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LAST WITCH  作者: 海森 真珠
蒼炎の残り香
34/63

Episode17.2


 現れたその女性は、白衣にべっとりと血痕をつけた魔物研究科長のメーディだった。顔半分を薄い布で隠す彼女はくすんだ緑色の瞳だけしかわからない。血生臭くいくつもの不完全な肉塊がぶら下がるこんな地下で、彼女の瞳はただ嬉しそうに弧を描いていた。


「なぜっ……こんな、ことをっ……うッ」


 ソルティアは胸を押さえる。息苦しさは増すばかりだ。魔法で押さえつけるだけではない、禍々しく邪悪な負の感情が全てを押し潰そうとソルティアの全身に襲い掛かっていた。


「まさかこんな場所で会えるなんて思いもしなかったわぁ~~~~! ソルティア」

「だ、れ……?」

「この8年、なんで消息を掴めないのかと思っていたけど、なるほどねぇ~~~~。サンクチュアリなんかに身を潜めていたとは、昔のあんたなら考えられない奇行だわぁ~~~~!」

「何を……知って、いるん、ですか?」

「うふふ~~~~! なぁんでも知ってるわよ~~~~! 蒼炎のあの日、あんたがしたことだって――きゃッ!」


 メーディが言いかけたその時、アリサーの剣先が彼女の真横に走った。紙一重で避けたメーディの姿が一瞬、消える。


「なッ!?」


 どこに行ったのかとソルティアが視線を巡らせると、数メートル先に彼女は立っていた。魔法を使った素振りはない。違和感を覚えたのかアリサーも一旦、距離をとる。


「……なんちゃってぇ~~~~! あははははッ……あら?」


 何がそんなに面白いのか、大笑いするメーディの顔を隠していた布がさらりと落ちた。見えたその光景にソルティアは眉を寄せた。同情すら覚える、酷い火傷の跡だ。顔をしかめた理由はそれだけではない。


「メ……ラン、ダ?」


 完全に見えたメーディの顔を見て、ソルティアは思わず呟いた。彼女の顔は、エルタニアサス大修道院にいた頃の修道女である魔法使いメランダと全く同じだった。似ているのではない、全くの同一人物。ソルティアの力で魔法を使えない体にしたあのメランダだ。


 思いもよらない人物との再会に疑問が渦巻いた。

 とてもつもなく嫌な疑念が。


「やだぁ~~~~! あたしのこと覚えてたの~~~? 光栄だわぁ。あたしのことなんて眼中になかったくせに、あんたの今の姿を見て気分爽快よぉ~~~~!」

「なぜ、です……か…………なぜッ!」


 刹那、アリサーがメランダの目の前に現れた。振りかざした剣を難なく受け止めた彼女はにやりと口の端を釣り上げた。嫌な予感にソルティアは叫ぶ。


「離れ――!」


 メランダの背後に数百の血剣が現れ、アリサー目がけて飛んだ。避けられる距離でも数でもない。全ての刃がアリサーの体を裂く。


「ッーー」


 血が舞った。


 痛みと衝撃に耐えながらアリサーは頭上で円を描くように剣を振るうと、突風が血剣を消し去った。血だらけの彼はその場に片足をつき、なんとか剣を突き立て踏ん張る。ぱきっと何かが割れる音がした。床に軽い何かが落ちる音とともに、アリサーの素顔が晒される。


「ただの魔狩りのくせになかなかやるじゃ………………ええぇ?」


 虫けらを見るようにアリサーを見ていたメランダが言葉を途中で切った。何かに気づいたように醜い笑みがより一層深くなる。深紅の瞳のアリサーを凝視する姿を見てソルティアは唇を噛み力の入らない拳を握った。今すぐ彼を隠してしまいたい。


「何よもう~~~~! なんてツイてるのかしら、あたし~~~~! お前、生きてたのねぇ~~! てっきり蒼炎に巻き込まれて死んだと思ってたわぁ!」


 けらけらと笑うメーディの体からは負の感情が溢れ出ていた。闇よりも深く禍々しい力。それは彼女のものではない。救いを求めただ苦しみに悶える数多の生命の嘆きだ。この地下室で犠牲にしてきた命を彼女は体に溜め込んでいる。


「ねえ、ソルティア~~~~? こいつをもう一度、師匠に捧げたらどうかしらねぇ~~~」

「メランダッッ! ――うあッ」


 激高した弾みにソルティアの体に激痛が走った。

 燃えるように胸が熱い。


「苦しいぃ~~~~? 苦しいわよねぇ~~~~! あんたみたいな化け物でも完全に抑えつけられるのがその“こんじきの鳥かご”よねぇ~~~~! どぉ~~? 自分で創り出した犠命の魔法陣はぁ~~~~?」

「創り出した……?」


 メランダの言葉を聞いて、アリサーが眉を寄せた。

 宙に浮く金色の鳥かごの中で、倒れ込んだソルティアの体は言うことを聞かない。そんな状態でも、鳥かごの金色が、の瞳の色と同じだという事実だけが心をしめつけた。鳥かごの魔法は初めて見るが、誰のものなのかはすでに検討がついてる。魔法を使うことができないはずのメランダの一連の動きからも察することはできる。しかし、信じたくはなかった。


「そうよぉ~~~~。あらゆる力の干渉を妨げる隔離の魔法陣の原形をクロッケンダス遺跡から見つけて、命を溶かして魔力に変換する儀命の魔法陣を創り出したのは他でもないソルティアなんだからぁ~~~~! 小綺麗な顔に見合わずやることがおぞましいわよねぇ~~~~」


 血だらけの体で立ち上がったアリサーの顔を、ソルティアは見ることができなかった。


 隔離の魔法陣の原形で完全に外界と遮断されたこの地下で行われる拷問よりもおぞましい行為、それは命を魔力に替えること。命を直接、還元した魔力は濃密でとても強力だ。ほんの興味本位で創り出してしまったかつての自分の行いを消し去ることはできない。だから、ソルティアは全ての記録を焼き払い禁忌の魔法として存在すら残していなかったはずなのに。


「なぜ……! 全て燃やした、はず……な、のにっ」

「ふっ……あははははははははははははっ! 師匠に魔法で勝てるわけないでしょぉ~~~~! ほんとおバカさんねぇ~~~~! 鳥かごだって気づいてるんでしょ~~~~? 美しく神々しいだものねぇ~~~~」

「あの人の……ゼオのもとに! 戻るなんてっ…………正気じゃないっ!」

「――話はその辺にしたらどうだ?」


 アリサーが静かにそう告げた。右手で持っていた剣を左手に持ち替えると、ゆっくりと右手を鋭い刃の上に滑らせる。纏わりつくように赤々しい魅惑の血液が刃に滴り、まるで剣が生きているようにその血液を吸い込んでいく。変哲のない魔狩りの剣が強力な力を纏った。その光景をくすんだ緑色の瞳に映したメランダは、忌々しそうに顔を歪めた。


「特別、特別って……お前のような虫けらの一体何が特別なのよぉ~~~~っ!」


 再び現れた数百の血剣がアリサーを襲う。先ほどよりも加減のない力。犠命の魔法陣によって得たおぞましい魔力は制御が難しい。今のメランダのように感情任せにやっては使い手自身すら傷つける。


 アリサーは迫りくる無数の血剣を前に、舞った。美しく舞う剣から漆黒の刃がメランダの攻撃を相殺していく。


「調子に乗んないでよねぇ~~~~ッ」


 メランダがそう叫んだ直後、暗闇から鎖に繋がれた何かがアリサー目がけて飛んだ。メランダに迫っていた剣先が反射でそちらに向く。しかし――、


「っ!」


 切り裂こうと伸びた剣は鎖に繋がるモノを見てぴたりと止まった。


「たっ、助けっ!」

「……お前は」


 見覚えのある人物がそこに繋がれていた。涙で顔をぐしゃぐしゃにし、かけていた眼鏡はどこかへ消えている。苦しそうに首に繋がる鎖に手をかけ必死に懇願していた。


「レイン……ゲッテン?」


 鳥かごの中からでもはっきりと彼の顔を見ることができた。メーディに扮していたメランダの秘書をしていた男、レイン・ゲッテンだ。朦朧とする意識の中、ソルティアはアリサーを見る。欲に忠実で自由を愛する魔法使いに人質はそう簡単に通じない。しかし、人々の安全が根底にあるサンクチュアリの人間たちは人命を最優先するため、人質が目の前にいてそれを簡単に切り捨てられるわけがない。


 止まってしまったアリサーのその一瞬をつき、メランダは何かを力強く床に打ち付けた。


「ッ!」


 眩い光が地下室を包み、一瞬の激しい喉の渇きを覚えたかと思うとソルティアの視界が切り替わった。そしてそのまま意識が闇に引きずり込まれていった。


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