贖罪への階段 第7話
この物語はグロテスクな表現や
残酷な描写を含みます。
苦手な方は、注意してください。
陽は傾きすでに夜がとばりを降ろしていた。
建設途中で放棄されたこの建物には窓はなくコンクリート製の積み木に
見える。7階まで建設された建物にライダースジャケットを着込んだ男が
真っすぐ入っていく。廃墟に立ちいるのになんの躊躇もない。
表情は無く、指定された目標を排除すべく建物の暗闇に消えた。
建物は郊外の第三セクター外れにある。
回りは空き地で人の往来は昼まですらない。今その建物と空き地を見下ろす道路に
一台のバンが停車していた。バンは旧式だが車内には様々なモニターとルーフ部分には
高性能複合カメラが建物を狙っていた。
車内には機器を操作する男が四名、ドライバーが一名待機しており服装はそれぞれ
バラバラだが、脇や腰には銃器を携行していた。
彼らは軍情報部である。
彼らはこれから起きる事象を出来るだけ詳細に観測し終了後、迅速に撤収しなければ
ならない。
「256 内部情報を報告せよ 繰り返す 内部情報を報告せよ」
バンのオペレーターが先程建物へ消えた異能者に報告を促す。
「256から報告。 対象は未だ発見できず これから3階へと向かう」
感情のない声が聞こえた。
マイクを抑えオペレータが愚痴をこぼす。
「異能者ってのはどうして好きになれないな」
バンの中のは一同頷く。
異能者は大きく二つに分類される。
自発的に能力が開花したものと科学的に能力を引き出されたものだ。
前者であれば感情も精神的にもの通常の人間と変わらないが。
後者の場合、薬物の後遺症や脳の外科的手術により人工的に感情が削除される。
軍で雇用している異能者の多くは後者である。自発的に開花した者は第一種と
呼ばれ指揮命令系統を担当する場合が多い。
後者の科学的に開花したものはプロデクションと呼ぶ。
第一種が指揮し駒として第三種が戦闘を行う。第一種の中には
積極的に前線へでる者も稀にはいるが殆どは部隊長として活動をする。
森川は異変を感知した。
眠っていても感知結界が異常を知らせれば覚醒する。
追われている者の独特の習性だ。
素早く術具を掴み 下の階へと降りる。
魔力は感じない。ただの浮浪者かそれとも異能者かである。
先日、異能者関係の軍人を殺害している。
軍が先手を打ってくる事は考えられたが、ここまで迅速にねぐらが見つかるとは
予想外だった。森川は侵入者が敵か見分けるために大胆な行動にでる。
素早く階段を駆け降り、4階で息を潜める。
4階であれば不利になった時でも飛び降り術式で落下のダメージを相殺できるからだ。
異能者だった場合を考慮し、大気を圧縮し指向性を持たせ対象にぶつける術式を詠唱する。
森川の左手には空気が渦を巻き圧縮を開始する。
それまでなかった風が大気を圧縮している為に左手に向かって風を作り出す。
裸の階段から男がゆっくり上がってくる。暗闇でもわかる。
男の目は死んでいる。ただ目標を探し、破壊する。楽しみもなく悲しみもない。
森川は異能者だと断定した。
相手が異能者であれば先手を取らなければ不利になる。
森川は柱の陰から飛び出し先ほどの術式を発動させる。
大気は轟音をあげてバレーボール程の塊が、弾丸の速度で異能者を貫く。
はずだった。
異能者が左手をかざしただけで空気の弾丸は轟音と埃を巻き上げ消失した。
命中したはずだ。森川はそう思った。
だが舞い上がる埃と砂煙で異能者は見えない。
突如、砂煙が見えざる力によって払われる。大きな団扇で払うように煙は四散した。
異能者は健在だった。森川に手をかざして握り潰すような仕草をする。
森川は咄嗟にコンクリートの柱へ飛ぶ。
直後、轟音と共に森川が先程まで背にしていた柱が圧縮されたかの様に崩れる。
森川は改めて異能者の恐ろしさを痛感する。
各国軍部が異能者をこぞって雇用、開発するのも頷ける。
異能者の攻撃は予備動作が短く、目に見える物は少ないはない。
対魔力結界では止められず、物理防御用結界でも紙を破くように破壊する。
異形種の脅威にさらされる人類は、異形種が生まれながらにしてもつ対魔力結界に
手を焼いていた。魔術や神秘ではその皮膚のように張り巡らされた異形種の結界の
為に威力を激減させる。その点異能者は異形種の肉体的強度を破壊すればよいのだ。
森川はすぐさま次の柱へと跳躍する。
こうなっては一ヶ所にいれば柱ごと潰されるからである。
異能者は今度は平手打ちのような動作をする。
一瞬先に次の柱へ移動した森川の目に飛び込んできたのは
柱が特大ハンマーで横殴りされた様な状況だった。
異能者はゆっくりと歩きだす。もう一度左手を握り潰すような動作
森川は飛び出すと同時に術具を投擲する。
森川の横で柱が圧縮されて崩れる。
投げられた術具は空気を裂きながら異能者へ向かう。
異能者は動作を解除し左手を体の前にかざす。
「キンッ!」
何かに弾かれ術具は異能者の前へと落下する。
森川は異能者の側面へ移動していた。
そして先ほど防がれた大気の術式を発動する。そして同時に
異能者へむけ突進する。
空気の弾丸が右側面から異能者へ放たれる。
異能者は体を右にひねり左手をかざす。
轟音と砂煙が異能者を包み込む。弾丸の速度で飛来する術式をかろうじて防ぐ。
視界はゼロになった。素早く砂煙払う為に左を振るう。視界が晴れた時決着はついた。
森川はすでに異能者の後ろに回っていた。
左手は異能者の能力である。左手を掴み、右手は背中に添えられていた。
異能者に焦りは無い。森川に慈悲は無い。
短い発動の言葉を囁き、異能者の体には空気の弾丸で開けられた大穴があく。
血は霧のように異能者の前方へ四散し、倒れこむ。
森川は素早く右手で首の後ろを掴み、コンクリートへ叩きつける。
同時に左ひざで異能者の左手を抑え、右手の力を最大限込める。
鈍い音がし、首骨が折れる。
折れてからも森川はしばらく動かなかった。
完全に生命活動の停止を確認し、ようやく体を上げる。
人工的な眼球が異能者からこぼれ落ちた。
額の汗を拭う。勝てたのは運であった。
森川は異能者は左手でしか能力を発動できないと賭けたのである。
術具で正面に手を移動させ、さらに右側面からもう一度陽動を掛ける。
舞い上がった砂煙で視界を塞ぎ、後ろをとる。
異能者が右手やその他の能力を持って肉塊になっていただろう。
森川は術具を拾うと素早く4階から飛び降りた。
着地の前に大気の術式の一つを発動させ、衝撃を吸収する。
建物のすぐ傍を流れる運河沿いに街の方へ走り去った。
建物を見下ろすバンの中には感嘆の声が上がっていた。
256は左手しか能力が発動しないのをすぐに見抜き対処したあの男に対してである。
256の片眼球は人工的に作られた観測用の義眼である。
一応視神経とは結合されているが、本来の眼球ほどの
視力はない。あくまで観測用なのである。
この一連の戦闘映像とデータはすぐさま情報部へ送られた。
「しかし、思った以上ですね。彼は・・・・」
少佐の階級を付けた男が言う。
イージス艦の戦闘指揮所が引っ越してきたかのような部屋で先ほどの
戦闘を観戦していた。
「これぐらいデータが取れないと割が合わんよ」
以前、防衛庁の会議室で中央に陣取っていた責任者である。
「魔術協会や正教会とは表だって殺し合いはできないからな」
「今回の彼は好都合だよ。一つの要素以外はね」
男はデスクに置いてあった軍帽を被る。
「彼の狙いが我々だという事ですね」
少佐がすこし緊張した顔で言う。
「少佐。君は間違っている。我々は殺されて当たり前なのだよ」
男は笑顔で答えた。
「どういうことですか?異形種にでありますか?」
少佐は男を見つめる。男が少佐を視線をあわせた。
「我々は多くを殺し利用している。異形種ではなく人間をだ」
「しかも国として守るべき人々だ。わかるかね?少佐」
男は少佐を睨む。
「我々はあの男に殺されろとおっしゃるのですか?」
少佐は慌てて目をそらす、男の目は恐ろしかった。
「そうではない。我々は狙われて当たり前なのだという事だ。」
「脅える前に対処すればよい事だ。事前にわかっているのだから」
男はカップを手にし口へ運ぶ。
「わかりかねます。自分は国を守る為に全力を尽くしております」
少佐は前を向き姿勢を正す。
「まぁいい 少佐、君に異能者の警護を1名付けるとしよう」
男は資料を少佐へ渡す。だが少佐の顔は見てはいない。
先日、習志野へ呼んだ2名の内1名である。
「光栄であります。」
少佐は敬礼をし資料を受け取る。すこし不安が取れたようだった。
「しばらく森川は泳がせろ。これは命令だ。」
男はカップを置き、少佐を退室させる。
受話機を取り、情報部へと繋ぐ
要件を伝えると静かに切った。
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先程戦死した異能者とこれから死ぬであろう者の為に黙祷を捧げた。
ここまでお読み下さった方ありがとうございます。
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よろしければそちらもご覧ください。
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