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LAST WITCH  作者: 海森 真珠
蒼炎の残り香
49/63

Episode25.2


 切り替わった視界に飛び込んできたのは、思考が追いつかないあまりに暴力的で一方的な光景だった。魔法使いらしき集団にその倍、いや、4倍ほどの魔物の群れが襲っていたのだ。剣を片手に魔法使いと対峙するはずの魔狩りたちはサンクチュアリ本部の城壁を背にし、その光景を観察していた。


「なに……が……」


 魔法陣で魔法を発動させる前に、魔物の大群が魔法使いたちを襲う。細い体に噛みつき、肉を引きちぎり捕食する。彼らは悲鳴をあげることも、逃げることもしない。戦うこと以外を知らないかのようにただ魔法を放つ。魔狩りが魔物を使役することも、愚かな同胞たちが蹂躙されている光景も、まるで別世界の出来事を見ているようだった。


「……」


 ふらりとソルティアの足が一歩、前へ出た。同時に、周辺の気温が一気に下がる。しん(しん)とした重苦しい空気が立ち込め、足元の草花が凍てつき、木々に霜が降りる。その変化にいち早く気づいたアリサーがはっとした。


「ソルティア!?」


 途端、ソルティアの背に凍てついた翼が形成された。ばさりと風を起こすと、体が宙に浮く。ソルティアの視界には、もはやアリサーはいない。ただ、今まさに散っていく同胞のみが映る。おもむろに身を屈めたかと思うと、一気に飛び上がった。


「まッ……!?!?!?!?」


 アリサーの手が空を切る。 

 欠けた月を背後に、狂気じみた銀色の瞳が輝く姿があらわになる。月明かりがこう(こう)と照らすその姿は神秘的でもあり、不安定で危険な香りを漂わせていた。そして、


「ふっ……ざ、けるなぁあああああああぁぁぁぁッッッッ!!!!!!」


 勢いよく急降下した。

 風を切って急接近してくる魔法使いに、魔狩りが気づく。


「なッッッ!?!?!?」

「ッ!? いっ、1、2班戦闘用意ッ!!!!!!」


 しかし、すでに遅すぎた。

 ソルティアという魔法使いの登場と、魔法使いを襲っていた魔物の大群が氷漬けになるのは同時だったから。


「な、なんだとッ!?」

「あ……り、えない……」


 ソルティアが降り立った瞬間、氷漬けになった魔物たちが粉々に砕け散った。ほんの数秒前まで魔物だった残骸はきらきらと宙を舞い、ソルティアの登場を美しく残酷に飾った。


「っ……」


 地面を赤く染め上げ、命のともしびを消した同胞たちだったモノを見て、ソルティアは唇を噛んだ。保護という名目を捨て、殲滅に切り替えたサンクチュアリの判断にソルティアが怒りを感じる余地はない。だが、やり方があまりにむごく残忍すぎる。命あるものへの尊厳を無視し、獣の餌として姿形まで消し去る意味がどこにあるのだ。抱えきれなくなった鬱憤と憎しみを全てぶつける行為は一体、誰の指示なのか。


 見るも無残な姿になった同胞たちを弔おうと手を向けた直後、六人の魔狩りに囲まれた。穏便に対話を、なんてことは勿論ありえない。殺気立った視線を一心に浴びる。


「ッ!」


 四方八方から切りかかる魔狩りを、背に形成された氷の翼が迎え撃つ。触手に姿を変えたそれが、六人分の攻撃を受け止めた。そのまま力づくで魔狩りごと吹き飛ばそうとした。しかし、


「――あ?」


 妙な違和感に、足元を見る。

 が、その一瞬が命取りだった。


「ガッッッ!?!?!?!?」 


 地面から突如現れた鉄の矢が、ソルティアに直撃した。寸前で身を引いたが間に合わず、細く軽い体は真上に叩きあげられる。


「くッーーーー!?」


 衝撃に目が眩む中、真上から先ほどの魔狩りたちが剣を振り下ろす瞬間を捉えた。見事な連携だ。笑う余裕なんてないソルティアだが、なぜがそんなことを思ってしまった。


「なめるなぁあッ!!!!」


 突如現れた無数の小さな氷柱が、ソルティアを中心に飛び散った。


「あああッ!!」

「うわぁッッ」

「ぁがッッッ!!」


 鋭利なその攻撃を浴びた魔狩りたちは、すぐさま後退する。彼らの汚らわしい返り血をその身に受けないように、ソルティアもその場から飛び退いた。裂傷を負った魔狩りたちは仲間の手を借りて、すぐに安全な場所へと戻っていく。


 刹那、目の前が歪んだ。

 

「くッ……」


 その様子を悟られまいと、背後から数百の氷剣を出現させた。刃のその切っ先は、もちろん魔狩りたちに向けている。灰色がかった藍色の髪、銀色の瞳を持つ少女の姿の魔法使い。その背後から無数の氷剣が現れた光景に、サンクチュアリ本部の魔狩りたちでさえ息を呑んだのが伝わった。緊張で一気に空気が張り詰める。


「結局、ボクたちに敵対するんだね。魔法使いソルティア」


 そんな中、淡々とした声が響いた。声のした方へ視線を上げると、そこには見知らぬ人物がいた。


「……?」


 金髪ボブに、闇夜のような漆黒の制服を着て、胸元には隊長格を表すブローチをつけた小柄な女性だ。彼女の瞳には明確な殺意が籠っていた。


「魔封じも意味はなかったか……。強力すぎる力は、わざわいしかもたらさないんだよ。ボクの言っている意味、わかるよね」

「さあ」


 城壁の上にいる魔狩りの女性からの問いかけに、ソルティアはつれない返事をした。その返答に一切の興味を示さず、名乗りもしない彼女は続ける。


「これも全てあいつの思い通りだったなら、吐き気がするけど仕方ない。この機会、みすみす逃すわけにはいかないからね。姉さんと義兄さんの仇、今ここでとらせてもらうよ」


 その言葉と共に右手を軽く上げた。すると、それを合図に城壁の上に新たな人間たちが数十人現れた。魔狩りがいくら増えようと攻撃のパターンや火力が同じなら意味がないものを、そう思ったのも束の間。彼らを見た瞬間、ソルティアの肩がびくりと跳ねた。


「っ……クズが」


 そう吐き捨てた直後、彼らの眼前に魔法でできた数十の黒鳥が現れた。全身真っ黒な鳥を模したその生き物の顔先はソルティアの方。迷うことなく真っ直ぐに向かってくる。


 禍々しい空気をまき散らす黒鳥越しにソルティアは城壁の彼らを見やる。成人したばかりと思われる魔法使いたち。精神を操られているようには見えないが、一体何を思ってそんな場所からソルティアを見下ろしているのか。サンクチュアリへの計り知れない嫌悪感と、なぜか乾いた冷たい風が心に吹き抜けた。


「……」


 ソルティアを食い殺さんと迫りくる黒鳥をただ見つめると、不意に生暖かい涙が頬を伝った。と同時に、黒い影がソルティアの視界を奪った。


「っ!?」


 漆黒の剣が襲い来る黒鳥を一掃していく。舞うように、流れるように、それでいて確実に仕留めていく。数十の黒鳥がその姿を消すまでそう時間はかからなかった。


「なぜ……」


 目の前に現れた魔狩りのアリサーに、ソルティアは目を見開いた。ただ現れただけではない。サンクチュアリ本部前で、敵対する魔法使いを庇ったのだ。それが彼の身をどれだけ危うくするか、容易に想像ができてしまう。案の定、城壁の上で魔狩りの女性が毒づいた。


「アリサー、今、自分が何をしているか自覚はある?」

「はい。イリス隊長こそ、落ち着いてください。貴方は状況を正しく理解できていない。魔法使いソルティアを殺せば、取り返しがつかない状況になります。いにしえの魔法使いと接触するためには彼女の存在は貴重なはず」

「突然邪魔立てして何を言い出すかと思えば……。毒が頭まで回ったの? 今回のコレがエルタニアサスを叩く名分になるんだよ。十分すぎる。お釣りがくるほどに。……もう、そんな危険な魔法使いは必要ない」


 再び、イリスは合図を出すべく右手を挙げた。他の魔狩りたちはアリサーとイリスのやりとりを見守り、ソルティアへの注視を怠っていない。この状況下でソルティアが取る行動はひとつだ。もう、幼かった頃のように迷いはしない。


「何があろうと、私は同胞を殺せない。それは、貴方も同じでしょう」

「っソル――!」


 背後で呟いた言葉に振り返ったアリサー。彼の驚きに満ちた瞳を見ながら、ソルティアは氷の翼を大きく羽ばたかせた。


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