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LAST WITCH  作者: 海森 真珠
蒼炎の残り香
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Episode22.1 代償Ⅰ


 咄嗟に魔法で身を守ったイサナが焦った表情でこちらを見る。だが、もはや手遅れだ。熱くなった瞳を、ソルティアはしっかりとイゼル・ミルフィス直系の()()()()向けた。


「父さんっ! 子供は傷つけないって約束だったじゃないか! なんでッ」

「アレが、ただの子供に見えるのか? アリィ」


 父親に詰め寄るアリィの姿はひどく歪んで見えた。

 共鳴する魔力の濃さを調節しながら、ソルティアは指を鳴らす。


「うぅっ」

「ああっ!」

「うぐッ」


 助修士や修道士たちを襲っていた魔狩りが全員、苦しみの声をあげてその場に倒れ込んだ。あっという間の出来事に、アリィはぎょっとし、はじめてその瞳に恐怖を映す。


 拳を握りしめたソルティアは、アリィの父親でありイゼル・ミルフィス直系の魔狩りハイル・ミルフィスと対峙した。彼は今代のサンクチュアリ統率者だ。


「今回のサンクチュアリの暴挙、どう説明するつもりですか?」

「お前たちは存在自体が罪だというのに、説明など必要ないだろう」

「はっ! ……師匠の言う通りですね」


 理由は分からないが、ゼオセァルヴィ曰く、イゼル・ミルフィスの血を引くものは狡猾で話の通じない人間らしい。だから、ハイルの主張を聞いてソルティアはその言葉を身をもって理解した。


「話すだけ無駄、か」

「もとより話が通じるとは思っていないーーッ!」


 その言葉を合図に、ハイルが地面を蹴った。

 一瞬にして目の前に現れ、

 漆黒の剣が風を切る。


「――馬鹿らしい」


 が、ソルティアにはもう通じない。


「ッ!?」

「父さんッッッ!!!!!!」


 見えない何かに弾かれたハイルの体は、勢い良く壁に打ち付けたれた。急いで駆け寄るアリィを狙って、イサナが雷球を放つ。武器を持たないアリィがそれを受ければ、確実にその身が焼かれるだろう。


「ッ!」


 思わず、イサナの攻撃に魔力塊をぶつけて相殺させた。僅か2秒ほどの出来事だった。後ろを向いていたアリィは何が起こったのか、把握できていない。だが、迫り来る雷球に気づいていたハイルは今の光景に眉を寄せ、すぐそばではイサナが息を呑んだ。


「ソルティア様……?」

「…………」


 握りしめていた拳から、いつの間にか力が抜けていた。

 なぜイサナの攻撃を無にして、まるでアリィを助けるようなことをしたのか。自分で自分の行動の意味が理解できず、思考が停止した。


「――ティア」


 しんと静まり返った礼拝堂に、自信に満ち溢れた灰色の声が響く。

 その声を聞いた途端、心拍数が急激に上がった。


 次の瞬間、ソルティアとハイルが対峙している直線上の中央に、太陽のように燃える炎が出現した。そしてその中から古の魔法使いが現れた。月の光が降り注ぐ金色の瞳は悲しいほどに美しい。


「師、匠……」

「ゼオセァルヴィッッ!!!」


 ソルティアの呟きをかき消す勢いで、ハイルが忌々しくゼオセァルヴィの名を呼んだ。起き上がると流れるような動きで剣の刃を素手で掴む。滴る彼の血が不思議なことに、漆黒の剣が飲み込んでいった。


「エミリア! アリィを連れて行けッ」

「父さんッ!?」


 ゼオセァルヴィの登場と共に、眠りの魔法で気絶した人々の中から、ひとりの女性が飛び出しアリィの腕を掴んだ。


「次代のミルフィスがいたとは、驚いたな」


 落ち着いた声とともに、出入り口にゼオセァルヴィの結界が張られた。魔法の挙動が一切ない、完璧なそれにアリィを連れた女性が苦々しい顔をしたのが、ソルティアにははっきりと見えた。これでもう、誰ひとりとしてゼオセァルヴィから逃れられない。


「ティア、殺せ」

「……はい?」


 突然の言葉に、ソルティアはすぐに理解ができなかった。「誰を?」そんな言葉が口を突いて出るより早く、ハイルがゼオセァルヴィに憎悪の刃をぶつけた。2人の間には見えない火花が散る。


「一体いつまで我らを苦しめるんだっ!? ゼオセァルヴィ、お前はもはや生ける屍だ! 世界樹などという幻想を追い求め、どれほどの命を奪えば気が済むっ!?」

「苦しめているのはどちらだろうな? 貴様は奴によく似ていると思っていたが、次代のミルフィスの方が……勝るな」


 魔法で出現させた炎の刃がハイルの攻撃を易々と受け流し、追い詰める。ゼオセァルヴィの攻撃を避ける以外、なす術のないハイルは再び叫んだ。


「エミリアッ!!!」


 エミリアと呼ばれた女性はアリィから手を離すと、懐から取り出した短剣を結界に突き刺す。弾かれるはずの短剣は、ぐにゃりと結界を切り裂いていく。その光景に驚いたソルティアは思わず呟いた。


「まさか、オーリンの短剣?」


 妖精王(フェンディオッデロ)の四番目の息子オーリンは、人間に扮し魔法の研究をする変わり者の妖精だ。ゼオセァルヴィの結界と対等もしくはそれ以上の力で対抗できるなど、彼の研究品以外、考えられない。


 その状況を見たゼオセァルヴィは僅かに口角を上げ、再びソルティアに向かって言った。


「ティア、殺せ」


 必死に逃げ道を作る母親の傍らで、アリィが真っ直ぐにソルティアを見ていた。必然かのように早まる鼓動は、指先を冷たくして体を小刻みに震わせる。


「師匠、永い時の中でミルフィスを絶やさず生かし続けてきたんじゃないんですか? なぜ、今になって……?」

「その必要がなくなったからだ。賢いお前にわからないはずがない」

「で、ですがっ」

「本分を忘れたのか、<ルディハラ>」

「ッ!!!」


 ゼオセァルヴィの呼んだ名が、ソルティアの自由を奪う。体の内側を広がる激痛と、魂さえも貫く衝撃にその場で膝をついた。崩れ落ちるソルティアの体を、咄嗟にイサナが支える。


「ソルティア様っ!」

「離れてッ!」


 しかし、その手を力任せに振り払った。

 全身を巡る違和感に息遣いが荒くなっていく。


「いっ……やぁッ!!!」

「ルティッ! おれの言葉をよく聞くんだ!」


 焦点が定まらない視界で、深紅の瞳が見える。どこか遠くで鈴の音と鐘が鳴り響く中、アリィの声が聞こえる。


「君は君だけのもの! 何かで縛られる必要なんてない。人を救えるのは人だけだっ! 世界樹は君を救ってはくれないんだよっ!」

「うる、さいッ! うぅ………………ぁあああッ!!!」


 煩わしいもの全てを振り払うかのように頭を激しく振った直後、背中から魔力が噴き出た。荒くなった呼吸が楽になっていく。体の中で堂々巡りしていた違和感の塊が、頑丈な鎖を引きちぎり放出されたように、ひどく心地良かった。


「はぁ」


 鳥の翼のような姿が、月明かりによって礼拝堂の床に映し出されている。それを凝視するアリィに向かってソルティアは淡々と言葉を放った。


「……救うだとか、一体何の話です?」

「ル、ティ」


 深く息を吐いて、ソルティアは冷ややかな視線をアリィに向ける。

 自分がひどく苛立っているその理由はよくわからない。


「そもそも、貴方たちだけに優しい世界の方が幻想だ。隣にいる女性に聞いてみればいい。私がここを離れサンクチュアリの保護を受けたとして、その後は?」

「え?」


 呆けた表情のアリィはゆっくりとは隣の女性に視線を移した。切なそうに、だが一切の迷いのない顔でエミリアはアリィを見つめた。


「同胞殺しをさせるだけ。あまりに卑劣で、あまりに臆病なやり方です」 

「……くそっ!」


 視界の端で、ハイルが狙いをゼオセァルヴィからソルティアに変えたのがわかった。刺さるような殺意にソルティアもまた意識を彼に移す。再び自身の血を剣に吸い込ませると、まるで生きているかのように剣から鼓動が聞こえた。禍々しい空気を放つその剣を見ていると、一瞬でハイルの姿が消えた。


「ッ!?」


 背後に気配を感じた。


「――!」

「ッッッ!」


 お互い言葉はない。

 漆黒の剣と白銀の刃がぶつかった。


「ッ! バケ、モノッ!!!!」

「はっ」


 後ろを振り返らずにハイルの攻撃を防ぎ、彼の体ごと吹き飛ばした。吹き飛ばされる直前に、悲鳴混じりに放たれた言葉をソルティアは鼻で笑う。足元を中心に氷でできた触手が蠢く。冷気と共に魔力という猛毒をまき散らす。


「母さんッ!?」


 ハイルに気を取られているほんの一瞬で、エミリアがアリィの手を引き礼拝堂から脱出した。彼らは最初から、今代のミルフィスは諦め、次代のミルフィスの命を第一に考えていたようだ。


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