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LAST WITCH  作者: 海森 真珠
蒼炎の残り香
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Episode9.1 対話





 心地良い冷たさの中、湖でひざ下まで水に浸かりながら一人の少年と対峙している。恍惚に輝く血のような紅色の瞳が、怒りで燃え上がり、今にも射殺さんばかりにこちらを睨んでいた。ひざまずいた()の中で、彼は父親と母親の亡骸を抱いている。


「なぜっ」


 絞り出すように呟いた少年の声は痛いほどに震えていた。


「っ……」


 何も言えず、ただ涙を流してゆっくりと首を横に振った。彼の瞳に自身の銀色の輝きが映ることが、とにかく嫌で目を瞑る。だから余計に涙が頬を伝った。


 抑えられない悲しみが、怒りが、憎しみが、罪悪感が、青白い光となって体を包む。よく澄み渡った星空の下、月の光が反射して、水面に映る自分の背には魔力の翼が揺らめく。


 とても静かな夜だ。


「ルティッッッ!!!!」


 彼の叫びが胸に突き刺さる。

 もっと、傷つけばいい。

 もっと、憎めばいい。

 そうすれば、抱いてしまった愚かな感情が消えて、心置きなく傷つけあうことができるのだから。


 俯いていた顔を上げ、まっすぐ宝石のように美しく輝く紅色の瞳を見つめた。そして、冷たく言った。


「……犯した罪を命で償った。ただ、それだけのこと」


 息ができないかのように胸を詰まらせ、目の周りを真っ赤にし、半開きの口のまま信じられないものを見る目で、黒髪の少年はゆっくりと首を横に振る。視線は銀色の瞳に縫い付けられて離れない。


 何かを訴えかけるその眼差しは、もう誰にも届かないだろう。

 すぐにそれは憎しみで濁るのだから。


「うぐっ!」


 湖の中から伸びた水草が少年の体を縛り上げ、頭上高くに吊るしあげた。両腕を左右に固定されたその姿はまさに生贄の儀式だ。


「何度でも私は同じことをするっ」

「ル……ティッ……!」


 刹那、剣のように鋭い水草が少年の腹を貫いた。


「かはッ――! …………………………………」


 ぐったりと両腕両足を投げ出し何も言わなくなった少年が、湖に悲しいほどの静寂をもたらした。腹を貫かれて気を失った少年の姿に、想像の中で自分に置き換えてただ見上げた。自分の意志とは関係なくゆっくりと頬を伝う涙が、ここに残せる唯一の自分だ。


「主席修道女様」


 音もなく茂みから口元を覆った修道女の恰好をした女性が呼んだ。自分よりも十歳は上の女性が恭しく頭を下げている。その姿がいつも以上に、吐き気がするほど心を不快にさせる。


「その呼ばれ方は嫌いです。名前で呼びなさい」

「失礼いたしました。ソルティア様」

「私の後をつけたんですか? 不快ですね」


 苛ついた掠れ声でそう問いただすと、女性は伏し目がちに機械のように感情を殺して答える。


「その者の遺体を引き取るように修道院長様から仰せつかっております」

「私がやります。それに……まだ死んでません」

「……どうするおつもりで?」

「それをあなたに言う必要がありますか? 修道院長の使いごときのあなたに?」


 すると水面に小刻みな波が立ち始め、森の木々が不自然に揺れ出した。頭上には月明かりがさし、銀色の瞳が眩しいほどに妖艶で危険な輝きを放つ。獲物を狙うように攻撃的なその視線に修道女はびくりと肩を揺らし、深く頭を下げた。


「っ……! 失礼、いたっ……し、ま……した」


 苦しそうに喉を詰まらせ、とぎれとぎれの言葉を紡ぐ。そしてすぐにその女性は闇に消えていった。


「ゼオには私から言った方が早いんですよ……」


 誰もいなくなった湖の上で、ぽつりと言葉をこぼした。







 ゆっくりと意識が覚醒した。だが、瞳を開いているはずなのに目の前に映るのはぼんやりとした光だけ。手足を動かそうと力を込めた瞬間、


「ぅあっ……!」


 腹部の強烈な痛みにうめき声を漏らす。


「あら? 本当に起きたのね」


 近づいてくる声は女性の落ち着いた声。ひんやりとした手のひらが額に触れて、ソルティアの体は若干揺れた。


「熱はない、腹部も塞がった。……けど、魔力の方は相変わらずね」


 そう言いながら、女性はソルティアの後頭部に手を差し入れた。そして目元を覆っていた布をゆっくりと外した。一気に光が視界をつつみ、刺すような光量に何度も瞬きをする。


 少しずつはっきりとしてきた光景は、病室のような無機質な雰囲気の室内だった。


「あ……」


 呆れかえった表情を浮かべた、クリーム色の髪の女性が白衣のポケットに手を突っ込みながらこちらを見ている。ベッドに横たわりながらその姿をまじまじと見たソルティアは、念のため聞いてみた。


「こ……っ……んんっ。ここは?」


 掠れた自分の声に違和感を覚えながら尋ねると、


「世界動植物保護協会サンクチュアリのテルーナ王国中央支部。ようこそ、ソルティア」


 ぶっきらぼうに即答された。予想通りの答えにもはや何の感情も湧かない。

白衣の女性は面倒くさそうな表情の中に、どこか探るような警戒心がある。だが不思議と攻撃的な感情はうかがえなかった。


「名前、なんで」

「怪我したのは頭もなの? トロックの街で人間と交流してたんでしょ。それなら名前くらいすぐ調べられるわよ」


 干乾びた草木のような渇きを感じながらも喉を震わせるソルティアに対して、なんとも嫌味な対応だ。しかし、目覚めた瞬間再び剣で腹を貫かれるよりマシか、などと思ったソルティアはふいに白いお面をした魔狩りの事を思い出した。


「あの白黒野郎、殺してやる……」

「言葉に気をつけなさい。ここはサンクチュアリよ」


 ソルティアは固いベッドの上で体を起こした。腹部に手を当てると、包帯は巻かれているが貫かれた傷口は塞がっていることがわかった。


「私はユリィ。医者よ。医者の仕事は知ってるかしら」

「え……っと、治療?」

「そうよ。だから怪我人のあんたは私に協力する義務があるの。今すぐその面倒なものどうにかしなさい」

「めんどう? ……あぁ」


 ユリィの言わんとしていることを理解したソルティアは頭をぽりぽりと搔きながら、なんてことない様子で言い放った。


「治療の必要はありません。自分の状態はよくわかってますから。……それより、これどうにかなりませんか」


 治療を軽く拒否したソルティアにユリィは何か言いたそうな視線を送る。が、ソルティアの指先を見て視線はすぐに冷たいものへと変わる。


「もうあんたは()。言ったでしょ、『ようこそ』って」


 鬱陶しそうに顔をしかめながら、ソルティアは自身の首につけられたチョーカーをいじった。中心についている濃い青緑色に白い斑点が特徴的な魔晶石にソルティアは首を捻る。


「魔狩りが使う魔封じは、ピズリルでは?」


 魔法使いや魔物の魔力を抑えつけるのに適している魔封じは、神々しい深い青色が特徴的なピズリルという魔晶石だ。発掘量はさほど多くないが、人間でも加工ができる自然の魔晶石で、それなりに魔封じとして効力もある。しかし、今ソルティアの首についている魔封じは、別のものだった。


「ええ。でもそれはプレセリブルよ。魔封じの効果に併せて癒しの効果もある魔晶石。医者としての私の判断だから黙ってつけてなさい。……治療を拒否するなら尚更ね」


 無造作に魔力をただ抑えつけるだけのいつもとは違う鬱陶しさと窮屈さを感じつつ、ソルティアはベッドから足を下ろした。素足に床のひんやりとした冷たさが伝う。落ちてくる髪の毛をかき上げようとして、ふと髪の毛が若干濡れていることに気づいた。


「ああ、それは」


 ソルティアの疑問に目敏く気づいたユリィが口を開こうとしたその時、


「入るぞ」


 男性の低く安定的な声とともに、入口の扉が開かれた。


「……目覚めたか」


 現れたのは、サンクチュアリの隊員服を着た見覚えのあるこげ茶の髪の男。疲労の見える表情をしたその男はソルティアと目が合うなり、真剣な面持ちでユリィに目配せした。後ろには漆黒の制服を着た男女の魔狩り二名を引き連れている。


 無言でこくりと頷いたユリィを見て、男は後ろの隊員二名に合図を送る。すると、素早く前に出てきた堅物そうな男が躊躇いなく流れるような手つきで腰に下げていた鞘から真剣を抜く。そしてその切っ先はぴたりとソルティアの首にあてがわれた。


「……何です、これ?」


 突然の行動に驚いて、ソルティアは静かに眉を寄せた。


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