贖罪への階段 第14話
特にないです。
桐原は自宅へと戻っていた。
ミランダへ連絡をし、軍からの許可が出た事を伝える。
森川との闘いにミランダが固執してる点は憂慮すべき事だが
既に異能種を召喚できる森川との戦闘には必要と判断したからだ。
陽は既に落ち、外は闇に包まれている。
安雲が森川へ同情するとは思えない。安雲自身何かしらの目的が
あるのだろう。それに自分が組み込まれている事に苛立ちを覚える。
森川が行動を起こす前に見つけ出す手も考えられたが軍が監視している以上
迂闊には行動ができない。桐原は素直に安雲からの連絡に備え睡眠をとることにした。
森川は異形種の召喚を後悔していた。
支配下に置くことには成功したが個体全てを制御することはできなかった。
その為、トンネル内での襲撃時に一般人への攻撃を止める事が出来なかった。
薄暗い倉庫にある壊れかけのTVがトンネル内での被害者の名前を羅列していた。
護衛の異能者に田中を殺され情報を入手出来なかった事も悔やまれる。
森川は事件の真相を知りたかった。どの機関の誰が関わったかそれを全てしらなければ
復讐は終われない
それを全て知っても全てを殺して何が残るのだろう。
漠然とした疑問が森川を襲う。自分が何人殺しても妹は帰ってこないのである。
今日犠牲になった者達も家族がいただろう。
それを森川は奪った。軍となんら変わりがないのではないかと自問する。
復讐をして何を得ることができるのか、たった一人の家族を奪われ
己が信じる神をも捨てた自分。そしてもっとも忌み嫌う異形をも使役する。
ただ力を望み、その為に多くの命を奪ってきた。
そんな兄を妹は許してくれるのだろうか……
考えを振り払うかのように森川は立ちあがり禁忌を読み解いて覚えた術式を使用する。
それは今まで使う事はないと思っていた物であり、森川の最終手段であった。
異形種の召喚で駒は足りる。だが森川自身の戦闘能力が足りないのである。
これからの戦闘を考えた場合、自分自身の能力向上が急務なのだ。
正教会で神秘を学び、魔術協会へ身分を隠し14年学んだ。
それでも異能者と多数戦うであろうこれからの戦闘では実力不足なのである。
だからこそ禁忌に記されていた高等種を召喚し、契約を結び己が力と変えるのである。
契約の際に要求されるものは記されていた。術者の肉体もしくは魂である。
呼び出した瞬間に引き裂かれる可能性もあるがこのままでは目的を達成できる見込みはなかった。
運を天に任せ、術式を行使する。普段使う術式のような短い物ではない。
森川は裸電球が揺れる倉庫に結界を張る。失敗した場合に最小限の被害で済ます為だ。
詠唱の言葉を紡ぐ、その詠唱は異形と呼ばれる悪魔を現世へと呼び出す。
言葉は木霊し、結界内を反復する。
その言葉は悪しき物を賛美し、称賛する。
次第に結界の中、倉庫の全体へと共鳴し始める。
妹を奪った神に、何も救いをもたらさない神への森川自身の言葉でもあった。
額から汗が流れ床へと堕ちる。それは森川が堕ちる瞬間でもあった。
詠唱が終了し、森川は目を開ける。目の前の空間にはぽっかりと黒い穴が空いていた。
そこからは禍々しい角が生え、憎悪に満ちた表情の異形が森川を見つめていた。
「人間がなんの用だ……全てを捨て我に何を望む……」
黒い穴からゆっくり這い出る異形の言葉は森川の脳内へ直接響いていた。
「力が欲しい。それだけだ」
森川は目の前の異形に飲み込まれまいと精神を集中させる。
異形から溢れる魔力はそれだけで森川を殺せるのではないかと思うほどであった。
「……単純な願いだな。願いを叶えるのは容易ではないぞ人間」
異形は人型であった。体長は2メートルを超える。恐ろしいほどの筋肉と背中に生え羽が印象的だった。
「望みはなんだ……魂か? それとも肉体か?」
森川はその威圧感に怖気づく事もなくその場から動かなかった。
異形は森川の態度に興味を示したようだった。
「そうだな……魂は不要だ。お前の肉体を器にさせもらおうか……」
「肉体を差し出すのは問題はない。だが……それは私の死後でなければならない」
「死後だと? それは何故だ? それではこちらが不利ではないか……」
異形は森川との会話を楽しんでいた。
「悪魔よ。随分楽しそうだな? 人間に呼び出されるのが喜びか?」
「愉快だな……何も知らぬお前ら人間を見るのは実に愉快だ」
異形は豪快に笑う。
「魔術士よ。何故お前の死後でなければならぬのだ? 理由を聞こう」
「私にはやらねばならぬ事がある。それに貴様の力が欲しいのだ」
森川はどんな条件でも飲むつもりだが時間が欲しかった。
「……やらねばならぬ事か。死後であれば主の魂も頂こう。それであれば力を貸そう」
異形は森川が行う事に興味があるようだった。
「魂も肉体も私の死後であれば自由にしろ」
「良かろう……契約は成立だ。だが注意しておく、己が力は増大しても命の強さは人間のままだ
生命力まで強くしてやるわけにはいかん……契約の代償がもらえんからな」
異形は忘れるなと忠告をする。
「本来なら呼び出された瞬間に切り刻む所だが、お前からは神に仕える者の匂いがする
そんな奴が我を呼び出したのだ。この世界を楽しませてもらおう……」
異形は自らの腕を切り裂いた。溢れる鮮血を森川の前へ差し出す。
「この血を飲めば契約成立だ。お前の体の中で我は生きる」
「わかった……」
森川は異形の太い腕から流れ出る血を口に含む。
その瞬間に異形は森川の前から消えた。
倉庫は何事もなかったかのように静まり返っていた。
今までの事が夢のように感じたが、森川の体内からあふれる魔力は尋常ではなかった。
その魔力は麻薬のように森川を酔わせる。出来ないことなど存在しないのではないかと
錯覚さえさせる。そんな思考を森川は立ち切った。
そんな森川を異形が笑っているように感じた。
明日、森川の復讐は終わる。どんな警備がしかれていようとも突破するだけだった。
これ以上時間を掛けるわけにはいかないと体内の異形に言い聞かせる。
全てが明日で終わる。
懐から一枚の写真を出す。
もう写真でしか存在しない亡き妹の写真である。
その笑顔をもう一度見るこができるのだろうか……森川は堕ちた自分に問いかけた。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
これからも読んで頂けると幸いです。