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LAST WITCH  作者: 海森 真珠
蒼炎の残り香
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Episode21.2


 主席修道女としてのソルティアには日々の仕事を補佐する者が必要になる。修道女には助修士がひとり付き人としてつくのだが、ソルティアの場合は別だ。万が一、魔法を使った場合にソルティアの濃い魔力に耐えうる魔法使いが必要となる。よって、それなりに魔法使いとして力が強く、戦闘も行える修道女のイサナがソルティアの補佐をしているのだ。


「魔狩りがこの地で私を捕らえられるわけがない。無駄なことをしないで、魔法の素質がある助修士と見習いたちを地下にあるれいこうに連れて行きなさい。あそこは隔離の魔法陣を描いています。行ったらすぐに発動させて私が行くまで出てこないでください」


 投げやりに伝えると、ソルティアは礼拝堂内を見渡した。礼拝者たちは突然起こった惨状に、身を寄せ合いながら体を震わせている。だが、不思議な事に逃げ出す者はいない。精鋭だけを引き連れてきた魔狩りに助修士たちは手も足も出ず、床に伏していく。その光景に、主席修道女として何も思わないわけがない。


 一歩踏み出そうとすると、強く腕を引かれた。


「ソルティア様がここにいる誰よりもお強いことは百も承知です。ですが、ここを力で抑え込んではいけません。昨夜、イズリットがサンクチュアリに何か情報を与えたようです。内容まではわかりませんが、それからすぐにこの事態です。腕に覚えのある修道士や修道女がここにいないのも妙です」

「イズが……?」


 そう言われて、ソルティアは辺りを見回した。イズリットの姿が見えない。別件で外にでているとは聞いていないので、敷地内にはいるはずだ。礼拝堂でこれだけの騒ぎが起こっているにも関わらず、姿を現さないのは、自他ともにその才を認める知略に長けたイズリットにしては遅れをとりすぎている。


 そこではたと気づいた。

 魔狩りたちはどうやってこの礼拝堂まで辿り着いたのか、と。修道院の周りには魔狩りの武器に反応する結界が張られているはずだ。


「不測の事態では、ない……?」

「え?」


 その呟きに、イサナが眉を寄せた。


「……はっ!」


 思い至った自分の考えに、ソルティアは思わず声を出して笑った。


 ここ数年、サンクチュアリは表立って魔法使い狩りを行ってこなかった。その代わり、姑息な手でじわじわと追い詰めてきていた。まるで心理戦を行っているような状況は、ソルティアにとっても面倒だったことは認める。特に成熟した大人たちは狩り、魔法使いの素質がある新芽たちに目をつけることが多かったのだ。


 この状況を打開する策をソルティアは考えていた。だが、その答えが出る前にイズリットが彼なりの答えを見つけたようだ。遅れをとっていたのは、ソルティアの方。


「結界に穴があるなんておかしいと思っていた! くそッ、やられた! イズ、あいつ強行突破にでやがりましたね」

「えっ、それはどういう」

「皆、奴の手のひらの上ってこ」

「ッ! ――ソルティア様ッ!」


 言い終わる前に、イサナがソルティアの体に抱きつき、向きを変えた。


「ぐッ!!!」

「――なッ!?」


 切り替わった視界で、イサナの背中に魔狩りの剣が突き刺さっていた。鈍い音と共にすぐその剣は彼女の薄い背中から引き抜かれ、血が舞う。鉄の香りが強く漂った。

 見上げた先には漆黒の髪を持つ男がひとり。冷静にこちらを見つめる瞳は、今まで見た人間の中で圧倒的に軽蔑の色が表れている。しかし、不思議なことにそれと同じくらいあいびんの念が伝わってきた。


「イサ――」

()()()を巻き込むなんて、魔狩りも落ちたものねッ!!!!」


 イサナはソルティアの体を押しのけ、魔法で出現させた雷球を魔狩りに向けて放った。


「ふざけたことを」


 だが、の先に翡翠色の飾りがついた漆黒の剣で、あっという間にイサナの魔法は切り裂かれた。真っ向から衝突する二人を見てソルティアは確信する。相手はただの魔狩りではないということに。なぜなら、彼が持つ剣に心当たりがあるから。


「イゼル・ミルフィス直系の魔狩りっ!?」


 イサナと殺り合っているにも関わらず、その呟きが聞こえたのか、男は再び標的をソルティアに変えた。イサナを壁に打ち付けると、一気にソルティアとの距離を詰める。


「ッ!?」


 ソルティアでさえ、すぐに反応ができない速さだった。

 周りの音など聞こえない。

 ただ感じる殺気の重圧に息が詰まった。


「あの子の存在が明るみになった以上、一瞬でも奴の動きを封じる必要がある。君はその一手だ」


 心地良いほどに落ち着いた声色が、驚くほどはっきりと耳に届いた。

 冷たい視線と共に、漆黒の剣が振り下ろされる。


「父さんッッッ!!!!!!!!!」

「ソルティア様ッ!!!!!!!!」


 二つの声が重なった。


「ッ! …………………………ぁ?」


 純白の修道女服に、鮮血が飛び散った。

 振り下ろされた刃に貫かれたのは、一人の助修士。

 目の前で、ずるりと崩れ落ちるその姿をただ見ていることしかできなかった。


「ちっ」


 魔狩りがけがれを払うように剣を振った。

 びちゃっ!という水音とともに、床に同胞の血がまき散らされる。


「ソーイ……?」


 その身をていしてソルティアの代わりになった、助修士のソーイはぴくりとも動かない。先日狩られたシャイの兄。薬草に興味を持ち、たまに遠慮がちにソルティアに話しかけてきた助修士だ。気弱だと思っていたそんな男が今、自分よりも圧倒的に強い魔法使いを助けようとその身を犠牲にした。溢れ出る血の量と刺された場所から、即死だとすぐにわかる。一瞬で、彼の命は散ったのだ。


 呆けている間に、足を引きずりながらボロボロのイサナが駆け寄ってきた。同じように魔狩りの男に駆け寄った人間の姿を見て、込み上げてくる感情を抑えることができなかった。


「ッッ――――――!!!!!!」


 瞳がカッと熱くなった。

 魔晶石でできた耳飾りが弾け飛ぶ。


「ソルティア様ッ! いけませんッッッッッッ」


 ソルティアを中心に冷気を含んだ突風が礼拝堂に広がった。

 その衝撃に耐えられなかった魔狩りや助修士たちが壁に背を打ち付ける。

 さらに、高ぶる感情に共鳴する魔力は猛毒と変わった。


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