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LAST WITCH  作者: 海森 真珠
蒼炎の残り香
18/63

Episode9.2


 状況を掴めずゆっくりと瞬きを数回繰り返しているうちに、もう一人の桃色頭の女魔狩りが近づく。いばらを模した金色の華奢な冠のような髪飾りを、動けないソルティアの頭にのせる。


「なにを……? ――あッ!?」


 途端、髪飾りが頭を締め付けた。ものすごい圧力で両側から抑えつけられているような衝撃が走り、思わず取ろうと手を伸ばす。しかし触れた瞬間、今度は手が何かに弾かれた。


「ここまでする必要があるか正直俺は疑問だが、からの指示なんでな」

「いえ、プラトンさん。自分はこれが妥当だと思います。あれほどの魔法を使える魔法使いは早々いませんから」

「ふえぇぇええ! 痛そうですぅ」


 プラトンの渋い顔に対して、剣を持った魔狩りは神妙な面持ちで言った。その隣では、髪飾りを乗せた張本人である薄桃色の髪の魔狩りがちらちらとソルティアを見るだけで、ほぼ顔を逸らしていた。


「っ……! 臆病者どもめッ」


 苦し紛れに放った言葉に、プラトンは苦笑していた。




 それから、再び目隠しをされた状態で連れてこられたのは広い部屋だった。窓一つない無機質なその空間は異様な空気感があり、天井には歪で巨大な魔晶石ピズリルが埋め込まれていた。魔封じの役割を持つ深い青色のピズリルを見て、ソルティアはここがどんな役割の部屋か何となく察する。


「……尋問部屋ってとこですか」

「一応、“対話部屋”って名前だ」


 歩いて十歩ほどの真正面に座るプラトンが苦笑しながら答えた。すぐ隣には確かトスと呼ばれていた副官が座っている。尋問でも対話でもどちらにしろやることは同じだろうという視線をソルティアは送った。


「これから質問することに貴方はただ答えて下さい。10秒以上間が空くと頭の“いばらひめ”が動作する仕組みになっていますのでご承知おきを」

「何が“対話“だ」


 トスの口から説明される一方的なやり方に、ソルティアは悪態をついた。


「黙るんだ。自分の状況がわかっていないようだな」

「おいこら、フェナンド。悪役みたいな台詞言ってんじゃねえ。それと必要以上の脅しは規則違反だぞ」


 つい先ほどソルティアの首元に剣を突き付けた魔狩りのフェナンドは、小さく謝罪の言葉を口にして渋々黙った。もちろん、謝罪はプラトンに対してだ。


「よし、嬢ちゃん……じゃなくて、魔法使いソルティア。さっそくで悪いが“対話”を始めようか」


 柔らかい表情を浮かべたプラトンはソルティアを真っ直ぐに見た。その視線を真っ向から受け止めながらソルティアは鈍痛に不快感を覚える。だが、今自分にできることは何もない。魔法も自由に扱えない魔法使いにできることなど皆無だ。


「今回起きたトロック襲撃事件に貴方は関与していますか」

「私ならもっと完璧にしてます」

「はい?」

「最初の奇襲で成功させます。あんな面倒なことはしません」

「えっと……それは、否定ですか? それとも関与を認め」

「否定以外の解釈があるんですか? 理解力の乏しい人間ですね。それで働けているなんて不思議です」

「……プラトン副隊長、これはちょっと強烈です」

「どこに行ってもお前は口で女に勝てない運命なんだよ。いいから続けろ」


 助けを求めるようにプラトンを見たトスだが一蹴された。


「ぶふっ!」

「……ネル隊員、外に出ててもいいですよ……」

「ひゃっ、失礼しましたぁ~!」


 ソルティアの後ろで笑いを堪えきれなかったネルが、トスに注意された。隣のフェナンドからは訝し気な視線が送られる。それはもはや敵意が感じられるほどだ。


「えー、次の質問です。トイシュンの花畑で戦闘に至った魔法使いとは知り合いですか」

「いいえ」

「では、あの魔法使いもしくは襲撃の目的に心当たりはありますか」

「いいえ」


 即答するソルティアの回答に、室内は重い沈黙が漂う。


 嘘をついているのか、ついていないのか。はたまた何かをはぐらかしているのか。彼らの心内が手に取るようにソルティアに伝わってくる。それがなぜだか面白い。


「おう、嬢ちゃ……じゃなくて、魔法使いソルティア。何かおかしいか?」


 いつの間にか笑みがこぼれていたらしい。怪訝そうに、だがどことなく楽しんでいるプラトンからの問いに、ソルティアはうんざりした気持ちで答える。


「回りくどいことはやめませんか」

「というと?」

「牢獄に繋ぐだけならこんな“対話”をわざわざする必要はありませんよね。つまり、私に何か話があるんでしょう? さっさと目的を話してください。あなたたちの使う“前置き”は時間の無駄です」


 言い終わると、部屋内はしんと静まり返った。

 ソルティアの後ろに立つ魔狩りも動かず、質問してきたプラトンや隣のトスもじっとソルティアを見つめた。今度こそ余裕ぶっていたプラトンも声を張るか、そう思っていたが。


「っふ……はははははははっ! ほれ見ろ、トス。やっぱその“対話マニュアル”誰ひとりとして魔法使いに通用しねぇじゃねえか!」

「そうみたいですね。さすがにもうマニュアルなんて無意味なもの廃止しましょうか」

「そうしろ、そうしろ! あーはっはっはっ!」


 どっと笑いだしたプラトンとトスの軽快なやり取りにソルティアは呆気にとられる。さっきまでの重苦しい雰囲気はプラトンの笑い声で完全にどこかへ霧散した。

 

 それから数分、ひとしきり笑ったプラトンが「すまん、すまん」という手振りでソルティアとの会話に戻ってきた。一度ツボに入るとなかなか抜け出せない笑い上戸のようだ。


「若い魔法使いのくせによく状況が掴めてるじゃねぇか。聡明なこった」

「魔法使いを見た目で判断すると痛い目にあいますよ」

「もうすでにあったよ。嬢ちゃんでな」


 対話部屋に連れてこられたときより幾分か穏やかな空気感に、むしろソルティアは何となく落ち着かない。敵地のど真ん中にいると言っても過言ではない状況なのに、押し潰されるほどの憎悪もなければ息苦しさもないのだ。


「それで?」


 魔封じを2つもつけて危険視する魔法使いへの話は一体何か。早く話せと催促すると、プラトンは突拍子もないことを言ってのけた。


「ちと俺たちに協力してほしい。いっそのことサンクチュアリの特別協力員にでもなるか?」

「……は?」


 肩の力が抜けるような提案に、ソルティアからは思わず気の抜けた声がもれた。


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