贖罪への階段 第4話
シスターは桐原が住むマンションを後にした。
もう一度振り返り両手を組み祈りの言葉を紡ぐ、部屋で祈った時より
力を込めて長い時間を費やした。
この時彼女は、桐原に持てる情報を全て提供した。
それは彼の生存確率をコンマ1でも上げる為である。
魔術士は会得した術式の系統によるが、特化して習得しなければ効果が薄い。
特化した術式は火力的に申し分ない。
だが特化した分相性が悪い対象の場合戦闘能力は激減する。
逆に正教会の戦闘担当である調停者が使用する神秘の術式は防御・治癒・索敵など
結界術式に優れ、攻撃手段の神秘は相性を選ばない。
攻撃に関しては火力不足でそれを補う為、特別な力が付与した武具を携行している。
総合的には魔術士よりも生存確率は上だ。
日本の古来からの宗教である仏教の場合は単独での戦闘はなく
それぞれ3名から最大6名のチームで行動する。
結界担当・呪術担当・近接担当の3名である。6名の場合は前述の3名にさらに
普段表にでない血統依存者たちが参加する。
対人間には弱く、霊体や実体を持たない種族には絶対的な強さを持つ
ただ、古来からの伝統にこだわり術の開発、応用などは皆無である。
シスターは教会に向け歩き始めた。
この街では聖職者の服装はよく見かける。これは抑止効果をもたらしている。
シスターといえども聖職者に危害を加えればすなわち
正教会全体を敵に回すからである。これは人間に対しての抑止力にしかならない。
シスターが桐原の自宅を訪問してる時。
日本の首都である東京霞ヶ関にある防衛省の会議室ではある案件が検討されていた。
暗く広い会議室には、広さに伴わない数人の制服組が映し出されたモニターを見ていた。
プロジェクターが映し出しているは実験報告と見られる各種データと被験者であろう肉体の写真である。
スクリーンの前でこの中の一人だけの背広組が説明を続ける。
「今回のテストにより、前回の実戦テストよりもさらに性能の向上が確認されました。
これにより今回から試験的に投薬されていた新薬の認可を頂きたい」
3つボタンのスリムなスーツを着込んだ男は言った。
「それにしても早すぎないかね? 現に試験投薬した被験者の内4割は死亡……」
プロジェクターの反対に陣取る右一番右端の少佐が発言をした。
「生存者の中でもかなりの数が記憶の混濁、症状が重い者は自我の崩壊とあるが?」
少佐の後ろに立っている副官が上官の補足をする。
「ですが6割は生存しております」
スーツの男は額の汗をぬぐう。
この男にとってこの計画を破棄されては今後の研究予算のめどが立たない。
なんとしても続行させる為、無理を承知で試験投薬したのである。
「その6割だが実戦に使用出来るのは50人が妥当だろう」
中央に座る男が報告書を手に取りながらスーツの男を睨む
そして一瞥したあと言葉を続けた。
「能力的に開花しても精神的に不安定であれば兵器としては失格だ
最低限、敵と味方の識別と一般人への対処は叩きこんでおいてほしい」
実際生存者の6割のうちの多くは精神的不安定を発症しており、対応能力や
独自判断など多くの点で課題が多かった。
スーツの男は報告書にこの事は書いていない。
精神的な不安定さをこの場で指摘されるとは予想だにしなかった。
慌てて中央の人物にアピールできる要素をさがす。
「まぁ君……問題が起こる前に不適合者を処分したまえ」
中央の人物が背もたれを軋ませながら言い放った。
「処分ですか?」
スーツの男は一瞬戸惑った。処分となると人数は500人を軽く超える。
「そうだ……処分だ」
中央の人物は右にいる少佐へ何事か命令をした。スーツの男へ顔を向けさらに続ける。
「処分は我々の方でやるとしよう。時間は明後日だ。それまでに移送の手はずを整えろ
それと今回の適合者の何名かを選抜しておきたまえ」
少佐は席を立ちあがり中央の人物に敬礼をしたのち退室した。
「どういうことでしょうか……」
スーツの男は中央の人物の名前を知らない。
知ってはならないのがルールである。
「わからんのかね? 選抜した異能者で不適合者を処分するのだよ」
中央の人物がうんざりしたように吐き捨てる。
スーツの男も人体実験を何事もこなす人間だが、戦闘試験でも異能者の相手は
3組織から買い取った危機レベルの低い異形種である。
それを処分といいながら戦闘レベルでは大差ない同じ異能者をぶつけようというのだ。
男に拒否権はない。受け入れなければ研究は彼から剥奪され成果は別の人間に渡るだけだ。
「わかりました。移送及び選抜者の選考を開始します」
「でわ……予算の方はいかがでしょうか」
これで予算が獲得できなければ意味がない。
今まで殺してきた人間とこれから死ぬ人間それでも研究がしたかった。
脂汗を拭い、ネクタイを緩める。
「よかろう。予算の追加要求を認める。それと選抜以外に腕のたつ者を2人程よこしてくれ」
中央の人物は報告書を机で揃えながら付け加えた。
「どのような使用条件をお考えでしょうか?」
いくらスポンサーでもデータもとらずに消耗されては困る。
メガネを治しながら博士は聞いた。
「私は2名出せといったのだよ? 安心したまえ解析データはそちらに渡す
観測班はこちらで用意する。いいな……2名は習志野に回せ。以上だ」
中央の人物は立ちあがり副官らしき人物が先行する。
全ての人物が退室し、会議室には博士一人になった。
戻ったら急ぎ選抜者のリストをつくらなければならい。
いくら適合者とはいえ状況によっては不適合者に倒されてしまう。
戦闘能力と精神的な屈強さを持つ者えなければならない。
それと習志野へ送る2名も中途半端な者では駄目だ。
選抜者の中で何人戻ってくるのか博士にはわからなかった。
暗い会議室を最後にでドアを閉める。
廊下は人工的な光で満ち溢れていた。博士もまた人工的な投薬と脳内への科学的手術で
光が差す表舞台へとでようと目論んでいた。
ネクタイを閉め直し廊下を歩く。
彼が立っていた廊下の蛍光灯は両端は既に黒ずみ、点滅し交換のサインをだしていた。
読んで頂きありがとうございます。
どうも説明ばかりですね・・・・
お許しください。