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LAST WITCH  作者: 海森 真珠
蒼炎の残り香
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Episode21.1 鮮やかなる日々Ⅲ


 しんと静まり返った空間で、ゼオセァルヴィの静かに笑う声だけが不気味に響いている。やがてそれは彼の揺れる感情と共に周囲の魔力まで共鳴させた。


 吹き荒れる刃のような突風がりょくこうきゅうと呼ばれるこの空間から出ていかないように、ソルティアは入口に結界を張った。ゼオセァルヴィの魔力は永い時を経て、もはや猛毒と変わりない。ソルティアでさえ息が詰まるというのに、他の者が触れればどうなるかなど想像に難くない。だから自分の周りにも結界を張った。


「師匠っ! どうしたんですか!?」

「は……ははっ! は、ははははははははははっ!」


 狂ったように笑う彼の姿に、ソルティアはただ驚く。初めて見る光景だ。感情をどこかに置いてきてしまったのではないかと思うほど、普段のゼオセァルヴィは冷静で退屈そう。そしてとにかく空虚だ。何が引き金でこうなったのか、ソルティアは考えた。というか、考えるほどのことでもないが。理由はひとつだ。


「私が選んだ魔晶石に何かあったってこと……?」


 いまだゼオセァルヴィの周りで漂う漆黒の魔晶石、青銀の魔晶石、そして深紅の魔晶石を見る。どれも純粋な魔晶石という希少性だけで他に特別な何かはない。個々の問題ではないのであれば、残すは組み合わせだけ。例えば、選ぶ順番や形、そして色。そこで、ふとソルティアはあることを思い出した。


「……漆黒と、深紅?」

「ティア」

「っ! はい」


 ゼオセァルヴィの呼ぶ声で思考を止めたソルティアは視線を上げた。彼の周りからはまだ風が吹いており、絹のように細い白髪が舞い上がっている。


「『新芽が』何だったか?」

「は?」


 一瞬、何を聞かれているのかわからず呆けた。しかし、愉快そうに弧を描くゼオセァルヴィの瞳を見つめていると、すぐに先ほどの報告のことを言っているのだと思い至った。


「あっ……! エルの庇護下にある数名が殺され、新芽が魔狩りに連れさられました。どこから情報が漏れたのか、連れ去られた新芽たちの状況についてはイズが調べています」

「くっ、くくくっ! 似ている、あの時と似ている……!」

「あの時?」


 大きく息を吸ったゼオセァルヴィがゆっくりと息を吐くと、緑光宮中に吹き荒れていた猛毒の突風が霧散した。再び訪れた静寂で、ゼオセァルヴィの先ほどの呟きが気になりながらも、ソルティアはほっと胸を撫で下ろして結界を解く。


「その身が朽ちても尚、()()の邪魔をするのか、イゼル」


 鼻歌を歌っているかのように薄く笑ったゼオセァルヴィが、まっすぐに視線を向けた。


「図らずして舞台は整いつつある。これを必然と呼ばずして何と呼ぶ?」


 金色の瞳は緑光宮の翡翠色が反射したソルティアの銀色の瞳を通して、別の誰かを見ているようだった。




 三日後、自分の背丈より遥かに長い裾を引きずりながら、純白の修道女服を身につけたソルティアは礼拝堂にゆっくりと足を踏み入れた。小さな鈴がいくつもついた儀式用聖具のを両手で持ち、両脇に座る多くの人間たちの横を通り過ぎていく。しゃらん、しゃらんという音がこの広い礼拝堂を包んでいた。


「えっ――むぐッ! …………」


 ソルティアから見た斜め前、興味津々にこちらを見ていた漆黒の髪を持つ少年が声をあげた。が、すぐに隣に座っていた女性に口を塞がれ、後ろを向いていた姿勢を前へと戻される。振り向きざまに見えた彼のこげ茶の瞳は驚きの色で染まっていた。


 そうこうしているうちに、長くも短くもない礼拝堂の入口から、世界樹を模した魔晶石でできた巨木に辿り着く。そこには、誰もいない。ステンドグラスから差し込む月明かりが魔晶石に反射し、きらきらと幻想的な光が頭上から降り注いでいるだけ。祈りを捧げる信者たちの中には涙する者もいた。


「…………大げさだろ」


 誰にも聞こえない声量でつぶやいてから、ソルティアは彼らの方へ向き直る。


「エルタニアサス大修道院がひとつ、ウォルニ修道院主席修道女ソルティア。今宵、こくの悪夢に散った多くの魂に安らかな眠りを捧げます」


 溢れんばかりに目を見開き、ソルティアを凝視する黒髪の少年を視界に入れながら、鈴の聖具をひと振り。それに合わせるように、長椅子に座っている礼拝者たちや助修士たちが目を閉じ、祈りを捧げ始めた。


 黒雨の悪夢。

 600年前、南に位置するカザリア・デル・ファイダン・ロイヤード連合国に、魔法でできた漆黒の矢が降り注いだ。あらゆる物を貫き溶かした黒雨と揶揄される魔法矢は、首都と周辺都市を壊滅させた。当時の記録では、死者数は10万人。世界を激震させた最凶魔法事件だと記録に残っており、600年が経った今も語り継がれている歴史だ。なにより、その事件がきっかけで大規模な魔法使い狩りが行われ、魔法使いが激減したのだ。


「――……」


 ソルティアは、祈りを捧げる人間たちの思いをただじっと体で感じた。受け止めることも、聞き流すこともできず、ただ聞く。それしかできないのだ。彼らの声に耳を傾けてしまえば、確実に足元が崩れていくとわかっているから。自分が歩いている道が、信じている人が、間違っているか正しいかなど関係ない。が望むなら、自分はそれに従うだけなのだ。


 たとえ、黒雨の悪夢にが関わっていようとも。



 ふいに空気が張り詰めた。

 一瞬のその違和感と、刺すような殺気に瞳を開けた瞬間、


「伏せろッッッッッッ!!!!!!!!!!!」


 何者かの叫びが響いた。

 同時に、両側に連なる窓ガラスが激しく飛び散る。


「きゃあああぁあっ!」

「うわああっ」


 蝋燭の火が全てかき消えた。

 窓から侵入してきた者たちに恐れをなした礼拝者たちが恐怖の声をあげる。


「なっ……! ま、魔狩りッ!?」


 両脇に立っていた助修士の一人がいち早く彼らの正体に気づいた。

 いつものサンクチュアリの制服を着てはいないが、帯刀している剣は魔狩りが使用するもの。動きも俊敏で、礼拝者たちを無視して、向かうは修道院関係者だけ。目的は明らかだ。


 助修士の声を皮切りに、驚きのあまり棒立ちだった修道院関係者たちが軽率な行動にでた。


「とっ、捕らえろッ」


 月明かりだけが頼りの礼拝堂内が混乱に包まれる。


 ひとり、ふたりと助修士たちの瞳の色が変化していく。

 皮肉なことにその輝きが魔狩りたちに、ただの人間と魔法使いの違いを教えてしまっていた。神聖だったはずの場所が血生臭い戦場と化していく。


「うあああッ」

「くそッ!」


 魔狩りたちの数はさほど多くない。しかし、魔法使いたちが確実に圧倒されている。戦闘に慣れていない助修士たちだとしても、逃げる隙さえないなんて奇妙だ。この場はこちら側の領域なはずなのに。まるで、もともと誰が魔法使いなのかをわかっているかのように、彼らの動きには無駄がない。


 刹那、ソルティアの眼前に魔狩りが現れた。


「ッ!」


 振り下ろされる剣を睨みつけ、

 周囲の魔力を操ろうとした直後、


「――ソルティア様ッ!」

「ぐはッッッ!!!」


 襲い掛かってきた魔狩りが魔法を受け真横に吹っ飛んだ。

 駆け寄ってきた女性はすぐにソルティアの瞳を覆い隠す。


「いけません! ……このような些細が貴女様を捕らえる名分になってはいけません」


 そっと手が離れる。開かれた視界に映ったのは、薄桃色に輝く瞳の修道女。心配そうに揺れる瞳には、覚悟の色がうかがえた。


「……あなたは」

「はい、ソルティア様。イサナです」


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