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ミルグラムの罠  作者: 恵梨奈孝彦
9/9

ファミレスで焼き鳥

七場

左右田「(いきなり起き上がって)よし! オフ会に行こうぜ!」

大谷 「秋葉原に行くんじゃなかったのか?」

左右田「秋葉原でやればいいだろう。まずアニメショップに行って…」

佐倉井「あんたおれをゲームアニメオタク呼ばわりしてたじゃないか! それよりカラオケに行こう、カラオケに!」

近藤 「これだからガキどもは…、もっと話せるところじゃなきゃだめだ。どこか小料理屋でも…」

榑林 「何を言ってるんだ。大人の店って言ったら、お洒落なワンショットバーに決まってるだろう!」

小坂 「キャバクラに行きましょう」

大谷 「いきなりそんなことを言うから痴漢扱いされるんですよ…」

緒方 「みなさん! 何を言ってるんですか!」

   全員緒方を見る。

緒方 「ぼくはメニューに砂肝が無いところなんかに行きませんよ! 居酒屋に決まってるじゃないですか!」

桃子 「ちょっと、あんたたち!」

   全員桃子を見る。

桃子 「それじゃ、碧ちゃんが入れないじゃないの!」

碧  「いえ、あたしは別に…」

教授を除いた男たち全員「(深々と頭を下げる)スイマセンでした!」

碧  「…そうですよ! あたしが入れるところにして下さい!」

緒方 「…やっぱり、ファミレスですかね」

左右田「さっきもそうだったな」

佐倉井「店を変えればいいよ」

小坂 「(教授に)あなたも来たらどうですか? もう、我々と同じ(・・)なわけですし」

佐倉井「同じように罪人です。…もっとも、被害者だったおれたちが、加害者の位置まで下りてきたとも言えますが」

教授 「いいえ。さっきのことを今日のうちにまとめておきたいので」

近藤 「自分がいやな思いをしたことも研究の対象にするのか…。たいしたもんだ。いや、皮肉でなくそう思うよ」

   左右田、佐倉井、近藤、下手に退場。小坂も退場しようとする。

教授 「小坂さん、わたしはあなたが高名な作家であることを知っていました。あなたなら他の人と違う反応を見せてくれるのではないかと思いましたが、そうではなかった」

小坂 「(振り返って)こういう普通のことに対して、小説家に特殊な反応を期待してもダメですよ」

教授 「今回のことは小説のネタになりそうですか?」

小坂 「そのままでは無理でしょうね。あなたの仮説は、学問の世界でのことはわかりませんが、文学の世界においては大変陳腐で平凡です。誰でも思いつきそうな普通の考えでしかありません」

教授 「普通…ですか。碧さんのように?」

小坂 「いいえ。みなさんの中で…、いや、このオペレーション、『ミルグラムの罠』作戦の提唱者である緒方祐介三等陸曹に倣って『我々』と呼びましょう。あなたは我々の中で最も碧さんに遠い。榑林さんにいちばん近いのではないかと思います」

教授 「……はっきり言ってもらえませんか?」

小坂 「そういうことはしません。『太郎はいま楽しい』『花子はいまさびしい』とか、地の文で書く小説家なんていませんよ」

   小坂、下手に退場。碧がおずおずと教授に近づいていく。

碧  「(教授に)こんなことをしてすみませんでした…。だけど、先生のような立派な学者さんが、何というか、人間らしい弱さを見せてくれたことがわたしには救いになりました。自分が父親と同じことをするのではないかという恐怖がうそのようになくなりました…。自分が、特別に残酷な人間ではないと信じられるようになりました。本当にありがとうございました…」

   碧、丁寧に頭を下げる。その後、振り返って緒方を見る。

碧  「あの…、あたしが成人したら、砂肝のおいしい店に連れて行ってください」

緒方 「(デートの誘いだと気付かない)砂肝ってけっこうクセがありますよ? ヤキトリが好きなんですか?」

碧  「(めげない)とりあえず、ファミレスでもいいです」

緒方 「ファミレスなら、これからみんなで行きますけど」

碧  「(めげない)とりあえず、メ―(「メー」は大きいが、その後ちょっと声が小さくなる)ルアドレスを…」

大谷 「(ヤギの鳴きマネ)メエー」

碧  「うぬっ!」

   碧、拳をかためて大谷を殴る。

大谷 「殴られた! 女子高生にグーで殴られた!」

榑林 「やっぱり体罰は必要だな…」

桃子 「(緒方を見て)わたしはこっちの男も殴りたいわ…」

   などと言いながら、碧、緒方、大谷、桃子退場。

教授 「(独白)さっきの出来事によって『日本人は自分の良心よりも、その場の空気に支配されてしまう』という仮説の補強ができた。良かったじゃないか! だけどなんだろう、この敗北感は。社会心理学に興味のあったおれは、高校生のころから『アイヒマン実験』のことを知っていた。大学生になって被験者になったとき、いかなるレバーを引くことも拒否できたのは、それが心理学の実験だとあらかじめ知っていたからだろう。小坂さんはおれを碧さんに全然似ていないと言った。碧さんは誰よりも普通でありたいと願っている。小坂さんはおれが榑林さんに近いという。あの人はたくさんいる部員と、ひとりだけの自分との線引きにこだわる。おれはなぜ、レバーを引いた人だけを集めたんだろうか。おれはただ、自分は特別だと思いたかっただけなんだろうか…」


   閉幕。



参考文献

「支配と服従の倫理学」 羽入辰郎著 ミネルヴァ書房

「死のテレビ実験 人はそこまで服従するのか」 クリストフ・ニック+エルチャニノフ 高野優 監訳 坂田雪子+竹若里衣+長谷川由布子+吉川綾香 訳 河出書房新社




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