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LAST WITCH  作者: 海森 真珠
蒼炎の残り香
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Episode26.1 守りたいものⅡ


 無残な姿になった同胞たちを空から見やる。戦闘訓練を積んだ魔法使いで構成されたりょくのレーダンといえども、皆がみな、憎しみに心を燃やしているわけではない。悪の限りを尽くそうと企んでいるわけでもない。ただ、認められたいと思う者もいれば魔法の可能性に夢見た者もいるのだ。そんな彼らの心を、絶望に落とし、復讐に染め上げたのは他でもないサンクチュアリ。


「誰が始めたかなんて、私たちにわかるわけがない。だから、終わり方もわからないんです」


 ソルティアは静かに両手を口元に寄せた。仄かな光と共に現れた蝶を、散った同胞たちに放つ。数百の光の蝶が彼らを包み、あっという間に光の粒へと変え空へと昇って行った。どこか遠くへ身も心も旅をするように。何の憂いもなく、ただ自由に飛んでいけばいい。そんなことを胸に、ソルティアは彼らを見送った。


 目を伏せ、深く息を吐く。いつの間にか分厚い雲が空を覆い、体の芯まで冷える寒さが襲っていた。やがて雲からは深々と雪が降り注ぐ。ゆっくりと開かれた瞳に、一切の情はなかった。


「戦闘準備。標的は希少種及び危険種の魔法使い、銀の魔法使いソルティア。目的は”殲滅”。――撃てッ!」


 イリスの声とソルティアが無数の氷剣を放出させたのは同時だった。城壁から数多の弓矢が飛ぶ。魔法でできたそれらと氷剣はぶつかり合い、弾けた。衝撃で突風が辺りを襲う。ソルティアの長い灰色がかった藍色の髪が舞い上がった。


「ちッ!」


 立て続けに数体の獣がソルティアに向け咆哮する。


「ガァアぁアッッ!!!!!」


 飢餓状態で狂った獣たちを視界に捉え、ソルティアは逆に接近した。氷の翼を羽ばたかせるたびに周りには冷気が漂い、木々は凍てつく。刹那、ソルティアの瞳の輝きが増し、


「――誰に楯突いてんですか?」

「ぐガッ――!?!?!?!?!?」


 その言葉を合図に、牙を剥き涎を滴らせた獣たちが一斉に向きを変えた。向かうは城壁付近で悠長に観戦していた魔狩りたち。


「なにッッ!?」

「っ化け物が!!」

「殲滅しろッ!!!」  


 突如、牙を剥く先を変えた獣たちに驚いた彼らは、慄きながらも剣を抜いた。獣たちの相手を始めた魔狩りたちを横目にソルティアは城壁に向かった。城壁の上では冷めた視線を向けるイリスが佇んでいる。


「……あなたたちは、何のために戦っているんですか?」


 ソルティアの問いかけは魔法使いたちには届かない。それでも、問わずにはいられなかった。再び魔法の予兆を感じとる。それらが形になる前にソルティアは城壁に向けて氷龍を力いっぱいぶつけた。


「ッ!?」

「うわあああ!」

「きゃあっ」


 衝撃で一部が崩壊する。足場の悪くなった場所で、魔法使いたちは体勢を大きく崩していた。初めてその顔に恐怖を映す。


「む、むりッ」

「これ以上はやれないよっ!」

「俺たちがいくら束になったってこれじゃっ――!」


 ソルティアに対して勝ち目がないと判断した魔法使いたちが、騒ぎだした。ソルティアよりも若いと思われる彼らが口を開けばより一層、幼さを感じさせる。だが、彼らの首につけられた魔封じが自由を奪う。


「ひぁッ!」

「うぐぁあっ」

「あぁああッ!」


 苦しそうに頭を抱えその場にうずくまった。

 一体、自分は誰と戦っているのか。

 ソルティアは苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。


「……使えないね」

「あ?」


 イリスの言葉がはっきりと聞こえた。氷の翼で宙に浮くソルティアを見ながら、イリスが魔法使いの1人の背後に立った。その瞬間、ぞわりと背中に得体の知れない何かが走った。


「……ッ!?」

「でも使い方はまだある」


 イリスの左手が魔法使いの髪を掴む。

 素早く腰から抜いた短剣を右手に持ち、


「まッ――!」


 細いその首を躊躇いなく掻き切った。


「ァッ――――……………」


 ゆっくりとその場に崩れ落ちた体から、赤々しい血が流れる。じわじわと床の石を赤く染めていく。隣の魔法使いは顔を背けたが、容赦無くイリスに髪を掴まれる。彼女の視線は手元ではなくソルティア。じっと見つめてくるその瞳は、まるで挑発しているかのようだ。


 そして、あとは同じことの繰り返し。

 切る、倒れる、切る、倒れる。


「あぁっ…………!!!!」


 その光景を目にし、怒りで震え出したソルティアの体から抑えきれない感情が溢れ出した。それは辺りに漂い猛毒へと変わっていく。


「うぐッ」

「な、なんて濃さだっ!?」

「魔力耐性が特殊部隊平均以下は待避ッ! 待避ーッ!」


 制御を失った濃密な魔力はただの毒。しかも、猛毒だ。魔法使いを相手にする特殊部隊隊員は基本的に魔力耐性が高い。だが、それでもソルティアからの暴力と表現するほかない魔力に危険を感じたのだ。血相変えて避難を促している。しかし、そんな彼らの様子にソルティアは全く気がつかない。震えながらイリスの行為を見つめている。それも、そろそろ限界だ。


「一体……一体いつまでっ! いつまでこんな事を繰り返すんですかッ!!!!!!!」


 ソルティアが身を屈めた瞬間、その姿は城壁目の前まで接近した。誰もその速さを目では追えない。


「殺すッ!!」 


 無数の氷剣をイリスめがけて打ち込む。魔法使いたちが感じた苦しみ以上の苦痛を味合わせてやる、その一心で。刹那、2人の間に黒い影が走った。


「ルティッ!!!!!」


 漆黒の剣が、全ての攻撃を迎え撃った。が、イリスを庇うように刃を向けるアリサーにソルティアは躊躇いなく魔法を打ち込む。


「邪魔ッッ!!!!!!!!」

「ッ――!?」


 その威力に体を支えきれず、アリサーは真横に吹っ飛んだ。アリサー相手に手加減するとでも思ったのか、イリスの目が驚きに見開かれる。そのまま勢いを失うことなく、ソルティアは城壁の上にいる彼女へ突っ込む。もう二人の間を阻むものはない。


「ッ!?」

「今回はそっちがはじめたんです!」


 しかし、氷剣がイリスの心臓を衝く寸前、


「――うぐァっっ!?」


 ソルティアの体は抵抗する余地なく地面へと叩きつけられた。

 何が起こったのか一瞬理解が追い付かず、とにかく身動きが取れないほどの重圧がソルティアを襲った。衝撃で脳は揺れ、息が詰まる。


「ぅぁッ」

「へいへいへーい」


 唐突に軽やかな男の声が聞こえた。


「イリス先輩、独断専行もいいところっすよ。なに勝手に本部保護下の魔法使いたちを殺しちゃってんですか。勘弁してくださいよぉ」


 イリスのように落ち着いているわけでもなく、嬉々として戦闘を楽しんでいるわけでもない、掴みどころのない声色が、殺伐とした空気をほんのりと溶かす。


「先輩がそんな調子だから、本部特殊部隊副隊長のこの俺が行けって言われちゃったじゃないっすか~。今日俺、非番だったんすよ? 夜景の綺麗な高級宿屋で美女と熱~い夜を過ごしてたのに」

「フレイン・クィンザ……?」

「ちょっ、疑問形なの微妙に傷つく……。あんた学生のとき周りが引くぐらい俺のことパシってたじゃないすか、イズリット先輩と……おっとこれは禁句だった」


 目に見えない力で地面に抑えつけられながら、ソルティアは現れた人物になんとか視線だけを向けた。くるくるとした明るい茶髪の男が、気だるげにイリスに話しかけている。手には大きなハンマーを持っており、ハンマー部分は人間の頭3つ分ほどの大きさだ。


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