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LAST WITCH  作者: 海森 真珠
蒼炎の残り香
35/63

Episode18.1 各々の立場


 ソルティアはメランダの魔法とともに消えた。

 彼女が囚われていた金色の鳥かごがあった空間を数秒見つめて、アリサーは吊るされているイルディークに向き直る。そして無言で彼の脇腹をつついた。


「ごほッ……いってぇ!」


 弱々しく掠れた声でそう呟くと、イルディークの瞳がそうっと開かれた。


「いつから?」

「ああ~~……ちょっと前、から?」


 アリサーがじとっとした視線を送ると、イルディークは苦笑した。剣で鎖を切って体の自由を取り戻させる。ふらふらとしながらもなんとか立ち上がると、傷が痛むのか顔をしかめた。顔色も悪く、いますぐの治療が必要だ。


「たっ、助けて下さいっ!」


 イルディークの傷の具合を確認していると、すっかり存在を忘れていたレイン・ゲッテンが悲痛な声をあげた。アリサーは無言で振り返り、鎖を切る。自由になったレインは安堵のため息をついた。


「うっ……足を怪我しているんです。すみません、アリサーさん手伝っていただけませんか」


 立ち上がろうとしたレインを支えるようにアリサーは彼の腕を持った。

 その瞬間――、


「……ぁ?」


 腹に短剣が突き刺さった。

 思いもよらない出来事に、イルディークが血相を変えて叫ぶ。


「アリサーッッッ!?」

「くッ」


 すぐにアリサーはレインの腕を縛り上げる。レインに戦いの心得はない。易々とアリサーに捕まると、壊れた人形のように笑った。


「ははっ! ははははははははははははははははははっ」

「な……なん、だ?」


 その光景が不気味でイルディークが怪訝な顔をする。そこでふと、アリサーは縛り上げたレインの服の隙間から体に焼き付けられたある焼き印を見つけた。


「イチイバナの花弁……」


 生と死の狭間で咲くと言われるイチイバナの焼き印、それは魔法崇拝を行う人間たちの印だった。







 サンクチュアリの隊員たちは、アリサーとイルディークからの連絡が途絶え、ソルティアの魔封じの効力がなくなったことから異変を感じ取っていた。派遣されてきた隊員と合流したアリサーは報告のために特殊部隊隊長のイリスの部屋にいた。


「学術の園での凶行については引き続きサンクチュアリが捜査を進めることになったけど、エルタニアサスの邪魔が入って順調に行かなそうだよ。あそこへの支援が一番多いのはエルタニアサスだからね。学術の園側もこちらの捜査には渋い顔をするし。……それで、魔法使いソルティアを連れ去ったメーディ魔物研究科長はエルタニアサスの元魔法使いってことであっているの?」


 金髪が美しい小柄なイリスが確認のためにアリサーに問いかけた。それに頷くと椅子に深く座ったイリスは大きくため息を吐いた。そして真っ直ぐにアリサーの瞳を見つめる。ただ静かに、だがどこか怒りの色が見える。


「一体、何に気を取られてメーディを取り逃がしたのかな」

「イルディークと、一般人だと思われたレイン・ゲッテンが人質で」

「らしくないよ、アリサー。その時の状況についてはイルディークから聞いてる。メーディはソルティアを殺さず捕らえるだけに留めたそうね。つまり、相手にとってソルティアは利用価値があったということ。なぜそれを利用しなかったの? こんな簡単なこと、君がわからないわけないよね」


 ソルティアを盾にとればメランダを揺さぶれた。イリスはそう考えているのだ。だが、メランダとソルティアの関係性をよく知っているアリサーはイリスのように割り切って考えることができなかった。きっとメランダは戦いに巻き込まれてソルティアが死んでもいいと考えていたに違いないから。過去の遺恨が数年離れていただけでそう簡単に消えるとは思えない。


「……申し訳ありません。俺の失態です」


 特に弁明もせずただ頭を下げるアリサーにイリスは鋭い視線を送る。思考を巡らせる時の癖で、彼女は机の上で指をトントンと打ち付ける。一定のリズムを刻むその音だけが部屋に響く。


「……」

「……」


 不意に音が止むと、イリスは引き出しから華奢な首飾りを取り出した。細い白銀のチェーンの先に貝殻のように七色に輝く小さな宝石が一つ。それを見てアリサーの肩が揺れた。


「ここ最近の君の行動には引っかかるものがあった。何にも冷静に対処するアリサーが、魔法使いソルティアを気にかけているようだとイルディークからも報告があったよ。最初は気にも留めていなかったけど、君の様子を見ていて気づいた」

「何を……?」

「姉さんと義兄さんが言っていた『古の魔法使いの元にいる特別な子』というのが、魔法使いソルティアのことね?」

「……」


 何も返事をしないアリサーを見て、イリスはさらに続ける。


「蒼炎のあの混乱の中、奇跡的に戻った君は肉体的にも精神的にも癒えない傷を負っていた。だから、この8年できるだけその傷には触れないようにしてきたわ。それがまさか……自分が受けた屈辱と両親を殺された恨みを忘れてしまったの?」

「違う!」


 アリサーは自分でも珍しいと思うほど、声を荒げた。あらゆる感情を抑え自分を殺すことで、忘れられない苦痛に毎日耐えてきたというのに、それをたった8年で忘れるはずなどない。


「戻ってきた日、最初に君は言ったね。『両親はあの子に殺された。古の魔法使いゼオセァルヴィと奴の傍に付き従っているあの子を絶対に許さない』と。ボクは今も鮮明に覚えているよ、変わり果てた姿で戻ってきた姉さんと義兄さんを。いいこと? アリサー、忘れないで」


 立ち上がったイリスの瞳は怒りに燃えていた。


「姉さんは君の母親である前にボクとイルの大切な姉さんなんだよ。そして義兄さんは君の父親である前に魔狩りの祖イゼル・ミルフィスの直系、このサンクチュアリの統率者。義兄さんの意志を継いで君もいずれその地位に就く。これは君の義務。本当の意味で魔法使いと唯一対抗できる特別な血統であるということ、胸に刻みなさい」

「……わかっています」


 イリスの言葉にアリサーは両ひざをついて頭を垂れた。誓いのときの姿だ。なぜだか苦しい胸の不快感に耐える。


「魔法使いソルティアが古の魔法使いの元にいた子である以上、ボクたちの最優先事項は彼女の捕獲。そうすればサンクチュアリとエルタニアサス、そして人間と魔法使いの途方もない長く悲しい争いを終わらせる糸口になる。お願いだからこれ以上、ボクを失望させないで。……でないと君の代わりにボクが彼女を殺すよ」

「……その言葉、胸に刻みます」


 床に両ひざをたてたままのアリサーを立たせようと近づいたイリスは、彼の顔色を見て眉を寄せた。


「アリサー、顔色が悪いよ。それに……なぜこんなにも手が冷たいの」

「戦闘の疲れが出ただけです」

「……ついて来なさい」


 顔をしかめたイリスは有無を言わせずアリサーを部屋から連れ出した。


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