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幕間 彼への想い

 

「では私は専科に戻りますので」

「えぇ」

「ありがとうございます、殿下」


 ベンチから立ち上がり頭を下げると、フォルトはグリューネに背を向けて去っていく。残さず食べてくれたことを嬉しく思いつつ、このくらいしか出来ない自分に腹立たしさを感じていた。


「……どうして貴方は言ってくれないの」


 一言、あの家について話をしてくれればいい。何でも話をして欲しい。そう思うのに、フォルトは自分から話題を振ることがない。常にグリューネが話していて、フォルトは相槌を打つだけだ。それはずっと変わらない。そう、幼い頃からずっとだ。




 フォルト・ゼア・フィアート。フィアート伯爵家の長男。青銀色の髪に、右目は藍色。そして左目は常に眼帯をつけていて、その奥の色を見ることは出来ない。眼帯を隠すように左側の前髪は長く、今は眼帯もそう目立たなくなってきている。年齢はグリューネの一つ上だが、同年代と比べてもその線は細い。身長もグリューネより、少し高いという程度だ。

 その理由として挙げられるのは、フィアート伯爵家からのフォルトへの扱いの酷さだろう。昼食を食べないのはフォルトにとって当たり前。朝も食べてくることはほとんどないようだ。それを知った時は、怒りを通り越して呆れてしまった。それが日常だというフォルトは、ただ苦笑しているだけだったが、それがとても悲しくて涙が出るのを堪えるのが大変だった。恐らくは成長期という大事な時に栄養が足りていなかったのが原因だろう。今も、決して足りているようには見えない。だが、フォルトは気にしなくていいという。家には寝に帰っているだけで、別にそこ以外でも食事は出来るからと。

 そこまでフィアート伯爵家でフォルトが無下に扱われているのは、フォルトの外見が理由だ。貴族社会において、左右の瞳の色が違うことは神の逆鱗に触れた証として忌避される。最悪の場合、目の色が分かった時点で密かに殺されてしまうことも少なくないという。だからフィアート伯爵家が特別ということではないのだ。だとしても人を手にかけることに変わりはない。フィアート伯爵家がフォルトを殺さなかったのは、己の手を汚したくなかったからなのだろう。自然に衰弱するのを待っていたともいえる。どちらが残酷なのか。たかが瞳の色が違うだけで、そこまでする必要はないはずだ。


 婚約を交わした当初、グリューネの父である国王はグリューネの婚約者として最低限の教育をするという名目の元、城でフォルトを過ごさせていた。だがこれは本来ならばあり得ないこと。どうしてそうしなければならなかったのか。あのままだと、フォルトは死を待つだけだったからだろう。父もこの件については以前からおかしいと考えていたらしい。グリューネも同じ考えだ。瞳の色が違うからなんだというのだろう。そのようなこと関係がない。だから、グリューネはフォルトの一番傍にいたいと願う。自分だけは、彼の傍にいるのだと分かってほしいから。

 フィアート伯爵家はグランスタット王国でも名家の一つ。先代当主は、現国王の教育係を務めたほど信頼がある家だ。いや、信頼できる家だったというのが正しいのかもしれない。少なくとも、現時点でフィアート伯爵家に対する信頼は無いに等しい。特に今のグリューネにとっては。


『おとうさま、どうしてフォルがこんやくしゃになったんですの?』

『それは……』


 それは幼いグリューネからすれば率直な疑問だった。否、グリューネだけでない。誰もが疑問に思うことだ。どうしてフィアート伯爵家から王女の婚約者を出すのか。他にも同じようなことを思う人々は多かっただろう。グリューネも同じだ。公爵・侯爵家にも子息はいる。年齢差から見ても釣り合わないということもない。

 だが、父は難しい顏でグリューネを見つめるばかりで答えてくれなかった。黙ったままの父にグリューネは尚も詰め寄る。


『フォルってばおはなしもしないし、だまったままでつまらないんですの。それにリューネよりちさいですわ』


 この頃のグリューネは、いずれ自分は王子様と結婚するのだと思っていた。そこへ自分より小さな婚約者を与えられてしまったので、それが不満だったのだ。だが、グリューネの言葉を聞いた父は、困ったように笑ってグリューネの頭を撫でた。


『そうか……そう、だろうな』

『おとうさま?』

『だが、彼がお前の婚約者だ。何があろうとも、それだけは変わらない。それだけ、彼はこの国にとって大切な存在だ』

『……おとうさま、なにをおっしゃっているのかわからないわ』

『お前がもう少し大きく、彼を支えられるようになったら教えるさ。だからそれまで、お前がたくさんお話をしてやりなさい。いいね』

『はぁい』


 口を尖らせながら渋々と言った風に返事をしていたあの頃。グリューネにとっては、後悔しかない過去だがそれがあるからこそ今があるとも言える。


「フォル……」


 こうして昼に過ごす時間が彼にとっては煩わしい時間の一つなのかもしれない。我儘な王女に付き合わされて、一人でいたいという彼の時間を潰している。彼からしてみれば余計なお節介だ。それでも、彼には元気でいて欲しい。願わくば、それがずっと続けばいいと。だがそれは彼にとっては迷惑なのだろう。最近の彼の口癖は、婚約の解消についてなのだから。

 この婚約が解消されることは余程のことがない限りあり得ない。これはフィアート伯爵と王家の婚約となっているが、グリューネがフィアート伯爵家に降嫁するのではない。そこに至る理由を恐らくフォルトは知らないのだろう。フォルトはフィアート伯爵から解消するように求められているのかもしれない。

 フォルトとグリューネの婚約の誓約書の記名者は、フォルトの祖父と国王の下で成されているもの。フォルトの祖父が存命である以上、フォルトの父であるフィアート伯爵の意志が働くことはない。ゆえに、今の段階ではフィアート伯爵が婚約に手を出すことは出来ない。だからこそ、フィアート伯爵はフォルトから働きかけるようにと指示をしているのだろう。尤も、フォルト自身もこの婚約を望んでいないというのもあるのかもしれないが。


「はぁ」


 誰も見ていない中庭で、グリューネは独り深く息をつくのだった。



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