Episode8.1 まじない
いまだ蒼い炎で燃え続けるトイシュンの花畑を瞳に映しながら、ソルティアはゆっくりと立ち上がった。くらくらする頭と、干乾びた草木のような渇きを必死に耐える。久しぶりに魔法を使いすぎたせいで全身の血が逆流しそうな勢いで流れていた。もちらん、強烈な眠気の原因はそれだけではない。
「……あぁ、その麻痺銃がトイシュンのですね。憎たらしいほどよく効く」
最悪な気分を隠すことなく、ソルティアは悪態をつきながらプラトンとトスを見た。
「嬢ちゃんよ。あんた、俺が今まで見てきた魔法使いの中で一位二位を争うくらい、おっかねぇな。……なんでまだ立ってられんだよ」
引きつった笑みでそう言うプラトンの隣では、トスが銃の照準をソルティアの右足に定めた。緊張からか、トスの額からは大粒の汗が流れていた。
「ひとつ、聞き……ますけど、私はあなたたちに、被害を加えましたかっ?」
「いいや」
歪む視界の中、ソルティアは会話を続ける。
「そうですか。なら……ひとつ確認します。私は何事もなくっ……はぁ、この場を離れますけど、いいですね?」
「すまんがそれは無理だな」
平坦なプラトンの声色を聞いた瞬間、視界の両端に黒い影が走った。
「っ!」
両側から迫りくる魔狩りの存在を察知する。
同時に、刺さるような殺気が降りかかった。
「なめるなっ!」
ソルティアに向けられた刃は、地面から生えた氷の壁で阻まれる。冷え冷えとしたそれはいびつな形をしていた。
「なんていう魔法の速さだっ!?」
若干悲鳴交じりの声がすぐそばで響いた。
だが、すでに負傷しているソルティアが作ったそれは不完全だった。
「アリサー隊員! 押し切ろうっ」
鍛え上げられたがっちりとした筋肉を持つ男性の魔狩りが、もう一方のお面をつけた魔狩りであるアリサーに叫んだ。一層、剣に力が入る。
あろうことか、ソルティアに耐える力は残っていない。
「うおおおおおおぉぉぉぉぉっ!」
「っ……! 野蛮人めッ」
その瞬間、みしりという嫌な音と共に氷壁が破られた。同時に、ソルティアの魔力をコントロールするための魔封じである耳飾りがひとつ、弾け飛ぶ。
「うわっ!?」
「っ!」
途端、ソルティアを中心に眩いほどの青白い光が散った。衝撃波のようなものでアリサーともう一人の隊員が後ろへと飛ばされる。
「フェナンド隊員っ、アリサー隊員っ!」
トスが心配の声をあげたが、二人はすぐに手を上げ、怪我がないことを知らせる。
「何が起こった……!?」
プラトンの呟きと視線はソルティアに向けられる。
青白い光の粒がソルティアを囲うように漂い、足元は氷の草花が咲き誇っていた。月明かりがそれらに反射して美しい輝きを放ち、まるで夜空から降り注いだ星屑のように映る。その中心で、灰色掛かった藍色の髪の先だけが、深い蒼色に変化したソルティアが銀色の瞳を輝かせながら不安定に立っていた。
「ごほっ」
唐突に、ソルティアの口から真っ赤な血が溢れた。美しく咲く青白い氷の草花たちが真っ赤に染まる。
「なっ……!」
「プラトン副隊長っ、あれは!?」
隊員たちの声がぼんやりと聞こえるソルティアだが、意識が朦朧としてはっきりと聞き取ることができない。自分の呼吸に意識を向けるのがやっとだ。真っ赤になった地面を見て、戦うことを諦めた。
自身の口から流れる血を指に取る。そして震えながらゆっくりと、額、瞼の上、唇に塗った。ソルティアはその間、ただ一点を見つめていた。
一連の流れに違和感を覚えたのか、プラトンがアリサーに指示する。
「アリサー! 止めろッ」
アリサーが軽やかに地面を蹴った。
しかし、もはや手遅れだ。
僅かに口角をあげたソルティアが、真っ赤な唇を動かした。
「開かれることなかれ 映し出すことなかれ 触れる者 夢に支配されん < ウィア・ルディハラ・リーン > 」
言い終わった刹那、ソルティアの腹に剣が突き通った。
「っ――――!」
「アリサーッッ!!!!?」
プラトンの声がどこか遠くで聞こえながら、ソルティアの耳もとでは違う声が囁いた。
「……これで終わりだと思うな」
そのまま、ソルティアは意識を完全に手放した。




