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LAST WITCH  作者: 海森 真珠
蒼炎の残り香
12/63

Episode6.2


 突然の言葉に驚いた医者がこちらを見る。振り返ったその顔はカエルのように突き出た目に牛のような面長な鼻が印象的だった。


「なんだね、君は」


 しかし、その医者が驚いたのも一瞬だ。

 すぐに不機嫌な表情に変わった顔はソルティアにはより醜く映った。


「あなたの言う“流れ者の薬師”ですよ」

「ソルティアさん!」


 ソルティアの名前を呼んだのは、ハイネの母親だ。夏でもないのに汗でぐっしょりとした前髪が小麦色の肌に張り付いていた。横たわっていたハイネを腕の中に抱きかかえると、必死の形相で助けを求める。


「助けて下さい! ハイネが目を覚まさないんですっ」


 ハイネは元々、先天性の魔力過剰反応症を患っていた。薬のおかげで人並みまで回復していたとしても、今回の魔力の濃さに体が悲鳴をあげているのは容易に想像がつく。

 近くに行こうと足を踏み出すと、医者の腕がソルティアの歩みを妨げた。ある程度は予想していた対応にため息をつきながら医者の男に視線を向ける。


「これは遊びではないんだ。君のような子供に治療なんぞできるわけがないだろう。邪魔だから出てってくれ」

「今は一刻を争います。それすらわからずこんなことをしているあなたに、私を止める権利はありません。どいてください」


 真っ向から言い放ったソルティアの主張に、医者の男は目を瞬かせた。だがすぐに顔を曇らせ、さきほどよりも苛立ちを露に攻撃的な口調で声を荒げた。


「話にならんっ! 薬師だろうが何だろうが、ここでは医者である俺の指示に従えっ!」


 そう言って医者はソルティアを追い出そうと、手を出してきた。乱暴に振るわれた手が、ソルティアの肩に触れる寸前、


「おーいおい、待った待った」


 ソルティアの後ろから別の男性の声が医者の動きを止めた。その隙を逃さずソルティアはするりと医者の横を通り、ハイネを診る。


「あっ、おい!」


 ぐったりとしたハイネの顔からは血の気が引いていた。唇は紫色に変色しており、浅いのにとてもゆっくりとした特徴的な呼吸を繰り返している。魔力中毒の中でもとても危険な状況だ。すぐに体内に入り込んだ魔力を浄化しなければ命が危ない。


「何を勝手なことをっ」

「落ち着け、デイブさんよ。今は一刻を争うんだろ? 治療ができる奴がやればいいじゃねぇか」


 デイブと呼ばれた医者をなだめているのはサンクチュアリの隊員だった。こげ茶の髪にがっしりとした体格は戦闘職の隊員だとすぐにわかる。後ろに若い隊員を連れていることから、隊員の中でも位が高いのかもしれない。


「少しだけだが話は聞かせてもらった。嬢ちゃん、薬師なんだって? その子の治療法に心当たりでもあるのか?」

「……」


 即答するべきかソルティアは一瞬迷った。これで治療法がわかると言えば、医者ですら治せない重度の魔力中毒を治せるということになる。ただの薬師ができる範囲を少しばかり超えている気がするのだ。


 しかし、視界の端に「ほら見ろ。治療なんてできないじゃないか」みたいな馬鹿にしたような表情を浮かべたデイブがちらついたことで、ソルティアは思考を止めた。


「ええ、あります。今から言うものをすぐに用意してください」


 冷たくなっていくハイネの額に手を乗せながら、ソルティアは口早に必要な薬草を述べていった。




 日が暮れた頃、やっと解放されたソルティアは広場の隅に置かれた適当な石の上に腰を下ろした。どっと疲れが押し寄せるが、そのほとんどが気疲れからくるものだ。ハイネの治療薬にと用意させた魔力中毒を緩和させる薬だったが、他の患者にも用いることになり、なぜかそのままソルティアは治療を手伝わされていた。


「こんなつもりじゃ……」

「あっ! こんなところにいたんですね」


 一人になりたかったのに、わざわざ探してやってきたサンクチュアリの隊員がソルティアを呼んだ。無視してやろうかと思いつつも仕方なく顔を上げると、そこには広場にやってきたときに最初に話しかけてきた男性隊員がいた。


「あなたは……えっと」

「フェン・パターです。治療お疲れ様でした。とても助かりました! 副隊長が……あ、ええっと、僕の上司がお礼を言いたいそうなのでテントの方までお越しいただけませんか?」

「結構です」


 考えるよりも先に口が動いていた。一瞬ぽかんとしたフェンのまぬけ顔を見て、ソルティアは小さく舌打ちして言う。


「疲れているんですが」

「あっ! ああ、そうですよね。すみません。……少しでいいので」


 それでも尚、引かないフェン。二十代前半のようだが、怒られた子犬みたいにおどおどとする姿はとても鬱陶しい。そもそも礼を伝える側が出向くべきで、こちらから来いなど失礼な話だ。しかし、ここで押し問答をしたところでまた後で話しかけられるのは目に見えている。だからソルティアは重い腰をあげ、フェンの後について行った。



 魔晶石を動力源とした組み立て式の簡易街灯をいくつも照らした大きなテントの前で、フェンは上司を呼んだ。


「プラトン副隊長、フェンです。薬師の方をお連れしました」

「おう。入れー」


 間延びした声はどこか疲れの色が見えた。

 中に入ると、ハイネの治療をする際にデイブとの話に割り込んできた中年の男性隊員がいた。隣には短髪で真面目そうな男性隊員が立っている。


「おう、薬師の嬢ちゃん! お疲れだったな。治療の協力感謝する!」

「貴方のご協力のおかげで多くの住民が助かりました。サンクチュアリを代表して感謝致します。本当にありがとうございました」


 豪快に言い放ったプラトンの言葉をまるで言い直すかの如く、隣に立っていた若い男性隊員が丁寧な言葉に置き換えた。それを見て、ソルティアの後ろに控えていたフェンが小さく笑みをこぼす。


「おいこら、フェン。魔物処理班の手伝いにでも行ってこい」

「ええっ!? ……はい。いってきます」


 うな垂れながら、フェンがテントを後にしたことで堅苦しい雰囲気がより一層増す。


「んで、嬢ちゃん。色々と聞きたいことはあるんだが、絶賛こっちは問題対応中でな。今すぐにとはいかないが、何か望みがあれば聞くぞ。トス」

「はい。ソルティアさん、でしたよね。サンクチュアリへの快いご協力をして下さった方々にはこのような対応をするのが規則になっているんです。ですから遠慮せず言ってください」


 プラトンの説明を補足するかのようにトスが丁寧に説明を付け加えた。『別にお前たちに協力した覚えはない!』と声を大にして言いたいところをソルティアはぐっと我慢する。


「はあ……」


 表情筋が仕事をしていないことは、疲れが原因であると誤解してもらいたいところだ。腕を組んで少し思案する。ここできっぱり断っても良いが、少しばかり欲の出たソルティアはある提案を吹っかけてみた。


「トイシュンの花をください」

「なに?」


 予想外の答えだと言わんばかりに目を見開いたプラトンと、静かに眉を寄せたトスの反応は面白いほどに両極端だった。


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