幼馴染がラノベを書こうと言うので、どんなシチュエーションが良いのか試していたらヤバイ。そろそろ一線超える。
「ふぅ……いいねぇ。これからはこの便座カバーで私と君のお尻が間接キスをすることになるんだ。とても盛り上がってこないかい?」
そう言いながら綾羽は足を組んで、自信ありげに両手を広げる。
「何やってるの……?」
俺はこいつ大丈夫か? という表情で綾羽を見ていると、
「……ふむ……?」
綾羽は何事も無かったように、立ち上がると首を傾げる。
「便座に座っている可愛い女の子という構図は……良くないかい?」
「まっっっったく良くないな。可愛くてもトイレだ。意味が分からない」
「可愛いとは……この私のことを言ってるのかな?」
「……あ、いや、それは……」
俺はしどろもどろになっていると、綾羽は薄く口角を上げ、小悪魔フェイスを浮かべる。
すぐに、人差し指で自分の唇に触れると、頬を赤らめる。
「私おしっこ漏れちゃった……かも」
「……っ!」
いきなりこいつは何を言い出すんだ。なぜかドキっとしてしまった自分が恥ずかしい。
「うんこも漏れ――」
「! それはだめだああぁぁぁぁぁぁ!」
大絶叫と共に、俺はトイレから猛ダッシュ。リビングのソファに体を投げ出すと、頭を抱えて突っ伏す。
ケラケラと笑いながら綾羽は歩いてくると、うつ伏せになっていた俺の耳元で、
「おしっこはいいんだね。明人」
と、そっと呟く。
「あはははは。分かった。明人はほんとにとんでもない変態さんだ。でも、心配しないでほしい。おしっこもうんこも漏らしていないよ」
俺が唸りながら顔を上げると、未だにやにやと笑っていた綾羽ではあったが、その手にはペンが握られ、メモ帳に何かを書き記している。
「さて、分かったよ。超平均的にラノベで言うところの『普通の高校生』である君にはここが女の子を可愛いと思える分水嶺なわけだね。うん。勉強になった」
「もう、こういうのは止めてくれ……普通に質問されれば答えるから」
「こういうシチュエーションが面白いんじゃないか。実践することは大事だよ。さあ、私の創作活動を有意義なものにするために、これからも付き合ってほしい」
この便座でふんぞり返る女こと、【神木綾羽】は俺の幼馴染だ。突然、高校生になったころからラノベを書き始めた。
将来はプロとしてデビューしたいらしく『読者が求めるシチュエーション』というものを研究しているらしい。
「ライトノベルはキャラが大事だと聞くからね。特に可愛い女の子。まずそこを掴めない限り、面白い物語は書けないというのが私の持論だ」
もっともだと思う。俺だって、普通の高校生だ。漫画やアニメ、ラノベだってそれなりに嗜んできている。
「私は可愛い女の子がどういうものか分からなくてねぇ……こうすればいいんじゃないか。というものをいくつか試してきたが……反応はあまり良くない」
一度、綾羽の書いた小説を読んだことがあるが、それはそれは酷いものだった。いや、物語自体はそれなりに読めるものだったが、ヒロインのキャラが酷かった。
「さすがに猿の惑星に転移して、ゴリラの力を得たヒロインがうんこ投げて戦うバトル物は良くなかったな」
綾羽は感性がちょっとおかしい。
「さてさて、こんな状況もそうあることじゃないんだ。これからの一週間。私の創作活動に協力してもらうよ」
家族ぐるみの付き合いである俺と綾羽の両親が、この夏休みで一週間ほど海外旅行に出かけやがったのだ。子供を置いて。
しかもしかも。綾羽の家は現在リフォーム中。綾羽の親は「幼馴染なんだから明人君の家に泊めてもらいなさいよ。間違いなんて起こらないでしょ。明人君甲斐性無さそうだし」と結構酷いことを言い放ったらしい。泣くぞ。
「こんなライトノベルのような状況が現実で起こるなんて私は幸運だ。この一週間で私は創作者としてレベルアップするに違いない」
綾羽は綾羽でこの状況を目いっぱい自分磨きに使う気らしい。神木家はどうかしてる。
「さて、明人」
綾羽はソファに座ると、突っ伏す俺を座り直させる。俺の膝に頭を置くと、潤んだ瞳で見上げてくる。
「これから何をすればいいんだい? もう日も落ちて暗くなってくる頃だ。私が裸エプロンで夕食を作ろうか? それとも一緒にお風呂に入ろうか? どういうシチュエーションが良いのかな? それとも――」
「ストップ! ストオオオォォップ!」
あまりのシチュエーションに俺の脳内がパンクしそうだ。
「ちょっとまて。暴走しすぎだ。そんなことされたら俺の理性が持たない。それにライトノベルとはいえ、そんなシチュは……」
「――ないのかい?」
綾羽は俺から少し離れると、口をへの字にして俯く。
「それは残念だ」
肩を小さくさせ、綾羽はつまらなそうに足をプラプラさせる。
「ライトノベルだからな……さすがにエロ過ぎるのは良くない。もっと、こう健全ないちゃらぶをしないといけない」
そこまで言ってから自分の体温が上がっていることに気が付いた。
健全とは言え、いちゃらぶをしようと言ってしまったのだ。
綾羽のことだから、そのいちゃラブシチュをこれから実践するつもりだろう。
「そうか、いちゃらぶか」
漫画や小説のラブコメならいちゃラブをしたところで間違いは起こるはずがない。漫画だから? ライトノベルだから? いや違う。ヒロインが絶対美少女だとしても、ライトノベルの主人公は一線を超えないのだ!
でも、現実は違う。
「こ、言葉で教えるよ……もしあれだったら、これからの一週間、ずっとアニメを見ててもいいぞ。俺結構オタクなんだ。アニメには詳しいし」
現実じゃ、そんないちゃいちゃされたら手を出してしまう。そんな当たり前だろう。俺だって男なのだ。
「つまんないなぁ……実際に経験してこそ身になるんじゃないか」
そう言い、綾羽は俺の胸の辺りを突いてくる。
……あ、だめだ。こいつの脳内はライトノベルじゃなくてエロマンガの思想だ。まともに付き合ってたらまじで一線超える。
「ふ、風呂入ってくる!」
おれは綾羽を跳ね除け、風呂場に向かう。
「あ、私も入るよ。こんなこともあろうかと、服の下に水着を着ていたん……」
一足先に風呂場に入っていた俺だったが、綾羽は無理やり侵入してくる。
現実は恐ろしい。綾羽が服を脱ぐと、その下は全裸だった。
「しまったね。どうやら水着を着忘れてしまったようだ」
形の良い小ぶりな胸に、くびれた腰。可愛いおへそが俺の目に入った瞬間、
「綾羽……! 俺はもうだめだ!」
綾羽を押し倒し、目を見つめる。
潤んだ瞳はしっかりと俺を見据え、果実のような唇は若干震えている。
「……いいよ」
そうぽつりとつぶやく。
「明人なら良いよ」
がぁん、と殴られたように、目の前が暗くなっていく。あまりの興奮に俺はのぼせたようになり、力が抜ける。
俺はその場に、ばたんと倒れ込むと、ぐわんぐわんと回転する視線を綾羽に向ける。
「ふふっ……やっぱり明人は『普通の高校生で、普通のライトノベルの主人公』だね。こういう状況で、こういう言葉をかければ次のシーンに行くと思ったよ。ふむ。ぎりぎりのところに踏み込んでしまったが、収穫はあった」
にやにやと笑う綾羽を見ながら俺の視界は暗転していく。
「でも、このままライトノベルを超えても良かったかな」
その時俺は、この一週間ライトノベルの内に留まるラブコメを展開できるのか……非常に不安になってしまったのだった。