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LAST WITCH  作者: 海森 真珠
蒼炎の残り香
19/63

Episode10.1 利害の一致


 特別協力員というバカげた提案に対する疑問は一旦置いて、ソルティアはまず確認する。


「私みたいな得体の知れない存在、気味が悪くないんですか?」

「『気味が悪い』ってなぁ……」


 トスと顔を見合わせたプラトンが苦笑して、


「そりゃおっかないが、嬢ちゃんを抑えられるだけの力がここにはあるからな。あとはこっちのさじ加減だろう」


 と言った。

 ソルティアの心で何かがちくりと引っかかった。


「……さじ加減……」


 自分の気持ちがすっと冷めていく。プラトンたちは自分たちの持っている技術を無条件に信用しすぎている気がしてならない。魔力を強制的に抑えつける魔封じがどれだけの魔法使いに有効かを彼らは正しく認識していないのだ。


 だから同時に、()()()()()に気づいた。


「なるほど。そうやって捕まえた魔法使いから魔法の知識を得ているんですね」

「“保護”だ。言い方に気を付けた方が良い」


 威圧的に訂正を求めてきたのはフェナンドだった。会ったときから敵視してくる態度は、ソルティアにとってむしろ“あるべき姿”。これが本来の魔法使いと魔狩りの関係性だ。


 だが、ムカつくものはムカつく。そればっかりは仕方ない。


「そっくりそのままお返しします。力で屈服させて要求を呑ませるやり方のどこが“保護”なんだか。……結局、どこも一緒だ」

「危害を与えてくる魔法使いから人々を守り、誤った力の使い方をするやからを制御する。どちらも魔法という力から守るサンクチュアリの保護は正当だと言える」

「お前たち魔狩りが魔法使いのやり方に是非をつけるなんて、おごり以外のなにものでもないですよ。大きなお世話です」

「そうやって好き勝手やっ――」

「いい加減にしろ、フェナンド」


 プラトンの制止で、若干あつくなったプラトンがはっとした。すぐにばつが悪そうにソルティアから視線を外す。その様子に同じく魔狩りのネルが慌てて言う。


「フェ、フェナンド隊員~! 落ち着いてくださいぃ。彼女はまだ()があると決まったわけじゃありませんよぉ~!」


 ネルの言葉に、ソルティアの心臓がどくりと脈打った。向き合わなければいけないかつての自分と真正面から向き合っているような感覚に、軽いめまいを覚える。そんなソルティアの変化を知ってか知らずか、プラトンが追い打ちをかけるように質問してきた。


「話が出たついでに聞くが、嬢ちゃんは『蒼炎の悪夢』って知ってるか?」

「……………………知らない魔法使いなんていませんよ」

「そりゃそうか」


 北に君臨する古代の魔法大国として栄えた、歴史ある北の帝国オルセイン。その東に位置する第二の都市メイツァが蒼い炎に包まれ、一夜にして五万人の命が奪われた事件。それが『蒼炎の悪夢』だ。いまだに魔力が濃く漂うメイツァの都市跡は誰ひとりとして立ち入ることができない禁足地となっている。


「8年前のあの事件はあまりにも犠牲が多かった。いや、多すぎたんだよ。それは俺たちサンクチュアリの隊員たちも例外じゃない。だからな、あの日から人と魔法使いの関係性ってのは完全に変わっちまったんだ」


 どす黒い自身の心と引っかかりを抱えながら、ソルティアはただその言葉を静かに聞いた。冷たくなる指先をぎゅっと握る。


「600年前の“魔女狩り”以来の緊張状態なんだよ」


 後ろにいたはずのフェナンドが目の前にやってきて、憎悪の色を瞳に映しながらソルティアの空っぽな灰色の瞳を睨みつけて言う。


「お前たち魔法使いが魔法で人々を傷つける限り、サンクチュアリは戦い続ける。そして、蒼炎の悪夢に関係する魔法使いは一人残らず捕まえる。必ず」

「……ああ、そういうことですか」


 フェナンドが訳も分からず敵意を向ける理由に、ソルティアはやっと気づいた。彼はトイシュンの花畑を蒼い炎で燃やし尽くした魔法使いと、同じタイミングで現れたソルティアの関係を疑っているのだ。もちろん、それはフェナンドだけではないだろう。


 つまり、本当の目的は蒼炎。トイシュンの花畑で蒼い炎を見て、心臓が止まりそうになったのはソルティアだけではなかったのだ。


「トイシュンの花畑を焼いた魔法使いとは初対面ですし、蒼炎の悪夢についても私から何か伝えられることはありません」


 プラトンに向かってきっぱりと言うと、彼は「そうか」とだけ小さく頷いた。


「でも、あなたたちに協力してあげましょう」

「そこを何とか……って、おおっ!? ほんとか!?」


 プラトンが身を乗り出して驚きと喜びを露にすると、


「プラトンさんっ!?」


フェナンドがぎょっとした。


「わーかってるよ。『危険だ。信用できない』って言いたいんだろ」

「……はい」

 

 渋々頷くフェナンドの考えはもっともだ。口先だけならどうとでも言えるのだから、ソルティア自身も自分の言葉がサンクチュアリの隊員相手に信用されるなんて微塵も思っていない。だが、プラトンの考えはソルティア自身にもさっぱりわからなかった。

 

「現状、魔法使いソルティアから敵意は感じられない。なら、いいんだよ。それで十分だ」


 自信満々に言ってのけたプラトンを凝視した。あまりにも楽観的な考えと非難されてもおかしくない発言だ。何も考えていないのか、逆に何か企みがあるのか。ここにいるプラトン以外の全員が彼の心内を理解できていないだろう。


 故に当然の如く食い下がろうとするフェナンドに、今度はトスが厳しい口調で諫めた。


「しかしっ……!」

「フェナンド隊員。この決定はイリス特殊部隊隊長から一切の権限を委ねられたプラトン第二部隊副隊長の判断です。それに国王陛下からの件、忘れていませんよね? これ以上の批判的な言動は、妨害行為とみなせざるを得ませんよ」

「……了解」


 そのやり取りで、話はまとまった。人間の組織の多くは、実力主義ではなく階級で上下関係が決まる。まさに今のプラトンとフェナンドのように。その様子はいつ見てもソルティアにとって不思議な光景だ。


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