Episode14.1 学術の園Ⅰ
不機嫌さを隠すことなく不貞腐れた表情でソルティアは窓の外を眺めていた。馬車が揺れるたびにお尻も腰も痛いし、そもそもなぜ首都内を移動するだけなのに馬車などという乗り物に乗らなければいけないのか。そんな不平を漏らしてすでに十回。これ以上は無駄だとさすがに諦めた。だが、不機嫌の理由はそれだけではない。
「私、仕事しましたよね? なんでわざわざあなたたちの仕事に同行しなくちゃいけないんですか。ありえない」
首都の洗練された街並みをまるで親の仇のように睨みつける。つい先ほどまで、薬剤室と化していたサンクチュアリ内の自室で薬の調合をしていたら、半ば連行されるように馬車に連れ込まれたのだ。あまりの強引さに文句のひとつも言いたくなる。しかも、馬車に揺られ早三十分。今のところ誰からも何の説明もないままだ。
「……この馬車ごと吹っ飛ばしてやる」
物騒なことを呟くと、やっと窓の外から声がした。
「うわあ、それは勘弁してほしい。申し訳ないけど、目的地についてからじゃないと詳細は説明するなって隊長に言われてるんだ。もう少しで着くから我慢してくれ。それと、アレを仕事と言うにはちょっと雑なんじゃ……」
馬に跨っている魔狩りのイルディークが苦笑いで、やや控えめに言った。特殊部隊員の制服であるいつもの漆黒の装いが今日の日差しの元では鬱陶しくて仕方ない。そんなどうでもいいことすら、今のソルティアにとっては苛つきのひとつに容易くなってしまう。
「魔法陣の提供はしましたよ。あとはアレを人間たちが使えるくらいまで簡略化すればいいだけです。それくらい、魔法陣の知識がある魔法使いならできるでしょう?」
サンクチュアリからの要求は、生活魔術工具のレベルを引き上げるというもの。それならばと、ソルティアは室内に入ってくる光量を調節できる魔法陣を、バランに教えた。数年前からサンクチュアリの協力員として魔法陣関連の仕事を引き受けていたという魔法使いのバランならば、魔法使いが使う複雑な魔法陣を、簡略化させることは容易いだろう。そう思って、ただの機械的な作業の部分は彼に投げてきたのだ。
しかし、イルディークはバランの姿を思い出して苦笑した。
「口では大人しく従ってたけど、口元は引きつって目も笑ってなかったのは俺の見間違いか……?」
「そうなんじゃないですか」
ぶっきらぼうに返答した。バランの能力などソルティアにとって関係ない。与えられた仕事をただ終わらせればいいのだ。ふと、外の街並みが消え新緑の木々で囲まれた敷地に入った。馬の背をもゆうに超える金色の門をくぐる。ちらほらと若者たちが談笑しながら歩いているのが見えた。分厚い本を小脇に抱え、白衣を着て何やら薬剤を運んでいる若者もいる。
「……どこですか、ここ」
「もういいよな……? ようこそ! 優秀な若者たちが集まる西域一の学び舎『学術の園』へ。魔法使いソルティア」
その言葉に、ソルティアは静かに眉を寄せた。
通された部屋はガラス張りの大きな窓を背に、広い大理石の机がひとつ。その上には様々な資料が山積みになり今にも崩れ落ちそうだ。床には分厚い本がいくつも山を作り、用途のわからないオブジェも散乱していた。
ソルティアは一人掛けのソファに座らされ、同行している魔狩りのイルディークも同じように隣のソファに座っている。もう一人の同行者であるアリサーはなぜか扉に背を預けて立っている。ソファの柔らかさに驚いているソルティアをよそに、イルディークの対面に座った男がさっそく口を開いた。
「この度はご協力感謝いたします。僕は魔物研究科長の秘書をしているレイン・ゲッテンと申します。イルディークさんはお久しぶりですね。それで、えっと……そちらの方が……?」
丸眼鏡をかけてキノコを連想するような奇妙な髪型をしたレインが、ソルティアに視線をちらちらと投げかけてきた。白衣を着ているので研究員だろう。押しに弱そうな彼の何か歯に詰まったような言い方に、イルディークは嫌な顔ひとつ見せず穏やかに返した。
「ああ。今回の仕事に適役ということで同行させたサンクチュアリの特別協力員さ。一応、確認だが今回の仕事は『できるだけ目立たず』だったよな」
「は、はい。本当に申し訳ないです……」
頭を垂れてしおらしくしたレインを見て、ソルティアは直観した。これは思ったよりも面倒そうな仕事だと。好奇心旺盛な若者たちが集う学び舎で魔狩りと魔法使いが目立つなとは一体どういうことだ。思わず舌打ちをしてしまい、レインの肩がびくりと大きく跳ねた。
「あ、ああ~~……。すまない、レイン。彼女にはまだ詳しい説明をしていないから、気が立っているんだと思う。詳細を説明してもらえないか?」
緊張した面持ちで、レインは頷くとなんともお粗末な話を始めた。
「ここ“学術の園”は義務教育の先に位置する高等教育を受け研究をする機関です。各国の優秀な若者たちが集まり、様々な分野に特化して学べるのですが……その、僕が所属する魔物研究科のある研究室で問題が発生しまして」
「研究対象が逃げ出したとか間抜けなこと、まさか言いませんよね」
「……」
明らかに目が泳いだレインに、ソルティアは先ほどよりも大きな舌打ちをした。管理のできない獣を管理しようとした結果がこれ。魔物はただの獣ではないのだ。妖精になりきれない肉体を持つとても厄介で哀れな生き物。それを好奇心か使命感か分からないが、容易に研究しようとなど考える輩は、とても不快だ。その弱い頭に噛みつかれないと自分の力量がわからないのか。
ふつふつと湧き上がる怒りの炎に、さらなる油が投下された。
「逃げ出したのは、合成魔獣なんです……」
「は?」
思わず俯いていた顔を上げた。




