贖罪への階段 第3話
グロはまだ出てきませんが
そのうち出てくるかもしれません。
耐性がない方はご注意ください。
シスターは部屋に入るなりキッチンへと向かっていた。
素早くヤカンに火を付け、持っていた革製のアタッシュケースから
ティーセットと茶葉の入った缶を出す。
湯が沸く間にシスターは冷蔵庫の中身をチェックし、ゴミの分別を確認する。
口に人差し指を当てしばし思案した後、食パンをトースターへ入れる。
再度、冷蔵庫を開け卵とバター・ハムを取り出し、素早く調理を開始する。
男はシスターの一連の動作に飽きれながら新しい白いシャツを
羽織る。ボタンを留めながらベッドを直し、テーブルの上を片づける。
例えば女性がこの部屋にきて同じ状況であれば男も手伝うのだが
このシスターに限っては触らぬ神に祟りなしである。
TVを付けしばしシスターが落ち着くまで待つ事にする。
シスターは鼻歌交じりでフライパンを回し、素早く調理をする。
あっという間にトーストが2枚、ハムエッグと良い香りのする紅茶がテーブルに並ぶ。
シスターは洗い物を済ませガラスのテーブルの前に座った。
男もそれに倣いソファではなく床に座る。もちろんシスターにはクッションを
提供することも忘れない。
「さぁ食べてください。昨夜はお疲れ様でした」
シスターはドアの前での形相ではなく笑顔で食事を進める。
男は素直にパンにかじり付きハムエッグを口に運ぶ。
シスターの前で祈りもせず食事を開始したが、それを一向に責める様子はない。
このシスターは信者でない者が、祈る必要はないというスタンスなのである。
ありがたく胃袋に収め、紅茶をすする。香りも味も申し分ないカップに至っては
繊細な飾りや絵が書き込まれている高級品だとわかった。
シスターは食事がひと段落したのを確認し、話を切り出す。
男もカップを置きシスターが話し始めるを待った。
「何か私に言うべきことはありませんか?桐原拓也様」
シスターは怒りの表情に戻っていた。
桐原と呼ばれた男はシスターに謝るべき事はと思い浮かべる。
沈黙のあと一つ思い浮かんだ事を口に出す。
「ごちそうさまでした。シスター」
桐原は食器を持ちキッチンへと向かう。
「片づけは私がやります。それよりなぜ命令を無視したんですか?」
食器をキッチンに置いて桐原は先ほどの場所へ座る。
「命令といっても捕縛は無理ですよ。被害はご存知でしょう」
桐原はシスターに柔らかく反論する。
命令とは昨夜の異形種への対処方法だった。
対象が異形種の為、魔術協会及び正教会の担当者の合同作戦であった。
捕縛命令を実行しようとしたが、あっという間に4人が即死
すぐさま殲滅に切り替えたが、かろうじて殲滅できたのが実状である。
「いえ捕縛命令の実行ではありません。生存者からの情報ですと
貴方は被害拡大の為、一時後退という本部の命令を無視なさった事です」
シスターは冷静に説明を続ける。
「増援が到着するまでなぜ後退しなかったのですか?
場所は市街地ではなく郊外の森です。なのになぜ……」
シスターの詰問はそこでひと段落をする。
桐原は理由を告げる。
「シスター あそこにはまだ重傷者が5名いました。
それを置いて後退するのは私の本意ではありません。」
桐原はシスターの目を見据える。
年齢でいうなら5〜6歳下の相手でも敬意は忘れない。
結果、異形種は処分できたが重傷者の一人はすでに息絶えていた。
「まったく貴方は無茶をしすぎです」
「確かに我が教会の調停者も5名死亡2人重症と聞いております」
そう話すシスターの表情が悲しみに変わる。
「ですが、無謀にもほどがありますよ」
このシスターは作戦となれば被害など心から除外する。
神の為、人類の為と犠牲を恐れない。
だが、ひとまず作戦から離れれば死んだ者や負傷した者には厚い慈悲を与える。
彼女は組織を問わず哀悼の念を表す。
「まぁ無事であればもうこれ以上責めるつもりはありません」
そういうシスターは紅茶に口をつけ話の話題を変える。
話題とは本日早朝起きた変死事件の事である。
シスターの意見ではこれは魔術協会の管轄だと告げた。
「シスターまだ決めるのは早いんじゃないですか?」
桐原は当然の意見を述べる。
円といってもまだ魔術陣と決まったわけではない。
教会の神秘でもそれは使われるし過去に教会や魔術協会で
学んだ者が異形種になる事もある。
異形種というのは地獄本来の生物や無生物を示すわけではない。
過去に人でありながら魔術や神秘を追求し、人ではないものに自己進化
した者も異形種の分類に入っている。
代表例をあげるなら狼男や吸血鬼である。彼らを分類するにあたっては
生まれならがにしてその特性を受け継いでるものが純血種や直系と呼ぶ。
それとは別に魔術や神秘を駆使し人工的に飛躍した者を亜種と呼称する。
亜種に系列表記がないのは人工的に亜種になったものには生殖能力が皆無の為だ。
それらを総称して人口飛躍種とも呼ばれている。
他にも飛躍種は存在するが数が少ないのと世捨て人のように人類には被害を及ばさない
者が大半の為、実害がないものには見て見ぬふりが現実である。
「いえ今朝、教会の方に貴方の本部から連絡がありました」
シスターは最後の一口を飲み干しカップの淵を指で拭う。
「日本支部ではなく魔術協会本部から直接です」
「この意味をおわかりにならない貴方ではないでしょう」
深く息を吸い込みポットから2人のカップに紅茶を注ぐ。
大抵の命令は支部から出る。それを通り越しわざわざ教会に釘を刺すのは珍しい。
事件が起きるとまず通常の捜査機関が手順どうりに捜査をする。
次にあきらかに殺害方法などに異常がある場合、3組織の支部に連絡がいく。
その3組織の上層部ですり合わせが行われ対処する組織が決定するのだ。
「で……シスターは協会の管轄になったのに何故わざわざ魔術士の私のところへ?」
桐原は煙草に火を付け、深く息を肺に吸い込む。
先端が紅く燃え煙はゆっくりととぐろを巻いた。
シスターは煙たがる事もなく、紅茶に口をつける。
「……今回の相手は非常に危険だということです」
テーブルに置いてあった桐原のタバコの箱を握りしめゴミ箱へ投げる。
「ご忠告感謝します。シスター生き残れるように神にでも祈りますよ」
煙を吐きながら天井を仰ぐ。
確かに本部直通の命令が出る事は禁忌を犯した魔術士か元魔術士の異形種である。
異形種であれば本来3組織の合同処分対象なのだが、魔術協会は自分の身内から
の人口飛躍種には内密に処理しようという風潮がある。
シスターにはこの話は言えない。この人は正義感の塊だからである。
「貴方は神なんて信じていないでしょう。罰があたりますよ」
シスターは神という単語がでるとムキになった。
神を桐原は完全否定してはいない。異形種が現れる前から魔術の世界では
地獄の存在を確認していたし、その間に巨大な結界が張られているのも確認済みだ。
だが正教会の戦闘担当者である通称調停者が行使する神秘は魔力が原動力であり、
地獄から異形が出現しても天使という存在は観測されていないのである。
「神が与えた試練ですか……それにしては趣味が悪い」
桐原は正直に本音を答えた。
シスターは手を組み祈りの言葉を囁く。
「わかりました。憎むべき魔術士の無事を祈ってくれるシスターに感謝しますよ」
桐原は素直にシスターに無礼な言葉を言った事を謝罪した。
「わかって頂けたらそれでいいですよ」
笑顔でシスターは立ちあがる。
カップを2つ持ちキッチンへと足を運ぶ。
素早く洗い物を済ませカップをケースにいれ玄関へと向かった。
「それでは桐原様……無事を祈っております」
再度両手を胸の前で組み言葉を囁く。先ほどより短い祈りであった。
シスターは靴を履き玄関で頭を下げる。
「シスター……先ほど祈ってくれたではないですか?」
桐原は靴の履き終わったシスターにケースを渡しながら聞いた。
「先ほどの祈りは呑み終わった紅茶に対する祈りですよ?今のが貴方の無事です」
シスターはそう言いながらドアを閉めた。
閉める直前シスターは爽やかな笑顔とウィンクを桐原に送った。
「心神深いんだかよくわからないシスターだ」
苦笑いをしながらこれからの事を考える。
シスターの言うとおりであれば今日中には桐原の所へ協会からの使者が来るだろう。
現在この地区の魔術士は、昨夜の戦闘で動けるのは桐原一人だからである。
対象が飛躍種であれば桐原の生存確率は激減する。
使者が来るまでに最低限の肉体的休養をしようと再度ベッドへ戻る。
相手の状況はわからないが出来る限りのケースを想定しシュミレーションをする。
桐原が昨夜の戦闘でも生存できたのは全ての可能性を考慮しているからである。
時刻は午前10時を回ろうとしていた。
街は生者であふれ、遥か上空から見下ろせば凄惨な死など存在しないよに見えるだろう。
地平では互いの利益や思想などを理由に争いは絶えない。
地下では追求から逃れた異形やそれを慕う人間が闇に包まれるのを待ち望んでいる。
読んで下さってありがとうございます。
戦闘シーンさえまだ出てこないこの物語。
書きながら大丈夫か?と自問しております。
次か次でだせると思いますのでご了承ください