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贖罪への階段 第18話

グロテスクな表現や残酷な描写が

含まれますのでご注意ください。


 森川はゆっくりと壇上へ上がる。


唐津は脚を抑え、森川が監視を抜けてここにいるのか考えていた。


「なんで……お前がここにいるんだ。監視はどうした? 警備の連中は!」

唐津は痛みと恐怖に怯えた。


 会場にいるのはもう森川と唐津だけである。

必死に誰かを探す唐津をよそに森川は冷徹な視線を向けていた。


「16年前の実験を覚えているか? 唐津博士……」

森川は唐津に近づきながら問いかける。


「……16年前? それがどうしたというんだ!」

唐津は若い頃に上層部に命令されるがまま行った実験を思い出していた。


「あの実験は……私がやったのではない……」痛みを堪えながら森川を見る。


「当時の主任研究者は唐津博士、君のはずだ……」

「ああ……だが、あの実験は失敗だった……」唐津は苦虫を噛み潰したような顔になる。


「失敗だった……それだけか?」森川は唐津を見下ろす。


「……そうだ。投薬された薬剤は後遺症が強すぎた……あんな物は私の開発した薬剤より

数段質が悪い」唐津は自分の成果を誇る様に弁明する。


森川は無言で唐津の脚に突き刺さった術具を踏む。


「――ッ」

唐津は森川の脚を両腕で掴み、痛みから逃れようともがいた。


「お前の研究にはこっちは興味がないんだ……」そう言って踏みしめる力を強める。


「――なんだってんだ! 研究成果が目当てじゃないのか――」もはや叫びに近い声を上げる。


「16年前の実験を指揮したのは誰だ……」語尾が無意識に強くなる。


森川の背後に黒い犬型の様な異形が数匹現れる。


「い……異形……じゃないか!」唐津は血だらけの脚を引きずって逃げようともがく。


 森川は無意識に異形種を召喚していた。詠唱は行っていない。

高等種との契約によって魔力は増大したが、召喚には術式は必要不可欠である。

それが発動したのは森川の意思ではなく、肉体に宿っている異形種の仕業だと感じた。


 素早く現れた異形に対して意識を集中する。

支配下に置かねば異形は唐津を引き裂いてしまう。森川は体内にいる異形へと問いかける。


「勝手に動くな……話が違うではないか」


しばらくして森川の脳内に言葉が響く。


「……なんだ? 出助けしてやっただけだ。お前が死ぬまで暇なんでな」

重厚な響きと笑い声が脳内に響く。


異形を制止して森川は唐津を睨んだ。


「もう一度問う……誰が指揮したんだ? あの実験を」今すぐ殺してしまいたい衝動を抑える。




「それは……当時の軍上層部と米国よりの国会議員どもだ」唐津からではなく、会場の座席から聞こえた。


 森川は唐津から視線を会場へ向ける。座席には一人の軍人が腰を降ろしていた。

軍人は座席から立ち上がり壇上へ向かいながら森川に話しかける。


「当時、我が国は異能者開発に後れをとっていてね。米国で試験中だった薬剤を無理やり使った

訳だよ。まぁ米国の代わりにこの国で人体実験をしたといったほうがわかりやすいかな」


軍人は壇上に上がる。そして森川と唐津を交互に見渡し話を続ける。


「その見返りに遅れていた異能者開発のデータを譲り受けた。知っての通り実験は失敗……

そして被験者達はほとんどが死んだ」


「お前は誰だ……何故その事をしっている?」森川はいつでも戦闘を始められる体制を取る。

「私は安雲という、階級は准将。現在は異能者開発の責任者だ」


異能者開発という単語で森川はより殺意を明確に表す。


「森川武、君が知りたい事実を話すつもりでここにきたんだがね」殺意を受け流すように手を上げる。


「何故お前がそれを私に教えるんだ……お前に利益はなかろう」


「16年前は私の管轄外なんだが、前任者の不手際だ。せめて被害者の君に真実をとね」

安雲は森川の横を通り過ぎ、唐津の元へ近づく。


「助けて下さい……私の作った薬剤じゃない! あれは私の実験ではない!」

唐津は近づく安雲にすがり付いた。


「唐津博士……」そう短く言うと唐津の脚に刺さった術具を一気に引き抜く。


 唐津は予想外の安雲の行動と激し痛みに声すらでず、傷を抑え転がる。

引き抜いた術具を森川に投げ返し、安雲は森川に体を向ける。


「この男はね……自分の犯した罪を認めないんだよ。それがいけない……」

安雲は憐みの視線を唐津に向ける。


「私も16年前とさほど変わらない事をしているんだ。森川武」そう安雲は言った。


「多くの人を殺め、それはこれからも続くだろうね。異形種を駆逐するまでは……

だからここで君に殺されるのも覚悟の上なんだ。しかし無抵抗にやられるつもりはない」


「こっちは16年前の事件にかかわった奴らを殺せればいい……」


 森川は安雲を殺すか判断を迷った。あくまで妹を死に追いやった連中に

復讐できればよい。だがこの状況で危機感さえ醸し出さない安雲の存在は注意すべきだった。


「それでその議員達の名前をおしえてもらおうか……」


「その件だが、こっちにも事情があってね。君には悪いがこちらで処分させてもらう」

安雲は小型無線機を取り出した。


「安雲だ。ベイグランドの処理はどうなっている?」森川からは視線を外さない。

耳にはめたイヤホンを抜き森川達に聞こえるよう操作する。


「……対象は処理した模様。当初の予定どうり対象は処理」

ノイズに交じりの声がホールに響く。


「了解した。ベイグランドで応戦している護衛部隊も処理しておけ」

「了解しました。処理後撤収します」


森川には状況が把握できなかった。


「16年前に加担した議員がこの近くでパーティーをしててね。君に対するせめてものお詫び

にこちらで処理をしておいた」


「そんな事をお前がして自分はどうするつもりだ?」

当然の疑問を安雲に投げかける。


「その点は問題ない。君が狙う議員がいなくなれば得をする者達が大勢いてね」

安雲は森川の為でもあり、自分の利益でもあると説明する。


 安雲はうずくまる唐津の首を掴み森川へ突き飛ばした。

唐津は自分がどうなるかその一点だけに脅え、震えている。


「この男は好きにするといい……一応、君の妹に投薬をした男だ」

どうぞと手を森川に差し出す。


「もう少ししたら軍の部隊が大挙して押し寄せるだろう。なにせ異形が沸いたのだからね」


「安雲といったな……お前もこの男と死ぬべきだ」森川は術具を拾う。


 森川は安雲という男が危険極まりない男だと判断した。

行動基準が不明瞭なのだ。わざわざ危険を冒し森川の前に現れた。

そればかりかこの事態を利用している。そして森川本人さえも利用して……


手を振りかざし唐津の脳天へ突き刺した。


 唐津は最後までこれが悪い夢ではないかと思っていた。先程まで浴びていた

大きな拍手が吹き出る鮮血にかわる。


唐津が脳天を突き刺されても安雲は微動だにしなかった。


 森川が命令する前に異形は動き出していた。

それは体内にいる異形種の命令である。それは闘いと血に飢えた悪魔が森川自身の意識に介入

し結果であった。


漆黒の毛並みをなびかせ、安雲に飛びかかる。


 安雲は手をかざしてバックステップを踏む。

異形との距離を開けるには人間の跳躍など無意味に近い。


だが安雲を噛みちぎる前に大きく開いた口は下あごを残し四散した。


もう一匹も下半身を轟音と一緒にまき散らす。


「あなたの復讐は終わったはずではなかったかな」森川とさらに距離をとり話しかける。


 森川は安雲の問いに答えられなかった。

意識が何かに持って行かれそうになっていた。

自分の声か体内に巣食う異形の声かもはや判断できなかった。


必死に抵抗をする。


「コロセ……スベテヲ……コロセ……」ただ憎しみだけが増大していく。


 肉体と魂を奪われるのは森川の死後のはずである。

だが既に森川の心身を浸食し始めていた。


「まだ……の……はずだぞ……悪魔よ……」必死に抵抗をする。


 安雲は森川の異変に気が付いていた。

しかし攻撃をせず立っていた。森川が体内に異形種を招き入れている事は一目見て分かっていた。

安雲はただの異能者ではない。異質といえる存在なのである。


「堕ちるか……森川武」安雲は今まで見せたことのない悲しみを見せる。



 森川の脳内には異形種の命令が響く。

それは甘美で魅力的な囁き変化していた。いっそ身を委ねれば苦しみから解放されるはずだ。

全てを委ねそうになる自分に歯止めを掛ける。その度に激しい痛みと辛い思い出を見せられて

いた。


肉体と精神を同時に痛めつけられ森川はのたうちまわる。

妹の変わり果てた姿が何度も森川の網膜に映し出される。



 

 大きな音を立て会場入り口のドアが開く。

桐原とミランダが壇上へ向かい走り寄る。安雲は苦しむ森川の横を通り桐原達へと向かう。


「何をした! 安雲!」桐原が怒鳴りつける。


「ここからは桐原さん達の領分です。あとはお任せします」

安雲は悲しの表情のまま桐原の隣へ並ぶ。


ミランダは森川の苦しむ姿を見て思わず駆け寄っていった。


「止めるんだ……もう遅い……」桐原はミランダの手を掴んでいた。


「――離して! あの人が苦しんでるのよ!」

ミランダは桐原の手をほどこうと暴れる。


 桐原から見て森川の異常な状態はわかっていた。

異形を召喚するにしてもあの数を同時に出す事は人間には不可能だ。魔力が根本的に足りないのである。

それを成し遂げているからにはなんらかの仕掛けがあると踏んでいた。


「森川は異形を体内に招き入れています……」安雲は真実を伝える。


「馬鹿な……そんなことをすれば……永遠に囚われる」

桐原は言葉を失い掛ける。



大きな叫びと共に森川の動きが止まる。


それは意識が奪われた事を意味していた。



 桐原はミランダを横に突き飛ばして走り出していた。

救う手段はない。それが異形との契約を結んだ者の末路である。

意識を奪われた以上、速やかに処理しなければ森川を媒介にして異形が溢れだすはずだ。


ミランダの叫びが聞こえる。


桐原はそれを無視して強化の術式を展開する。


走る速度が飛躍的に上がり、森川めがけて跳躍をする。


 この事件を終わらす為に拳に強化された力と魔力をかき集める。

森川の頭部をめがけ拳を突き出す。


その瞬間


森川と桐原の拳の間に黒い異形が割り込んだ。

かまわずその異形ごと破壊する為に魔力を叩きこむ。


「――!」

桐原の拳は確かに影ごと森川の頭部を粉砕したはずだった。


森川の姿はすでにそこにはなく、粉砕された異形がもんどりを打つ。


 森川だった者は素早く獣のように移動し距離をとる。

その背後には既に十数体の異形種が姿を現していた。


桐原は後ろに跳躍をし、距離をとる。


「遅かったか……」桐原は四つん這いから立ち上がる森川を見つめた。


森川だった者は雄たけびを上げる。

それに同調して異形達が素早く散ろうとした。


轟音とともに数体が吹っ飛ぶ。安雲であった。


 森川は安雲に向かって咆哮をし、会場出口へ跳躍をした。

それはもはや人間業ではなく強化した桐原さえも遥かに超越したジャンプ力である。


「桐原さん! ここは私が引き受けましょう。森川を――」

そういうより早く安雲は異形めがけ走り出していた。


森川は出口でもう一度、咆哮上げ差し込む光へ消えた。


「ミランダ! お前はここにいろ!」桐原は跳躍をしながら叫ぶ。


 異形達を飛び越え、桐原は森川の後を追う。

ミランダを残したのは森川と対峙するより安雲といた方が生存できると判断したからだ。


「――待って! 私も――」既に安雲とミランダは異形に囲まれている。


「引き受けました。桐原さん」安雲は飛びかかる異形を衝撃波で粉砕する。


「ミランダさん、まずはここを抜ける事をお考えください」

「言われなくても! そうする!」ミランダは術式を発動する。



 桐原は出口でもう一度振り返る。

安雲は信用できないが、今はこれしかないと言い聞かせ森川を追う。



「私がいると彼は意識を取り戻せないでしょうから……」安雲は小さく呟いた。





ホールでは演劇でもミュージカルでもない。生存を掛けた殺し合いが始まった。


































ここまで読んで下さってありがとうございます。





皆さんにご質問があります。


第一部終了が間近です。第二部をご希望の方がいらっしゃいましたらコメントにお書き頂けたらと思っております。

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