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LAST WITCH  作者: 海森 真珠
蒼炎の残り香
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Episode15.1 学術の園Ⅱ


 学術の園の学生であろうリンディとシェリーに無理やり連れてこられたのは、構内の端に位置する古びた建物の庭らしき場所だった。古びたといっても、正門から直線上にあった多くの学生が集まっていた七階建ての白亜の建物と比べてというだけで、目の前の二階建ての建物は旧授業棟と言われても不思議ではない造りだ。


 しっかりと手入れのされた芝の上をずかずかと歩くリンディは、庭園の中央で何やら作業をしている女性に手を振った。


「カローナせんぱーいっ! 身代わり石くっださーーい!」

「リンディちゃんっ!? そのまますぎだよっ!?」


 元気いっぱいの呼びかけに、ゆっくりと振り返ったのはおっとりとした優しそうな女性だった。


「リンディ・カーン、シェリー・アイル。手入れをしたばかりの芝の上を歩くなんて良い度胸ね。死にたいのかしら」

「ひぃっ」


 優しい笑顔のままなのに、口から発せられる言葉にシェリーが軽く悲鳴を上げた。カローナの表情と言葉が噛み合っていないせいで、奇妙を超えて恐怖を与えている。


「わあ!? すみませんっ! あとで直します! それで、身代わり石持ってますか?」

「反省のカケラもないっ! リンディちゃんっ」


 カローナは立ち上がると「またか」というような表情で、上品に笑った。リンディやシェリーとは親しいのだろう。二人のやりとりを見ても、軽く受け流しているのがわかる。ふと、カローナの視線がリンディの後ろにいたソルティアに投げかけられた。


「そちらはどなた? こんな暑い中、よくフードなんか被っていられるわね」

「あっ! そういえば、名前聞いてなかった!」


 くるりと向きを変えたリンディに、名前を促された。カローナもシェリーも、ソルティアが口を開くのをただ待っている。この状況にいまいち納得できないまま、ひとまず答えた。


「……ソルティアです。知人の付き添いで来ただけです」

「そうだったんだ! だから“落ちる木”のことも知らなかったんだね。カローナ先輩、このソルティア、落ちる木に登っちゃったんですよっ! だから身代わり石、少し借りてもいいですかっ」

「ああ、なるぼど」



 “落ちる木”についての噂は、どうやらそれなりに認知されているらしい。てっきり先輩であるカローナであれば、リンディの言葉を一蹴すると思っていただけにソルティアは面倒だなと心の中で吐露した。そもそも、誰も頼んでいない。リンディの独断専行だ。


 リンディの話に納得したカローナだが、少し残念そうな表情をした。


「貸すのは全然いいんだけど、あまり期待しないでほしいわ。身代わり石といっても、私もなぜそんな効果があるのかわからないし、ほとんど気持ちの問題だと思うから」

「それでもないよりはいいじゃないですか! ねっ、シェリー!」

「えっ! ま、まあ、そうだね。このあとソルティアちゃんが大けがでもしたら、ちょっと罪悪感を抱いちゃうかもだし……」


 自分の考えを求められ、不安そうに答えるシェリーの後方で何かがきらりと光った。そしてそれは甲高い音を発して突進してくる。


「きゃあっ!?」


 近くまで来るのはあっという間だった。もの凄い速さの生き物が、シェリーの横を通り抜ける。その風に彼女の糸のように細い髪の毛が舞い上がる。同時にソルティアが被っていたフードもとれた。


「うわあ!?」

「――クィン!」


 リンディの驚嘆の声に被さるように、カローナが力強く叫んだ。それに呼応するように空高く舞っていた生き物は再び甲高い声を発すると、急降下し始めた。カローナは素早く自身の腕に厚い革製の布を巻きつけると、その腕を差し出す。そして美しい白銀の羽を持つ大型の鳥が降り立った。満足気に背筋を正す姿は気高さがにじみ出ていた。


「……鳥?」


 ソルティアの呟きに、カローナが鳥を撫でながら素早く訂正を入れた。


「ガラトリスという鳥の魔物よ。攻撃性は低くて、普通の鳥のように飼い慣らすことができるとても穏やかな動物なの。他の魔物の魔力に敏感だから、魔物として分類されているけど、ほぼ普通の鳥といってもいいくらいよ」

「はあ~~! びっくりした! クィンだったんだ。相変わらず大きいっ」


 慣れた手つきでリンディはクィンと名付けられたガラトリスの体を撫でた。それに嫌がる素振りは見せず、むしろ気持ちよさそうにクィンは目を細めた。


「ガラトリス、ですか。初めて見ました」

「南部の温暖な地域にしか生息しない魔物だからね。カローナ先輩は王室に納めるガラトリスの飼育をしてるんだよ」

「納める?」


 会話を続ける気などなかったのに、ソルティアは思わずシェリーの説明に興味を示してしまった。魔物を王室に納めるとは一体、どういうことか。自分が知らないことがあるのがとても気持ち悪いと感じるソルティアはシェリーを真っ直ぐに見た。その視線を受け止めきれなかったのか、シェリーの目が唐突に泳いだ。


「え? えっと……」

「毒見鳥よ」


 代わりに、カローナが端的に答えた。


「……ああ、なるほど」


 魔物好きの変人が王家にいるのかと思いきや、上級階級らしい“使い方”にソルティアは納得する。一瞬にして興味が霧散していく。が、ふとあることに気づいた。


「魔力に敏感な魔物なんですよね?」

「そうだよ! 魔力は基本的に人間にとって毒だからね。どんな些細な魔力でも敏感に感じ取れるから王室では重宝されてるんだよっ」


 リンディの元気いっぱいの笑顔に、ソルティアは含み笑いを返した。ガラトリスを使えば、合成魔獣探しを早く終わらせられるかもしれない。上手くいけば、さっさとこの学術の園から出れるだろう。敷地内に足を踏み入れた時から、なぜだか奇妙な感覚に気が休まらないのだ。多くの人間がいるからなのか、別に理由があるのかわからないが、早くここから出ればいいだけの話。


 ゆっくりとクィンに近づいた。魔封じをしているためまだ何の反応も示していない。これが、触れたとなればどうなるだろうか。いくら魔封じをして魔法を使えないように力を抑えつけられていても、ソルティアは魔法使いだ。自然の魔力と魔法使いは密接につながっている。その繋がりを完全に断ち切れなどしない。だから、しっかり仕事をしろよという気持ちを込めてソルティアはガラトリスの体に触れた。


「……ビィィイッ!?」


 優雅に羽の手入れをしていたクィンは、唐突に耳障りな鳴き声をあげた。全身の毛を逆立て、無様に翼を羽ばたかせてカローナの腕から離れる。


「クィン!?」


 驚くカローナをよそに、クィンはその場から逃げるように空高く舞い上がる。逃げ場は空しかないかのように、高く、高く。太陽の光をその身に纏っているようでソルティアの目にはとても美しく映った。


「ちょっ、どうしちゃったの!?」

「クィン!? どうしたの! 戻ってきてっ」


 驚きの声をあげるリンディの隣でシェリーも同じように目を真ん丸にして飛び立ったクィンを見つめた。無造作に飛び回るクィンを目で追いながら、ソルティアは周囲を窺った。いくら土壌魔物であるドトウとの掛け合わせであっても翼を持つユーリークが主体の魔物なら、潜んでいるのは空だろう。不可視の特異体質はさすがにソルティアでも見破るのは容易ではない。だからカラトリスが代わりに見つけてくれれば楽だ。


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