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幕間 グリューネの回想と想い

 

 このグランスタット王国の第一王女であるグリューネは、幼少期は癇癪持ちの我儘姫だった。王女だからと兄からも父からも甘やかされ、勉強も嫌いだったし作法も気に入らなければやらなかった。思えば本当に自分勝手だったと思う。それが覆ったのはいつだったのだろう。

 グリューネが認識したのは、婚約が決まってからだと思う。相手はフィアート伯爵家の長男。フィアート伯爵家の先代当主は、国王である父の元教育係だったらしい。よくわからないけれど、その先代当主から父へと頼まれたらしかった。その名は、フォルト・ゼア・フィアート。グリューネより一つ年上。話を聞いても、そうかと思っただけでグリューネは何とも思っていなかった。兄がいる以上、グリューネはどこかに降嫁するか、国外へ嫁がされるかの未来しかない。国内であれば、まだいい方かと思ったくらいだった。

 そうして行われた初顔合わせ。だが、顔合わせに来た少年はフォルトとは名乗らなかった。別の名前を名乗ったのだ。


『ディナン・フィアートです。お目にかかれてこうえいです。ぼくのお姫さま』

『……あなた、だれ?』


 思わずそう出てしまったのは仕方がないだろう。聞いていた名前と違う子が目の前に現れたのだ。子どもらしいが、少しふくよかな少年だった。何が『ぼくのお姫さま』だ。貴方のものになった覚えはない。


『あなたじゃない。かえって』

『フィアートの子はぼくだけです。だからまちがいじゃありませんよ』

『ちがうわ。わたしのこんやくしゃはフォルトよ』


 名前を間違えるわけがない。自分の婚約者はフォルトだと告げれば、途端にその少年は顔を歪ませた。


『そんなやつはいない!』

『だったらお父さまにきいてくる!』


 走り出して父である国王に尋ねれば、父は黙りこんでしまった。その日はそのまま部屋に帰されてしまったが、その後日本物のフォルトに会うこととなる。

 国王の執務室に入ったのはそれが初めてだったが、それ以上に目の前の少年に目を奪われたものだ。

 痩せた身体に、青銀色の長い髪。服は綺麗なものを着ているが、サイズが合っていないのかぶかぶかだった。背もグリューネよりも小さい。それが意味することがこの頃のグリューネにはわからなかった。呆然としているとそっと頭を撫でられる。顔を上げると、その手は父のものだった。


『グリューネ、この子がお前の婚約者だ。さぁ名乗りなさい』

『この子、が?』

『そうだ』


 グリューネは婚約者だという少年の前に立った。少年はぼーっとグリューネを見ているだけで、微動だにしない。そんな少年の前に手を出す。


『グリューネ・イルスト・グランスタットよ』

『……』


 少年はだた見ているだけで何も答えてくれなかった。困惑していると、彼の横に立っている男性が彼に話かけている。


『フォルト、名前を告げるんだ』

『……?』

『さっき教えただろう?』


 何の表情も変わっていないが、困っているのだということは伝わった。だが話している内容がおかしい。まるで彼はグリューネの言葉がわかっていないようだったのだから。教えられるままに、少年はグリューネの手を握り返してくれた。


『ふぉる、と』


 まるで言葉を覚え始めの小さな子どもみたいな声だった。年齢はグリューネより年上のはず。なのにこの対応は何なんだろう。そして気になるのが、左目を隠すように巻き付かれている包帯。怪我もしているのだろうか。


『卿、この子は取り合えず城で暫く預かります』

『ありがとうございます陛下。どうか……フォルトを頼みます。あの家にいてはこの子は死んでしまう』

『わかっています』


 この時のグリューネには、父たちの話の意味がわかっていなかった。ただわかるのは、今日からフォルトは城で暮らすのだということ。


『お父さま、今日からこの子も一緒なの?』

『そうだ。だがフォルトはまだ知らなければならないことがたくさんある』

『お話が出来ないこともそうなの?』

『……そうだ。だからたくさん話しかけてやりなさい。それが彼の為になる』


 グリューネはその言葉に得意げに頷くと、さっそくその日からフォルトと話をするようにした。グリューネの話をただ聞いているだけで、言葉を返してくれることはない。それでもグリューネの兄たちは話さえ聞いてくれないので、それだけでうれしかった。

 だが、成長するにしたがってフォルトがどうしてそういう状況になってしまったのかが理解できるようになる。フィアート伯爵家では、フォルトの存在はないものとして扱われていたようだ。あの時に顔見せに来た少年。フォルトの名前を出した時、憤慨したのはその所為なのだろう。そして同時に自分がどれだけ恵まれていたのかを知った。

 フォルトと一緒に勉強もするようになったし、作法もダンスもサボるのを辞めた。相変わらず表情は変わらないが、それでもあった時のような無表情ではなくなったと思う。少しづつだけでも変わっていったならばそれを嬉しく思う。


 あれはグリューネが九歳のころだった。フォルトはどういう時でも左目の包帯を解いてはくれない。それが不満で、ある日悪戯を仕掛けて包帯を取ることに成功したのだ。そうして初めて見たフォルトの左目。それは、真っ赤な瞳だった。まるで絵本や図鑑に出てくる魔獣のような目。グリューネは一気に恐怖心でいっぱいになった。目の前にいるのは、魔獣だと思ってしまったのだ。

 混乱し放心するグリューネ。だが気が付いた時には、フォルトの姿は消えていた。グリューネは必死にその姿を探した。後宮のどこにもいなくて、泣きながら兄たちに助けを求めたが、フォルトはどこにもいなかった。

 漸く彼を見つけたのは、二日後。倉庫の中だった。暗くて寒い場所の隅で倒れていたのだ。


『フォルっフォルっ‼ お願いだから目を開けてっ』


 何度声を掛けても目が覚めることがなくて、泣くことしか出来なかった。兄たちが抱えてフォルトを部屋のベッドへと横たえると、フォルトは身じろぐ。侍医の診察によると、風邪ということだった。ゆっくり寝ていれば目を覚ますだろうと。

 グリューネは目が覚めるまでずっと傍にいた。その手を握りしめて、目が覚めるのを待っていた。


『で、んか?』

『ん……』


 声が聞こえて意識が浮上する。寝てしまったと気が付いた時には、勢いよく顔を上げていた。すると、フォルトが起き上がってグリューネを見下ろしている。目が覚めたということに安堵すると共に嬉しくなって、グリューネの目から涙が落ちる。フォルトの左目の赤が滲んで見える。


『あの……』

『ごめんなさい。フォル……ごめんなさい』

『……殿下が謝る必要はありません。ただ、ご不快だと思ったので』


 だから人目に付かない場所に向かったというのだろうか。それがもしかしてフォルトにとって日常だったのだろうか。そう思うと、少しでも怖いと思った自分が恥ずかしい。これほどに優しい人なのに、それを一瞬でも怖いと思ってしまうなんて。


(私は、フォルが好きなんだわ)


 自覚してしまうと、それまでのように振る舞えなくなった。彼の前だと素直になれなくて、ついつい尖った言い方になってしまう。それを彼も困ったように笑いながら許してくれるから、それに甘えてしまっていた。この日々に終わるが来るなんて思ってもいなかったから。

 別れの日は本当に突然だった。彼が十二歳になった時、これまで何の反応もしてこなかったフィアート伯爵家からフォルトを屋敷に戻すことを提案されたという。年頃の婚約者同士が既に同居している状態は、何かあった時にグリューネの名誉を傷つけると。何かって何が起こるというのか。猛反発したグリューネだったが、国王はこれを受け入れたのだ。

 事情はあれど、フォルトがフィアート伯爵家の長男であることは事実。社交界デビューはしていなくとも既にグリューネの婚約者としてフォルトの名は知れ渡っている。だからこそ、潮時だと。





 あの時、どうしてすんなりと受け入れてしまったのだろう。それ以来、フォルトとは学園に入学するまで、何かと理由をつけられて会うことが出来なくなっていた。再会した時のフォルトは、どこか諦めに似たような何かを纏っていて、それが酷く嫌だった。

 加えて、何度も婚約を解消するように話してくる。これは王命だと何度伝えても、フォルトは諦めてくれない。フォルトがグリューネを好いていないことなどわかっている。どこか妹のようにも思っているのだろう。それでも、グリューネはフォルト以外と結婚するつもりはない。ましてや、フォルトの実弟とはいえ、ディナンだけは絶対に嫌だ。

 同学年ということもあり、ディナンとは関わらないわけにはいかない。今でも何かとフォルトの悪口をグリューネに伝えてきていた。実の兄だというのに、フォルトへの扱いは昔から変わっていないようだ。本当に気に入らない男。それと結婚するくらいなら、死んだ方がマシである。




 夜、王城の自室で考え事をしながら過去を思い返して悶々としていると、傍で控えていた侍女がはぁと大きなため息をついた。


「姫様がフォルト様に素直になれば解決ではありませんか?」

「それが出来れば苦労はしないわよ! ってリン! なんで私の考えていることがわかるのよ⁉」

「全部口に出ていましたから」

「え……なっ‼」


 口に出ていた。一体どこから。全部、ということはまさか。とびくびくしながら侍女を見ると、にっこりと笑みを浮かべてグリューネを絶望へと叩きつける。


「姫様がどれだけフォルト様がお好きなのか。よくわかりましたよ」

「いやぁ‼」


 グリューネは頭を抱えた。本人にさえ告げられていないのに、他の人に知られるとは。信じられないと顔を青くしていると、再び侍女からわざとらしい溜息が届く。


「そもそも王子殿下方も、姫様のお気持ちはご存じですよ。今更何を仰っているんですか」

「え……お兄様たち、も? もしかして、フォルも、とか?」


 まさかとは思うが、そんなはずはないと思いたい。希望をもちながら侍女を見ると、彼女は首を横に振った。それはどこか寂し気でもある。


「流石にフォルト様はお気づきではないでしょう。あの方は、好意を持たれるということ自体に疎い方ですから」

「……そう。そうよ、ね」


 だがどれほど当人が気づいていなくても、フォルト自身はとても目立つ。青銀色の髪は左側だけ長めにされているが、それは左目を隠すためだろう。昔と違って今は眼帯をしていた。背も伸びて、すらりとした長身。色白というのもあって、繊細な印象を与える。眼帯をしているその顏もよく見れば整っており、女子学生たちの間では蒼の君という別名がつけられているほどだ。そう、本人は知らないだろうがフォルトは学園内では人気があるのだ。

 左右の目の色が違うということは噂されていることだろう。眼帯をする理由などそれ以外に考えられない。だが、それが謎を呼んでいるというか、人気の理由の一つらしい。人と関わることを避けているからか、彼の友好関係は謎。人となりを知る機会もない。率先して彼の悪い噂を流しているのは、彼の弟とその取り巻きたち。フィアート伯爵家そのものと言ってもいいだろう。

 しかし、学園に入学して彼を見てしまえば、その噂が真実かどうかに疑念が行くらしい。噂というのも、彼は人の面を被った化け物だというもの。教養もなければマナーもない。長男であるにも関わらず跡継ぎとされていないのは、当人に問題があるからだと。グリューネについてもいずれは弟が婚約者になるというバカげたものまである。

 グリューネとフォルトの婚約は、表向き国王が自ら指名したものとなっている。フィアート伯爵家の人間だからではなく、フォルトだからこそ認められたものだ。なぜフォルトだったのかは未だにわからない。表に出ていない以上、教育係である先代伯爵の顔を立てたわけでもないのだろう。ではどうしてフォルトが王女であるグリューネの婚約者として認められたのか。それはまだ教えられていない。けれど、それを知る日はもうそこまで迫っていた。



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