プロローグ
新作です!
全体的に少しダークなお話になります。
所謂ダンジョンと呼ばれる地下遺跡。目の前には鋭い爪を今にもこちらへと向けようとしている魔獣がいる。一見、熊のようだがその瞳は赤い。瞳が赤いのは魔獣に多く見られる特徴の一つ。
「グシャァァ」
「はぁぁ!」
振り下ろされた爪が頬を掠めるが、そのまま剣の切っ先を魔獣の左胸へと突きだす。パリンという音と共に、魔獣の姿が消滅した。
「はぁ……こんなもんか」
消滅した魔獣が立っていた場所には、赤い石が置かれている。これは魔石。今回の目的もこの魔石集めであった。これで十数個。依頼を達成するには十分な量だ。剣を腰の鞘へと納めると、青年は魔石を拾う。
「戻ろう……」
あまり深く潜りすぎると、街へ戻るのが遅くなる。それは流石にまずい。今更かとは思うが、義務だけは果たさなければならない。今日中には王都に戻らなければ。たとえ、家人たちが気にすることはないとしても。
溜息を突きながら、青年は踵を返すのだった。
ダンジョンから戻ってきた青年は、その足で街のとある建物へと向かう。盾の紋章を掲げた民間組織、クラン。民間組織にも関わらず、各国に拠点を構えている大きな組織だ。通いなれた道を進み、この街における組織の拠点である建物へと踏み入る。
少なくない人たちの声が聞こえてくるが、気にすることなく青年は受付らしき場所へと足を向けた。青年に気づいた受付の女性が手を上げる。
「あら、フォルトくん。お帰りなさい。怪我はない?」
「……ない。それより依頼を確認してくれ」
「相変わらずねぇ。まぁそれもフォルトくんらしいけど」
口元に手を当てながらクスクスと笑う女性。その様子に呆れつつ、青年は袋から魔石を取り出した。
「火の魔石と水の魔石が5個だ」
「ふむふむ。どれも中級魔石か……確かに。それぞれ確認できたわ。依頼完了ね。クランカードを出してくれる?」
「あぁ」
クランカード。それはここに所属しているメンバー全員に配られているカードで、ある意味身分証明書にもなり得るものだ。基本的に本人以外に持つことは出来ないようにしているらしいのだが、この女性のようにカードを更新することが出来る者もいる。どういう仕組みになっているのかは秘匿されており、偽造などが出来ないようにしているらしい。
カードを出すと、女性がそれを持ち奥へと入っていった。数分と待たずに戻ってきた女性からカードを受け取る。
「これから王都?」
「だな」
「いつも思うけど、そうまでして王都に行く必要あるの? いっそのこと、この街に住んでしまえばいいのに」
ここから王都へは短くない距離を移動する。なのに、それほどの労力を払ってまで戻るのはどうしてなのか。女性が言いたいのはそういうことだろう。だが、青年にもきちんと理由がある。無論、戻らなくて良い状況なのならば間違いなくそちらを選ぶのだが、今はまだそれが出来ない。
「俺にもやることがある。それだけだ」
「でも……生き難いでしょ? それ」
「……」
その言葉に青年は眼帯をしている己の左目に左手で触れる。右目は藍色。だが奥に隠された瞳は真紅と言っていいほど濃い赤だった。そう、先程倒した魔獣と同じ色だ。人々にとっては恐怖の色。赤い瞳は魔獣の証。だが、青年は人である。人の身で赤い瞳を持つ者など、今まで出会ったことはない。自分自身以外には。
目の前の女性とここのクラン長には知られていることだが、それも不可抗力というものでしかなかった。その所為か、女性からはよく声を掛けられるのだが。
「心配ない。常に隠しているからな」
「……けど――」
「それに……俺にそんなことを言うのはカレンさんくらいだ」
「当たり前でしょう。名目とはいえ、クランはそういう差別はしない場所なんだから。だから……嫌になったらちゃんとここに帰ってきなさいよ。いいわね? フォルトくん」
女性の言葉に曖昧に頷くと、青年はその場を離れる。そろそろここを出発しなければ、明日の朝を過ぎてしまう。建物内にある食堂で軽く食事を済ませると、建物に併設してある馬屋であらかじめ用意してもらっていた馬に跨る。
「さて……義務だけでも果たすか」
目指すは王都。貴族たちの巣窟。様々な柵を感じる場所。それでもあと少しの辛抱だ。それさえ果たせば、王都など向かうこともなくなる。そのために、これまでやってきたのだから。尤も、その先があるのかさえ今の己にはわからないのだが。
馬を駆ける事数時間。空が少しずつ明るくなってくる頃に王都の門が見えてきた。門を通り過ぎると、馬屋で馬を預ける。これもいつものことだった。
王都は広い。目的地まではまだしばらくの距離があるが、馬を連れて行くわけにはいかない。青年は裏路地に入ると、勢いよく走りだす。すると、一際高い石壁へとたどり着く。屋根伝いに壁を乗り越えると、整備された道へと出てきた。ここからは貴族街と呼ばれる場所だ。
王城の近くの屋敷の前へと来ると、裏口から中へと入る。大きな屋敷から少し離れた場所に小さな家があった。家の扉を開けて中に入った。静まり返った家の中。それは誰もいないことを示している。そのことに安堵し、青年は二階の自室へと向かう。室内に入り、着替えもせずにそのままベッドへと突っ伏した。
「流石に疲れた、な」
まだ時間はある。少しだけ睡眠をとることとし、青年はそのまま意識を落とした。
どれくらい寝ていたのか。青年は、人の気配を感じて目を開ける。窓から入ってくる明かりが既に日が昇りきっていることを示していた。
身体を起こし、腕を伸ばして筋肉を解すとベッドから立ち上がる。クローゼットから制服を取り出して、素早く着替えた。あの状態の服でいれば、何を言われるかわかったものではない。
「フォルト様、起きていらっしゃいますか?」
「……今行きます」
部屋を出て下へ降りると、執事服姿の壮年の男性が立っていた。青年の顔を見ると、少し眉を寄せながらも頭を下げる。これもいつものことだ。
「学園へと向かわれる時間でございます」
「わかりました」
「では」
まるて定時連絡のようだが、これが日常だった。これから向かうのはグランスタット学園。貴族令息令嬢が通う名門学園だ。青年の義務とはここに通うことだった。
青年の名は、フォルト・ゼア・フィアート。名家であるフィアート伯爵家の長男なのだから。貴族令息らしい仮面を張り付けながら、青年は家を出るのだった。