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LAST WITCH  作者: 海森 真珠
蒼炎の残り香
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Episode7.2


 気づけば、両耳につけている魔封じの耳飾りに手が伸びていた。


 直後、薄いガラスが軽く割れるような音が街に響いた。同時に結界に張り付いていた魔物たちが結界内になだれ込む。


「プラトン副隊長! 結界がっ」

「くそ!」


 体が大きく揺れるほどの地響きが圧倒的な数を裏付けていた。


「さあ! 師匠の偉大なる意志のためのいしづえになるがッ――かはッ!」


 しかし、女の言葉は最後まで続かなかった。

 代わりに感情を押し殺した少女の声が響く。


「――うるさいんですよ、さっきから」


 唐突に出現した頭サイズの氷塊が、女のこめかみに直撃。衝撃で態勢を大きく崩した女は何とか両足で踏ん張る。だが、頭からは赤々とした血が滴っていた。


「……あ?」


 白目をむいていた女の瞳が不気味なほどにぐるんと動き、ソルティアの姿を捉える。夕日色に輝く瞳と銀色に輝く瞳が対峙した。


「お前……魔封じをしていたのか」

「誰に向かって言ってんですか。身の程を弁えたらどうです?」

「なんだとっ……くッ!」


 女に話させる隙も反撃する隙も与えず、ソルティアはいくつもの氷塊で彼女をなぶる。防御に徹する相手に、ソルティアを攻撃する余裕はない。よけきれない氷塊が鋭い刃物のように体を傷つけ、確実に少しずつ体力を削っていく。蒼炎の中で踊る魔法使いの出来上がりだ。


 その圧倒的な力の差を間近で見てプラトンとトスは唖然とした。


「な、何が起こってんだよ」

「仲間割れ……でしょうか」


 聞き捨てならないトスの言葉に、


「ちがっ! ……はぁ、もういいですよ。それで」


 否定しかけたソルティアだが、すぐに諦めた。ため息を吐きながら、上げかけた右腕をゆっくりと下ろす。説明したところで信じてなど貰えないことはわかっている。今は目の前で氷塊相手に踊ってる蛇のような女を戦闘不能にすることが先だ。


「ああああぁぁっ! 邪魔をするなぁッ!!!」


 突然、大声を発したかと思うと、魔法で作られた数十の毒蛇がソルティア目掛けて飛び掛かってきた。それを見て、


「やるなら本気でやってくださいよ。遊んでんですか?」


 指先を噛む。赤黒い血が滴り落ち、地面に吸い込まれたと同時に襲い来る蛇の10倍以上の大きさの大蛇が現れた。禍々しい雰囲気をまき散らすそれは、決して美しい魔法などではない。


「う、うそ……でしょ」


 血から生み出された赤黒い大蛇は相手の蛇たちをあっという間に呑み込み、そのまま女を素通りしてすぐ後ろまで迫っていた魔物の大群を一掃していく。海の波が地上を滑るかの如く、恐ろしく醜い魔物たちが呑まれていく。大蛇が滑ったあとには魔物たちの凍てついたオブジェが出来上がっていた。ひんやりとした冷気が辺りを包む。


「これでもまだ私とやりますか?」

「……ちっ!」


 圧倒的な力の差を感じた女は醜く顔を歪めて、後ずさった。ソルティアとしては、この魔法使いを捕まえる必要はない。だから今、自分への攻撃をやめ邪魔さえしなければ見逃すつもりだ。これはただの魔法使い同士の喧嘩と大差ないのだから。


 だが、サンクチュアリの人間にとってはそうではなかった。


「っ!」

「うあッ」


 後ろ肩に衝撃を感じ、ソルティアの体が前のめりに揺れた。ソルティアと蛇のような女の肩あたりに、同時に銃弾が撃ち込まれたのだ。


 鈍い痛みにソルティアは右後ろ肩を反対の手で抑えた。思いもよらない展開に顔をしかめる。どくどくと脈打つ音を聞きながら後ろを振り返ってプラトンとトスを睨んだ。


「アリサーたちが来るまで俺たちにできることは限られてるんだよ」


 銃を構えて、額に大粒の汗をつけたプラトンが緊張の表情でソルティアと対峙した。先ほどまで見せていた、薬師の少女への眼差しとは百八十度違うその表情に、ソルティアは悪態をつかずにはいられない。


「なぜッ!」


 いまだ蒼い炎で燃え盛るトイシュンの花畑では、魔法使いの女が片足をつけて倒れ込む音が聞こえた。


「サンクチュアリ保護法に則り、“特級危険種”である魔法使いを拘束する!」

「無駄な抵抗はしない方が身のためです」


 プラトンと同じように銃を構えたトスは諭すように言う。魔力中毒に陥った住民を助けたことも、迫りくる魔物の大群を戦闘不能にしたことも、この場においては全く意味がなかった。


 ふつふつと沸き出る怒りに、ソルティアは唇を一文字にしてこぶしを握り締めた。


「……いつだって、引き金をひくのはそっちだッ――!?」


 瞬間、ぞわりと全身に悪寒が走った。

 纏わりつくような視線と錆びた鉄のようなざらついた不快感に、反射で振り返る。


『見つけたぞ、ティア』


 燃え盛るトイシュンの花畑で片足をついていた女が、いつの間にか立ち上がり奇妙な言葉を並べ立てる。


『随分と羽を伸ばしたようだな。そろそろ戻ってくるんだ』


 夕日色の瞳の中に、金色の禍々しい瞳をはっきりとソルティアは見た。女の口から発せられる、彼女のものではない言葉が一体誰のものかわからないはずがない。は今、夕日色の瞳を通してこちらを()()()のだ。


 頭が割れるような頭痛に耐えながら、ソルティアは夕日色の中の金色の瞳を睨んで言う。


「私が戻るときあなたは私に殺されますけど、心の準備はできてんですか?」

『聞き分けのない子だ』


 途端、女の体は糸で操られているような不格好な動きを始めた。瞳は夕日色からだんだんと金色に変わっていく。恐怖すら抱くような奇妙な動きに、プラトンやトスは麻痺銃をしっかりと握り直す。


 ふいに風が止んだ。空気が重く薄暗い何かに一変する。足元から濁った魔力が煙のように這い出て、女を取り囲うように宙を舞い始めた。それを見た瞬間、ソルティアは弾かれたように叫んだ。


「やめなさいっ! その体が持たない!」


 しかし、女の口から出るのは嗚咽のような不気味な笑いだけ。あっという間に先ほどよりも圧倒的に多い数の蛇が現れた。数百はいる蛇の顔先が一斉にソルティアに向く。


「っ!」


 猛スピードで襲い来る数十の蛇たちをソルティアは片っ端から氷漬けにしていく。だが、ふいに視界が霞んだ。


「ちっ、さっきのか……!」


 プラトンによって右肩に打ち込まれた麻痺銃の効果が表れ始めたようだ。ぼやける視界に、頭をふって意識を現実に引き戻す。そしてその状態にあるのはソルティアだけではなかった。


「ぎぃ……ゃ、あっ……!」

「だめですッ! それ以上はっ……!」


 唐突に動きを止めた女が小刻みに揺れ始めた。漏れ出る声にもはや言葉はない。ただ、喉から音を発しているだけ。そして、


「――――…………」


 頬が石のようにボロボロと崩れ落ちた。地面に落ちる前にそれは砂に変わり、風に乗って消えていく。頬だけではない。手、腕、足、髪の毛までボロボロと崩れ落ち、やがて砂に変わって風と共にどこかへ消えていった。残ったのは、女の着ていた服だけ。


「あぁ…………」


 しんと静まり返った空間に、ソルティアの座り込む音だけがした。


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