Episode14.2
フード越しにレインの顔を凝視する。
「生き物を……つぎはぎにしたアレのことを言ってんですか?」
自分でも驚くほどの低く威圧的な声色に、レインの顔からは血の気が引いた。だが、それを見てもこれっぽっちも罪悪感はない。湧き上がるのは静かな怒りと軽蔑だけ。
「ソルティアさん、誤解しないでくれ。ここで行っている合成魔獣の研究は、怪我や病気で体の一部を失った魔物に別の魔物の肉体を繋げて補助するというものさ。全く新しい合成魔獣を興味本位で作り出すような非人道的なものではないんだ」
「そ、その通りです! 我々は傷ついた獣に新たな可能性を示してあげたい、ただその一心で研究を行っているんですっ」
フォローに回ったイルディークの説明に、ソルティアは一旦開きかけた口を閉じた。レインの言葉は確かに正しいのかもしれない。彼は純粋に不自由な生き物を助けてあげたい、その気持ちで研究をしているのだろう。だが、彼のような人間だけがいるなんて、そんな楽観的な考えをソルティアは生憎持っていなかった。
「……気に食わない」
ぽつりと呟いた言葉はきっと隣にいたイルディークには聞こえていただろう。しかし彼は聞かなかったことにして話を進めた。
「それで、学術の園の中にいるであろう逃げ出した合成魔獣を探すってことが今回の仕事だな? それにしても昨日依頼を受けていまだに死傷者が出てないのは、なんでだ?」
「それが……その、コーリーユとドトウの掛け合わせなんです」
「……なるほど、そりゃ手を焼くわけだ」
コーリーユはトカゲのような胴体に鳥の羽が生えている魔物だ。体長は約五メートルあり、至って穏やかな性格をしている。だが、特別な魔力により不可視の魔法を使えるため基本的に姿を見ることができない。そこに蛇のような土壌魔物であるドトウを掛け合わせたとなると、あまり想像がつかない見た目をしていることだろう。
ふいに何かを思い出したようにイルディークが顔をしかめた。
「ドトウの繁殖期はもう少し先だが、野生のドトウは現在なぜか活発な動きを見せてるんだ。原因は調査中なんだが、その影響がもしあるとすれば怪我人が出るのは時間の問題だな」
「そ、そうなんですか!?」
野生のドトウの話は初耳だったらしく、レインは目を真ん丸にして驚いてみせた。そしてすぐに顔が青ざめていく。怯えたり、驚いたり、青ざめたりと忙しい人間だ。
「まあ、とにかくやるしかないさ。できるだけ目立たず、ちゃちゃっと逃げ出した合成魔獣を保護しよう!」
明るく言ったイルディークに、ソルティアはもちろんアリサーも無言だった。ここに協調性なんて言葉は存在しない。それをわかってか、イルディークも特に悲しむ素振りは見せなかった。
◇
昼寝に丁度良さそうな大きな幹の木を見つけて、ソルティアはそれによじ登った。建物の二階ほどの高さのところで登るのをやめ、太い幹に背を預ける。太陽の光は瑞々しい葉たちに遮られ、ところどころ小さな光の穴となって振り注ぐだけ。夏真っ盛りだが、なぜか学術の園の敷地内では心地よいそよ風が吹いていた。深呼吸をして胸いっぱいに新鮮な空気を取り込む。
「合成魔獣探しなんてやってられるかってんですよ」
誰に言うでもなく、ソルティアは独り言ちる。
魔物は魔力を有する獣という稀有な存在であるだけで、魔法使いと何か関連があるわけではない。故にサンクチュアリが何を期待して今回の任務に同行させたのかは、ソルティア自身わからない。この手の専門家である魔狩りが二人もいるのだから、彼らに任せてしまえばいいのだ。現にソルティアは、常に行動を共にしようとしてくるイルディークを巻いて一人優雅な昼寝時間を確保していた。
頬を撫でる生温い風に、騒音のない木の上。いつぶりかわからない自然のまどろみに、心地良く誘われようとしていたその時。下から何やら声がした。
「おーーーーい! そんなところにいたら危ないよーー!?」
「ちょっ、リンディちゃん! 声かけて大丈夫かな!? なんか怖そうだよっ」
あと少しで眠りに入りそうなところを邪魔され、ソルティアは静かに目を開けた。だが、ソルティアが起きたかどうかなんて下にいる人間は見えないだろう。だから無視を決め込むが、彼女らの呼びかけは止まらない。
「何よ、シェリー。見て見ぬ振りなんかできないじゃない! ……おーーいってばーー! もしかして編入生なのーー? その木の噂知らないのーー?」
「そっ、それはそうだけどぉ! はぁ……リンディちゃんのそういう性格、勇気があるというより無鉄砲って言うんだよっ!?」
うるさい。とにかくうるさかった。その後も無視をし続けたが、暇人なのか一向に木の下から彼女たちは離れなかった。挙句の果てには木に登るなんて話に発展している。
「ちっ……」
結局、よくわからない根競べはソルティアの負け。ただの人間の前で容易に魔法は使えないので、身一つで飛び降りるわけにいかない。短くため息を吐くと、上半身を起こしてゆっくりと幹をつたって降りた。
「わ、わあ! この人落ちなかったね、リンディちゃん……」
「それならこのあと落ちるのかも。ほら、二つ上の先輩がそうだったじゃない」
「そ、そっか……」
「何の話です?」
先ほどから訳の分からない話を繰り返す二人に、ソルティアは怪訝な顔を向けた。しつこく呼びかけ続けたリンディという女性は、釣り目がちのすっきりとした顔立ちが印象的で、明るい茶髪を高い位置でひとつに結んでいる。その隣でシェリーと呼ばれた女性は不安そうにたれ目の目尻を下げ、小柄な肩をさらに縮こませていた。深緑色の髪は敷地内を抜けるそよ風に揺れている。
「あっ、やっぱり“落ちる木”の噂知らないんだね」
「……落ちる木?」
「そう、落ちる木。この木に登った人はその日の内に必ず、何かから落ちるんだよ! 階段から落ちるとか、大事な試験に落ちるとか、そんな感じ」
「……………はあ…………?」
所謂、ジンクスのようなものだろうかとソルティアは何とも気の抜けた相槌を打った。木の上で心地良く昼寝をしていた人間を無理やり引き下ろしたにしては少々、くだらない内容だ。今の話を全く信じていないというのが伝わったのか、真剣に説明していたリンディがむっとした。
「こら! 信じてないでしょっ! 本当なんだからね!? 今日は一日、気を付けた方がいいよ」
「あっ、リンディちゃん! カローナ先輩が身代わり石持ってたよね……確か」
シェリーの言葉に、リンディの表情がぱっと明るくなった。「それだ!」と叫ぶと、今度はソルティアを真っ直ぐに見る。瞬間、嫌な予感に背筋が冷たくなった。後ずさると同時に、がっちりと両手を握られる。
「一緒に来て! あなたのピンチをあたしたちが救うよっ」
勘弁してくれと言う前に、ソルティアの体は呆気なくリンディに引きずられていった。




