翼がソルティアを起こした。宙に浮いたまま俯いていた顔を上げると、軽く口を開け、


「っフレイン!」

「――――」 


 フレインの体は自然の原理を無視し、真後ろへ吹っ飛ぶ。容赦無く石の柱に打ち付けられ、うめいた。


「うァッ――――!?!?!?」


 何が起こったのか、誰も理解できない。だが、ソルティアの攻撃をフレインが受けたことだけはわかった。頭から血を流し、ずるりと崩れ落ちていくフレインの姿を見てイリスが地面を蹴った。振り上げられた剣が美しく弧を描く。


「ッ!!!!!!!!」

「――――」


 赤黒い骨のような翼が、いつの間にか姿を変えイリスの剣を防ぐ盾となった。


「理性を飛ばしたようだね、魔法使い――――ッ!?」


 すぐに身を引こうとしたイリスを逃さんと、赤黒いツタが剣を持つ腕に巻き付いた。抵抗する間もなくあっという間にイリスの体を縛り上げ、宙に晒す。


「うぐッ」


 ソルティアと自然を隔てるものは薄いベールほんの一枚。しかもここは魔法使いが愛する北の地。ソルティアが望めば叶わないことはない。それなのに、意識が何かに引き摺り込まれそうになる感覚がソルティアを襲っていた。それでいて、別の何かと反発するかのように押し返される感覚。


「ぁア……ッ」


 その煩わしさから逃れるように目の前で苦しむイリスに視線を向ける。赤黒いツタにはやがて棘が生え、彼女の体に食い込んで血を流させる。


「うぁッッ!!!!」


 彼女の細い首にツタを這わせる。

 あとほんのひと捻り。

 それで終わりだ。


 魔法使いたちを道具のように使い、そして捨てた魔狩り。彼らの声を聞かず、彼らの命を羽のように軽く考える人間に慈悲を施す理由も、生かす理由もない。


 だから、躊躇いなく力を込めたその瞬間、


「ごほッーーーー」

 

 大量の血がソルティアの前を染めた。

 それはイリスの血ではない。


「……ぁ?」


 この場において何よりも濃く死に近い香りが漂う。

 不意にイリスを縛り上げていた赤黒いツタがなくなり、彼女の体は地面へと投げ出された。それを見ながらソルティアは再び吐血し、


「く……そっ……!」


 崩れ落ちるようにその場に両膝をついた。体を支えきれず、うずくまるように両手が血溜まりへと沈む。尋常ではない量の血を見て、悟る。


「まだ……まだ、こんなところで、死ねないっ」


 血だまりに向かって言葉を吐き捨てた直後、人の気配を感じた。


「――死んでもらわないと俺らが困るんでね」

「ッ!? ――――あガッッッッ!!!!!!!!!!!」


 フレインの声が聞こえた途端、脳を揺らす衝撃に、ソルティアの意識は一瞬遠のいた。体は地面を転がりながら城壁にぶつかり、やっとその勢いを失くす。たらりと、熱い何かが頭から流れ落ち目の前を赤く染める。


「うぐッ」

「――まだ終わりじゃねぇよ?」

「っ!?」


 起き上がる力さえないソルティアの真上で、フレインがハンマーを振りかぶった。浅い呼吸と遠のく意識の中、ソルティアはその動作を見ていることしかできない。指の先ですら、もはやほんの少しも動かせないのだ。体に負荷をかけすぎた結果、ソルティアは限界を迎えた。もう自分の意思で体を動かすことはできない。呼吸でさえ、できているのか定かではない。


 ゆっくりとした動きに見えるソレを目で追っていると、見覚えのある漆黒の剣が突然現れた。


「ッ!? ……っおいおい、勘弁してくれよ」

「そこまでです、フレイン先輩」


 フレインの攻撃を漆黒の剣で受け止め、アリサーは弾き返した。いつもの淡々とした口調はどこかへ消え、今の彼はどことなく焦っている。すでに目を閉じて静かに呼吸だけを繰り返すソルティアの耳にそんなアリサーの声が届いた。


「フレイン先輩、イリス隊長、戦闘は中止です。今すぐ武器を収めてください」

「副隊長って呼べよ、バカ」

「……アリサー」


 苦々しく呟くフレインとイリスに答えるように、アリサーは律儀に「はい」と答えて続ける。


りょくのレーダン殲滅は成功、魔法使いソルティアも戦闘不能です。これ以上の戦闘は無駄です」

「黙りなさい。魔法使いソルティアは今ここで殺す、これは上の決定だよ。今のは聞かなかったことにする」


 アリサーの言葉を無視して、イリスが剣を握り直した気配がした。しかし、イリスの行く手をアリサーが遮っているのか、追撃はない。


「今この時をもって俺の西域派遣は終了しました。そして、たった今俺は本部所属サンクチュアリ保護官兼次期統率者筆頭候補イグレンの地位につきました。この場で最も優先されるのは、俺の発言です」

「うーわ、やりやがったなお前……」


 ハンマーが地面に突き刺さる重い音と、フレインのため息がこの場における戦闘終了の合図になった。怯えていた魔法使いたちの安堵のため息と、魔狩りたちのおずおずと様子を見ながら武器を収める金属音が静かに響く。


 だが、ただ1人怒りで肩を震わせている人間がいた。


「あの男が……っこのタイミングでアリサーにイグレンを与えるはずがない。アリサー、一体何を話したのっ! 弱みを見せたらあの男の思うツボだということが分からないっ!?」

「何があろうと、俺が統率者になることは変わりありません。生まれた瞬間からそれは決まっていたんでしょう? 俺の意思とは関係なく。であれば、過程など意味はない」

「随分な言い方だなぁ〜。反抗期かよ」


 剣を鞘に収めたアリサーは、ソルティアの体を抱きかかえた。血がつくのもお構いなしに、生気を失ったソルティアを腕におさめる。 


「アリサーっ!」

「テルーナ王国中央支部へ移動します。ソルティアの治療はユリィさんが適任ですから」

「おぉい、こんな状態のイリス先輩、残していくなよ……」


 アヴァリスの花の香りが、ほんの少し鼻を掠めた。それが、ソルティアが意識を失くす直前に感じた全てだった。


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