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幕間 学園の異物

 

 学園の屋上でミーアは深いため息をついた。手すりに額を当てて目を閉じる。この学園に来てから二週間。目まぐるしく変化する日常に、頭が付いてきていない。


「はぁ……どうしてこんなことに」


 グランスタット王国の名門高等学校である学園。ここに編入することになってしまったのには理由がある。そもそも一年前までミーアは平民だった。両親が亡くなるまでは。

 ミーアが下級貴族であるリステル男爵家に引き取られたのは、ミーアの父がリステル男爵家の長男だったからだ。父は駆け落ち同然に平民である母と結婚し、男爵家である実家との関りを断った。それでも祖母とは連絡を取っていたらしく、ミーアのことも知っていたらしい。

 両親が亡くなって、ミーアは独りになった。寂しくて悲しくて、ただ泣いて家に閉じこもっていた時、リステル男爵家からの使いだという人が家を訪れたのだ。そこが父の実家だということも初めて知った。

 初めて会った祖父は、ミーアの顔を見るなり声を荒げて罵倒した。殴られることこそなかったものの、祖父がミーアのことを嫌っていることだけは確かだ。否、正確にはミーアの母をと言った方が正しいのかもしれない。


『あの女さえいなければ……忌々しい』

『そのようなことを仰らないで。あの子の子どもはこの子だけなのですから』

『お前が勝手に連れてきたのだ。そもそも承知しておらん。私は認めないからな』


 認めない。それはきっとミーアのことだろう。優しい祖母は、ミーアのことを引き取りたいと言ったらしいが、祖父は認めていないと。叔父だという男の人もいたが、ミーアを見ても無視するだけだったので、同じ意見だったのかもしれない。

 祖父とは初顔合わせ以来、顔を合わせてはいない。ミーアはリステル男爵家で部屋を与えられたが、一番奥にある小さな部屋だった。それでも元々暮らしていた家と比べると広く感じる。そこには自分の部屋などなかった。だが、常に誰かが傍に居る温かい場所だった。


「……戻りたい。帰りたいよ……お父さん、お母さん」


 男爵家ではミーアは独りだ。祖母は声を掛けてくれるし、ミーアを案じてくれている。だが祖母以外の視線は痛いほどに冷たい。これから先もずっとあの家で暮らすなんてしたくない。下町に戻って、あの家で暮らしたい。放って置いてほしい。それがミーアの本音だ。

 叔父にそう伝えた時、彼はどこか含みを込めた表情でミーアを嘗め回すように見ていた。


『お前は兄さんに似て顔だけはいい。その顏、まぁ使い道はありそうだからな』

『え……』

『学園だけは行かせてやる。教養がないとその時点で断られる可能性がある。そうすればリステル家の恥だからな。せっかく引き取ってやったんだ。それくらい役に立ってもらわないとな』


 学園を卒業した後、しかるべきところへ嫁いでもらう。そう告げられた時、頭の中が真っ白になった。


『嫌……そんなの』

『なら、お前自身で見繕ってこい。高位貴族相手ならば考えてやらんこともない。でなければ、俺の指示に従うんだな』


 ミーアは直ぐに唯一の味方である祖母のところへ向かった。祖母だけはわかってくれるかもしれない。そう期待を込めて。だが、それは裏切られることとなる。叔父から告げられた話を伝えると、祖母は嬉しそうな顔をして「良かった」と安心したような顏をしたのだ。


『ちゃんとした家へ嫁いで、幸せになりなさい。あの子にはしてあげられなかったから、貴女には貧しい思いをもうさせたくないの』

『貧、しい……?』

『あのような小さな家で、大変な暮らしをしていたでしょう。これからはそのような心配をしなくていいわ。だからミーアも学園できちんと貴族令嬢として学んでらっしゃいね』


 恐らく祖母は心からの言葉をミーアに話してくれたのだろう。そこから感じ取れるのは、祖母から見てミーアも父も幸せじゃなかったと思っているということだ。違うと否定したところで、きっとわかってもらえることじゃない。ミーアは両親と共にいて幸せだった。裕福とは言えなかったけれども、それでも十分だったのだから。しかし、それを祖母に言ったところで理解はしてもらえないのだろう。

 そう、誰もミーアの気持ちなどわかってくれない。だからなのだろうか。ミーアは学園での噂を聞いて、話をしてみたくなった。一つ年上のフォルト・ゼア・フィアートという人と。

 学園では遠巻きにされていて、弟だという人も彼のことを悪く言う。けれどその容姿や謎めいた雰囲気もあって女子学生たちの間では密かに人気があるという人物だった。フードの下から見え隠れする青銀髪の髪、その表情はよく見えないが噂によるととても整っているらしい。

 だが、噂はもう一つあった。彼は眼帯をしているというもの。怪我をして片方の目が見えないのだろうという憶測が大半を示すが、もう一つ考えられるのは瞳の色を隠しているということだ。それは平民でも貴族でも珍しいこと。平民だったならば、奇異の目で見られるだけだが貴族だとそれ以上の目に遭うらしい。表に出さずに知らないうちに居ないことにされているのが多いのだと、友人たちからも聞いた。それをされていないということは、やはり彼は怪我をしているかなどで隠している可能性が高いというのが女子学生たちの見解らしい。

 片目であることがそれほどまずいことなのかはわからないが、試しにその弟という人と話をしてみることにしたミーア。だが彼は自分のことしか話さない人だった。少しげんなりしながらも話に付き合いつつ、漸く彼とその取り巻きという人たちと別れることが出来た頃。何となくうろついているとミーアはある人影を見つけた。学生服にフード。それは友人たちから聞いたフォルトの特徴と一致している。本人かもしれない。そう思ったらミーアは駆けだしていた。


「あ、えっと……フィアート様、ですか?」


 そう尋ねると、彼は肯定を返してくれる。フードでその顏を確認することは出来ないが、確かに眼帯らしきものがあるようだ。それが目に入った時、ミーアは彼にその目のことを聞いてしまった。

 一瞬だけ彼が驚いたように、身体を引く。しかし、彼はミーアの質問には答えず関係ないと突き放すと、そのまま去ってしまった。


「……はぁ」


 考えなしに突っ走るのはミーアの悪い癖だ。ミーアはただ自分のことを理解してくれる人を探しているだけ。学園で遠巻きにされている彼ならば、きっとここにいることを疑問に想っているのではないかというミーアの勝手な思い込み。ミーアも家の都合でここに追いやられただけ。彼も仕方なくいるのではないかと思ったが、そうだとしても知り合いでもない相手に話をしてくれるはずもない。初対面から失敗したが、過ぎてしまったことを悔いても何も変わらない。

 ミーアは自分の頬を両手でパンと軽く叩いた。


「ううん、それでもきっと仲良くなれるはず」


 まだまだこれからだ。そうミーアは拳を握ると、タタタタと駆けだしていった。


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