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LAST WITCH  作者: 海森 真珠
蒼炎の残り香
44/63

Episode22.2


 一連の行動を見て、散らばっていたパズルのピースがひとつひとつはまっていく。ソルティアの中で全てが繋がった。


「深紅眼の真価は……魔力の見分け、か」


 忌々しく呟くと、ハイルが僅かに目を見開いた。


「その通りだ、ティア。深紅眼は魔法使いを見分ける。それが我らにとってどれだけ煩わしいことか。それさえ……それさえっ、なければッ!」


 ゼオセァルヴィの気持ちの昂りに呼応して、彼が纏う炎がより一層、舞い上がった。熱風が氷の触手をも溶かす。


「ッ! 師匠」

「……あぁ、取り乱したな。はぁ……、お前は俺の願いを叶えられる最後の魔法使い。だから選ばせてやろう、ティア」

「何を……?」


 嫌な予感に僅かに声が上ずった。

 遠い過去に想いを馳せるいにしえの魔法使いは虚な瞳で言う。


「今代のミルフィスか、次代のミルフィスか」

「…………」


 自分の纏う冷気にあてられ体が氷のように冷たい。これからやるべき自分の行動に吐き気がしているのか、目の前の恐怖から顔を背けるように、思わず俯いた。心配そうな視線を投げかけるイサナも、刺さるような憎悪を向けるハイルも、世界樹に眠る女性しか受け入れられないゼオセァルヴィも、あまりに身勝手だ。彼らの想いの中に、尊重という文字はない。


 こぼれ落ちる涙を拭うと、ゆっくりと顔をあげる。

 銀色に輝く瞳で何の迷いもなく真っ直ぐハイルを見た。







 北の帝国オルセイン北部主要都市ルーアン。皇城がある首都と同規模であり、都市のさらに北部には世界考古学研究所エルタニアサス本部が厳かに君臨している。昔から魔法と縁の深いルーアンの地では伝統工芸が盛んで、生活水準は高いが様々な新しい文化を取り入れる首都とはまた違った繁栄をしている。


 優雅にティーカップに紅茶を注ぐ男から視線を外し、テルーナ中央支部特殊部隊隊長のイリスは窓の外を見た。明るい日差しの入り込む豪華な部屋も、手触りの良いふかふかのソファも、瑞々しい深緑が広がる手入れの行き届いた巨大な庭園も、この男には似合わない。


「……毒に関する書物を探しているの。エルタニアサス大所蔵庫に入る許可がほしい。これは取引だよ」


 何の脈絡もなく口を開くと、眼帯の男は軽く笑ってティーカップをイリスの前に差し出した。腕組みをしたままそれをちらりと見たイリスは眉を寄せる。


「仲良くお茶をする関係じゃないはすだけど」

「君こそ人にものを頼む態度じゃないね、イリス。相変わらずだ。というか、久しぶりなんだからお茶ぐらい良いじゃないか」

「取引だと言っているでしょう、イズリット・アルレ


 くすくすと上品に笑う姿はまるで貴族令嬢のよう。以前はそれが珍しく新鮮に見えたが、今ではもはや鬱陶しくて仕方がない。思わずソルティアのように遠慮なく舌打ちしそうになり、何とか押し留まる。


「教皇だなんてやめてほしいなぁ。5年経っても慣れていないっていうのに。……それで、君が提示してくれるものは?」

「テルーナの学術の園の件、サンクチュアリは手を引く」

「……大胆だね」


 学術の園の地下での残虐な行い、そしてそれを主導した元魔法使いの存在はもちろん、その後の調査で驚くべきことがわかった。教職員はおろか、学生の中にも魔法こそ全ての存在の頂点であるべきだという魔法崇拝を行う魔法狂信者が多く紛れ込んでいたのだ。


 しかし、学術の園側の強い反発によって彼らを捕まえることはできていない。その後ろ盾となっているのはきっとエルタニアサスだ。出資が多いということ以外、何も認知しておらずエルタニアサスの浸食を許してしまったサンクチュアリの責任は大きい。テルーナ王室からも今回の件は白黒つけろと圧力をかけられている。そのような状況の中の、この提案だ。しかもイリスの独断である。


「テルーナ王と喧嘩でもするつもりかい?」


 サンクチュアリの内部事情を知っている口振りで茶化すイズリットを、イリスは睨んだ。当の本人はやっと自分の方を向いたイリスに嬉しそうな表情を向ける。


「無駄話をしている暇はないよ。取引をするの、しないの」

「断る理由はないかな。でも、大所蔵庫に君を入れるわけにはいかない。あそこに入れるのはわたしを含め……三人だけだから」


 少し押し黙ったイリスは、それならと前もって準備していた言葉を紡ぐ。


「冷気が体を蝕む毒について書かれた書物さえ手に入ればいい」

「それは……」


 目をぱちくりとさせたイズリットが、何とも言えない顔で明後日の方向を見つめた。短く息を吐くと苦笑いを浮かべて言う。


「あるよ、君が望む書物が大所蔵庫に。でも、恐らくある場所に行った方が早いかな」

「ある場所?」

「うん。その前に、こちら側の要求をひとつ追加させてほしい。ほら、手っ取り早く治す方法を教えてあげる対価」


 ソファに深く身を沈めたイズリットは楽しそうな声色で要求してきた。だが彼の持っている情報は今のイリスにとって喉から手が出るほどほしいもの。突っぱねる理由はない。


 了承の意を表すようにこくりと頷いた直後、部屋の扉が控えめに叩かれた。イズリットはイリスから視線を外さずに入室を許可する。入ってきたのは初老の男性。凛とした佇まいから、日頃から鍛えていることが窺えた。


「ご歓談中、失礼いたします。教皇、ご報告ですが……」

「彼女に聞かれても構わないよ、続けて」


 どことなく言いにくそうな男性に対して、イズリットは呆気からんとしている。すると男性は呆れにも似た表情を浮かべ、淡々と言った。


「サンクチュアリ本部への襲撃が開始されました。想定以上に緑華のレーダンの働きが良いようです」

「ッ!?」


 大きな音を立ててイリスはその場に立ち上がった。その弾みでティーカップが倒れて紅茶がテーブルの上を汚す。


「……ボクの前でよくも、こんなことができるね」


 溢れ出る怒りを隠しもせず、イリスはそんな言葉を吐き捨てると扉に向かって歩き出す。サンクチュアリの人間の目の前で襲撃の話をするなど、なめているにもほどがある。笑顔で報告を促したことも相変わらず腹黒だ。


「二人の間で隠し事はなしだって決めたじゃないか、あの日。()


 背中に投げかけられた忌々しい言葉に、イリスは反射で腰から抜いた短剣を振り向きざまに放った。


「わっ!」


 が、それは呑気な驚き声とともに、見えない何かに阻まれ弾かれた。勢い余って短剣は深々と天井に突き刺さる。


「うわあぁ~~。修理費いくらかな、シャシャに怒られそう。あ、シャシャっていうのはエルのお金を管理して」

「左目じゃなく、左胸に剣を突き刺すべきだった」

「その時は『せーのっ』でお互いを刺そうか」


 彼の耳元では、不気味なこんじきの宝石がついた耳飾りが揺れている。軽口を叩くイズリットとの会話を放棄し、イリスは踵を返した。歩き出した背中越しに愉快そうな声が投げかけられる。


「クロッケンダス山脈のひょうごくに行くといい。イリスの欲しいものがそこにあるよ。だけど、行くのは毒に侵された本人だけの方が……って、行っちゃった」


 イズリットが話し終わる前に、イリスの姿は部屋から消えた。意気揚々と独り言を言っていたようで、若干の気まずさにイズリットは苦笑する。


「……よろしいのですか?」


 流し目で見てくる秘書のホーガンに、イズリットは軽く手を振った。そのまま行儀悪く、ソファに横たわる。触り心地の良い上質な布は、いつまで経っても慣れないだろう。


「問題ないよ。以前……学生の頃だったかな? ひょうごくについて話したことがあるから、忘れていたとしてもすぐに気づくはずさ。彼女もわたしと同じで、感情よりも理性を優先させるから」

「そうですか。確かに教皇の元婚約者殿は聡明でいらっしゃる。ただ……」

「ただ?」


 続きを言いかけたホーガンに気を取られ、思わず聞き返したことにイズリットは後悔した。


「昨夜、蜂蜜たっぷりのミルクが欲しいと駄々をこねていた人と、同じ言葉とは思えませんね」

「聞こえないな~」


 徹夜続きの疲れを癒すように、耳を塞ぎながらイズリットはそっと目を閉じた。

 あと数日で、再び魔法使いと人間の在り方が変わる。できればその時まで眠っていたいという儚く愚かで幼稚な想いを抱いて、ゆっくりと意識が沈んでいった。


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